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2章 アンチもいれば信者もいる男
不思議と信用できない人
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たとえば困った状況と聞いてどのようなものを思い浮かべるだろうか。
人によって答えは様々だろう。あるものにとっては困った状況でも、またある者にとっては困るほどの状況ではないということもある。困った状況にあるが、助けを求められる状況ではないということも大いにあり得る。
俺は今まさにそういう状況に陥っていた。
バイト先は靴屋だ。何の変哲もないチェーン店の靴屋。もうすぐ閉店時間になろうというところで、客も数人程度。店長から明日から売り出す新作の靴の品出しをもう始めちゃっていいと指示を受けたので対応していた最中にそれは起きた。
いつの間にか店内にいた少女にめっちゃ見られている。
物陰からバレないようにじっとこちらを見てくるのだ。そちらに視線を送ると、サッと隠れる。視線を外すとまた物陰から顔を出して見てくる。店内のあちこちに置かれた鏡で動きはバレバレなのだが、本人はどうやらバレていないと思っているらしい。
背丈から見るに、小学生の低学年だろうか。幼さの残る顔立ちをしていた。ただ、欧米の血が混ざっているのか綺麗な金の髪色をしていた。お嬢様なのだろう。子供服に疎い俺でも一目でお高そうと分かるフォーマルっぽいグレーのワンピース、フワフワのベレー帽を身に着けていた。
子供は嫌いではないが、こういった状況は得意ではない。
外面が良い桜庭はバイトを休んでいる。店長は店の奥で事務作業にかかりっきりになっているから、誰かに頼るということもできやしない。
親に連れられて来たのだろうと辺りを見回してみても、親っぽい人は見当たらない。大人は数人いたのだが、どれもこの子の親と呼ぶには身なりに差があった。
さて、どうしたものかと品出ししながら考えていると自動ドアが開いて新しい客が入ってくる。
そちらに目を遣ると見知った顔であった。
先日、一緒に課題をしないかと誘ってきたモデルくんだった。
向こうも俺の顔に気付くと笑顔でツカツカと近寄ってくる。少女はモデルの顔を見ると、少し離れた場所に逃げて行った。
「やあ、君ってここのバイトだったんだね。知らなかったよ」
「教える理由もなかったんで」
「でもわかるかも。僕もモデルやってるって自分からは言わないしね」
「いや、それとは理由が違うと思うが」
俺は純粋にそこまで親しい友人がいないだけである。向こうが想定してるのは業務内容を考慮して、面倒な会話にならないようにという訳ではない。
「でも、たまたまだけど会えて良かったよ。大学構内だと話すタイミングなかったしね」
「……話すことなんてあったか?」
「仲良くなりたいだけだよ」
胡散臭い。
爽やかな優男の笑みが警笛を全力で鳴らしていた。
何か裏がある。そう思わせてならないクリーンなお顔であった。
「ところでさ気になったんだけど、あの子どうしたの?」
モデルくんが遠くから俺らを見てくる少女を指差す。
「わからない。いつの間にかいて、ずっと見てくるんだ。親っぽい人もいなそうだし困ってる」
「ふうん、じゃ僕がちょっと話してくるよ」
そう言うとモデルくんは少女のもとへ近づいていく。
少女は近づいてくるモデルに目を細め、一歩後退り、警戒感をあらわにした。
モデルくんはしゃがんで少女と視線を合わせる。
そこでいくつかの話をしていたようだった。
話が終わると、少女は外へ駆けていく。
モデルくんは戻ってきて「なんか僕が信用ならなかったみたいで逃げだしちゃった」と照れ臭そうに頭を搔いていた。
「いや、助かったよ。もうすぐ閉店だから、最悪警察に連絡しなきゃいけないところだった。というかもう蛍の光流れるから、欲しいものあったらさっさと会計してくれないか?」
「友人ってことで少し待ってもらうことはできないかな」
「客に優劣をつけるなんてできないからさっさとしろ」
蛍の光が流れ始めたので、流石に買うのを諦めたようだった。
「バイト終わりなんでしょ。だったら一緒に帰らないかい?」
「悪いな。店が終わっても品出しは続くんだ」
そう言うとモデルくんはトボトボと帰っていった。
閉店後の戸締りしながらバイト中にあったことを思い出す。
まともに話したこともないやつと「仲良くなりたい」なんて絶対にまともな感性を持っているはずがない。絶対に何か裏があるに違いない。その裏が何かは知らないが、そのうちヤバい学外サークルに誘われそうな予感はある。正直、誘うならば女性からお誘いを受けたかった。何が悲しくて野郎から誘われなければならないのだ。友達が少ないから野郎でもいけると思われたのだろうか。
そういえば夜更けに一人で返ったあの少女は無事家に辿り着けただろうか。
あの胡散臭いモデルくんと少し話しただけで逃げ出した危機意識の高さならばきっと無事だろう。
人によって答えは様々だろう。あるものにとっては困った状況でも、またある者にとっては困るほどの状況ではないということもある。困った状況にあるが、助けを求められる状況ではないということも大いにあり得る。
俺は今まさにそういう状況に陥っていた。
バイト先は靴屋だ。何の変哲もないチェーン店の靴屋。もうすぐ閉店時間になろうというところで、客も数人程度。店長から明日から売り出す新作の靴の品出しをもう始めちゃっていいと指示を受けたので対応していた最中にそれは起きた。
いつの間にか店内にいた少女にめっちゃ見られている。
物陰からバレないようにじっとこちらを見てくるのだ。そちらに視線を送ると、サッと隠れる。視線を外すとまた物陰から顔を出して見てくる。店内のあちこちに置かれた鏡で動きはバレバレなのだが、本人はどうやらバレていないと思っているらしい。
背丈から見るに、小学生の低学年だろうか。幼さの残る顔立ちをしていた。ただ、欧米の血が混ざっているのか綺麗な金の髪色をしていた。お嬢様なのだろう。子供服に疎い俺でも一目でお高そうと分かるフォーマルっぽいグレーのワンピース、フワフワのベレー帽を身に着けていた。
子供は嫌いではないが、こういった状況は得意ではない。
外面が良い桜庭はバイトを休んでいる。店長は店の奥で事務作業にかかりっきりになっているから、誰かに頼るということもできやしない。
親に連れられて来たのだろうと辺りを見回してみても、親っぽい人は見当たらない。大人は数人いたのだが、どれもこの子の親と呼ぶには身なりに差があった。
さて、どうしたものかと品出ししながら考えていると自動ドアが開いて新しい客が入ってくる。
そちらに目を遣ると見知った顔であった。
先日、一緒に課題をしないかと誘ってきたモデルくんだった。
向こうも俺の顔に気付くと笑顔でツカツカと近寄ってくる。少女はモデルの顔を見ると、少し離れた場所に逃げて行った。
「やあ、君ってここのバイトだったんだね。知らなかったよ」
「教える理由もなかったんで」
「でもわかるかも。僕もモデルやってるって自分からは言わないしね」
「いや、それとは理由が違うと思うが」
俺は純粋にそこまで親しい友人がいないだけである。向こうが想定してるのは業務内容を考慮して、面倒な会話にならないようにという訳ではない。
「でも、たまたまだけど会えて良かったよ。大学構内だと話すタイミングなかったしね」
「……話すことなんてあったか?」
「仲良くなりたいだけだよ」
胡散臭い。
爽やかな優男の笑みが警笛を全力で鳴らしていた。
何か裏がある。そう思わせてならないクリーンなお顔であった。
「ところでさ気になったんだけど、あの子どうしたの?」
モデルくんが遠くから俺らを見てくる少女を指差す。
「わからない。いつの間にかいて、ずっと見てくるんだ。親っぽい人もいなそうだし困ってる」
「ふうん、じゃ僕がちょっと話してくるよ」
そう言うとモデルくんは少女のもとへ近づいていく。
少女は近づいてくるモデルに目を細め、一歩後退り、警戒感をあらわにした。
モデルくんはしゃがんで少女と視線を合わせる。
そこでいくつかの話をしていたようだった。
話が終わると、少女は外へ駆けていく。
モデルくんは戻ってきて「なんか僕が信用ならなかったみたいで逃げだしちゃった」と照れ臭そうに頭を搔いていた。
「いや、助かったよ。もうすぐ閉店だから、最悪警察に連絡しなきゃいけないところだった。というかもう蛍の光流れるから、欲しいものあったらさっさと会計してくれないか?」
「友人ってことで少し待ってもらうことはできないかな」
「客に優劣をつけるなんてできないからさっさとしろ」
蛍の光が流れ始めたので、流石に買うのを諦めたようだった。
「バイト終わりなんでしょ。だったら一緒に帰らないかい?」
「悪いな。店が終わっても品出しは続くんだ」
そう言うとモデルくんはトボトボと帰っていった。
閉店後の戸締りしながらバイト中にあったことを思い出す。
まともに話したこともないやつと「仲良くなりたい」なんて絶対にまともな感性を持っているはずがない。絶対に何か裏があるに違いない。その裏が何かは知らないが、そのうちヤバい学外サークルに誘われそうな予感はある。正直、誘うならば女性からお誘いを受けたかった。何が悲しくて野郎から誘われなければならないのだ。友達が少ないから野郎でもいけると思われたのだろうか。
そういえば夜更けに一人で返ったあの少女は無事家に辿り着けただろうか。
あの胡散臭いモデルくんと少し話しただけで逃げ出した危機意識の高さならばきっと無事だろう。
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