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2章 アンチもいれば信者もいる男
記憶喪失後は同じ人か別人か
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味方が誰一人としていない状況下で、量産型の良さを語り尽くした戦いも一段落がつき、たわいのない会話に遷移していた。勝敗は無論、俺の敗北で終わった。多勢に無勢、裏切り者の出現、相手側に桜庭という追加戦力の投入、そんなことをされてはいくら頭パッパラパーな妹が相手だろうと敗北を期するのは仕方ないことだろう。講和条約は、妹が俺用のアバターを作って量産型使いから卒業を宣言するコラボ配信をするというものだった。
たわいのない会話というのも、俺のアバターをどんな見た目にするかというものが主だった。
最初はリアルの雰囲気に似せるとか、あえてイケメンにするとか、逆にショタにしてかわいくするとか、どうせなら色物もしくはゲテモノにするべきだなどという悪ノリまで出た。もはや、公開卒業コラボを公開処刑コラボにしたいという思惑が丸見えな雰囲気であった。俺をよそに尋常ではない盛り上がり方をしていた話ではあるが、時間が経つと討論の風速も落ちてきて「魔女っ子アバターにしようぜ」なんてとんでもないものまで飛び出してきた頃、桜庭に着信があって部屋から出て行った。
「仕事かな」
そう妹が呟くと、工藤さんは頷く。
「たぶんそう。たまに遊びに来ても、すぐ仕事だって帰っちゃうんだよ」
「えー友達と遊ぶ時ぐらい仕事のこと忘れちゃえばいいのに!」
女性二人でも姦しい会話に入っていけず、黙っていたら桜庭が帰ってきた。
「わりぃ。仕事で少し電脳に行くことなった。実家で繋ぐから待っててくれ」
言うだけ言ってこちらの返事を待たずに去っていった。
「うわー結婚したら家庭顧みなそう」
妹が批判した口で続ける。
「レイちゃんはあんな男選んじゃ駄目だよ」
工藤さんは困ったように笑うだけであった。
俺は思っていた疑問を工藤さんに尋ねる。
「記憶を失う前の話、アイツと付き合っていたのですか?」
工藤さんは困ったように、気恥ずかしそうに「実はね……」と前置きする。
「今でも付き合ってるの。記憶を失ったあたしは前とは違うから別れた方がいいって言ったんだけどね、記憶を戻すからって付き合い続けてるの」
幼馴染の記憶を戻すためと聞いた時から大事な間柄なのだと予想はついていた。同性であれば親友だろうし、異性であれば恋人だろうと。ただ、記憶を失っても恋人同士でいたことは驚いた。普通は別れるだろうし、元に戻るために記憶を戻すことをモチベーションにするのもわかる。だが、奴は付き合い続けた。
正直、ちょっと奴が怖くなった。
好きな人を放したくない、そういう病みが入った執着を持っていると知ってしまった。
知りとうなかった。
「レイちゃんは付き合ってるのってどう思ってるわけよ」
恐れ知らずな妹はさらに足を突っ込む。
「正直、そこまで求められると嫌な気はしない……かな」
惚気られた。
工藤さんは「ただね」と猫背になる。
「これって今のあたしが享受していいものじゃなくて、記憶を失う前のあたしだけのものだと思うと悲しくなるの。でも今のあたしはこれを独占したいって思ってる」
妹は「んー難しい問題ですなー」と腕組みして俺に目配せしてくる。
困ってるから助けろという合図だった。
非モテに何を求めているんだコイツは。
そうは思っても困ってる人を見捨ててはおけず足りない頭を必死に回す。
「独占しちゃっていいんじゃないかな」
それが結論だった。
「考え方の問題だと思う。工藤さんは身体の主が変わったと思って悩んでる。けどそんなことはなくて工藤さんは工藤さんのままなんだ。記憶をなくして性格が変わったとしても、工藤さんは工藤さんのまま。今まで見せていた面が裏返っただけであって、表裏一体であることは変わらない。――だから、いつか記憶が戻っても今の工藤さんがなくなるわけじゃない。今は心のままに独占しちゃえばいいんじゃないかな」
慣れない鼓舞であったが工藤さんは「心が軽くなりました」と感謝を口にしてくれた。
妹はこちらの気苦労も知らずに「いーことゆーじゃん」と気軽にいってくれやがった。
たわいのない会話というのも、俺のアバターをどんな見た目にするかというものが主だった。
最初はリアルの雰囲気に似せるとか、あえてイケメンにするとか、逆にショタにしてかわいくするとか、どうせなら色物もしくはゲテモノにするべきだなどという悪ノリまで出た。もはや、公開卒業コラボを公開処刑コラボにしたいという思惑が丸見えな雰囲気であった。俺をよそに尋常ではない盛り上がり方をしていた話ではあるが、時間が経つと討論の風速も落ちてきて「魔女っ子アバターにしようぜ」なんてとんでもないものまで飛び出してきた頃、桜庭に着信があって部屋から出て行った。
「仕事かな」
そう妹が呟くと、工藤さんは頷く。
「たぶんそう。たまに遊びに来ても、すぐ仕事だって帰っちゃうんだよ」
「えー友達と遊ぶ時ぐらい仕事のこと忘れちゃえばいいのに!」
女性二人でも姦しい会話に入っていけず、黙っていたら桜庭が帰ってきた。
「わりぃ。仕事で少し電脳に行くことなった。実家で繋ぐから待っててくれ」
言うだけ言ってこちらの返事を待たずに去っていった。
「うわー結婚したら家庭顧みなそう」
妹が批判した口で続ける。
「レイちゃんはあんな男選んじゃ駄目だよ」
工藤さんは困ったように笑うだけであった。
俺は思っていた疑問を工藤さんに尋ねる。
「記憶を失う前の話、アイツと付き合っていたのですか?」
工藤さんは困ったように、気恥ずかしそうに「実はね……」と前置きする。
「今でも付き合ってるの。記憶を失ったあたしは前とは違うから別れた方がいいって言ったんだけどね、記憶を戻すからって付き合い続けてるの」
幼馴染の記憶を戻すためと聞いた時から大事な間柄なのだと予想はついていた。同性であれば親友だろうし、異性であれば恋人だろうと。ただ、記憶を失っても恋人同士でいたことは驚いた。普通は別れるだろうし、元に戻るために記憶を戻すことをモチベーションにするのもわかる。だが、奴は付き合い続けた。
正直、ちょっと奴が怖くなった。
好きな人を放したくない、そういう病みが入った執着を持っていると知ってしまった。
知りとうなかった。
「レイちゃんは付き合ってるのってどう思ってるわけよ」
恐れ知らずな妹はさらに足を突っ込む。
「正直、そこまで求められると嫌な気はしない……かな」
惚気られた。
工藤さんは「ただね」と猫背になる。
「これって今のあたしが享受していいものじゃなくて、記憶を失う前のあたしだけのものだと思うと悲しくなるの。でも今のあたしはこれを独占したいって思ってる」
妹は「んー難しい問題ですなー」と腕組みして俺に目配せしてくる。
困ってるから助けろという合図だった。
非モテに何を求めているんだコイツは。
そうは思っても困ってる人を見捨ててはおけず足りない頭を必死に回す。
「独占しちゃっていいんじゃないかな」
それが結論だった。
「考え方の問題だと思う。工藤さんは身体の主が変わったと思って悩んでる。けどそんなことはなくて工藤さんは工藤さんのままなんだ。記憶をなくして性格が変わったとしても、工藤さんは工藤さんのまま。今まで見せていた面が裏返っただけであって、表裏一体であることは変わらない。――だから、いつか記憶が戻っても今の工藤さんがなくなるわけじゃない。今は心のままに独占しちゃえばいいんじゃないかな」
慣れない鼓舞であったが工藤さんは「心が軽くなりました」と感謝を口にしてくれた。
妹はこちらの気苦労も知らずに「いーことゆーじゃん」と気軽にいってくれやがった。
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