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 「えー、失敗しちゃったんだ」

 ファルゲセル王国。
 その王都の外れにて、その男は部下からの報告を受けた。
 銀色の髪に、金色の瞳をした青年だ。
 人のよさそうな笑みを貼り付けて、彼は、
 
 「結構な手練れがいたんだ。
 それで、それはどこの誰さんなのかな?」

 部下に訊ねた。
 どこからどう見ても観光客にしか見えない格好をした部下が、現時点で知りえた情報を青年に伝える。
 その情報を聞くにつれ、青年の顔が引きつっていく。
 報告している部下も、なんというか微妙な表情になっていることに、気づく。

 「ウカノ・サートゥルヌス?
 弟と、一緒に暮らしている、と。
 サートゥルヌス、サートュルヌスね。
 それは、たしかなの?」

 聞き覚えのありすぎる姓に、青年と部下の間になんとも奇妙な空気が流れた。

 「これは、確認する必要があるかな。
 彼の血縁者なら、なかなか骨が折れる。
 もしかしらた全くの他人の可能性もあるけど、ね」

 そこまで言って、青年はもう一度部下に尋ねた。

 「そう言えば、彼にも弟がいるって話だったな。
 たしか、末弟は夢物語を信じるほど純粋とかなんとか。
 いや、馬鹿で阿呆で救いようが無いって言ってたっけ。
 名前は、なんだっけ?」

 部下が答える。
 
 「あぁ、そう、そうだ。
 シンノウ、だ。
 で、わざわざ雇った暗殺者を殺したウカノさんとやらの弟さんの名前は?」
 
 同じ名前だ、と部下は答えた。
 彼は、今度こそ本当に困った顔になった。

 「さて、出来るなら彼――元帥閣下の身内でないことを祈るしかない、か」

 なにせ、今の元帥の一人であるクロッサ・サートュルヌスは力試しに魔王軍に道場破りよろしく乗り込んで、壊滅に追い込んだ実力者だ。
 ニンゲンであるにも関わらず、その実力を買われ、今や魔王の右手にまで上り詰めた出世頭でもある。

 青年は直接会ったことはないが、魔族内、現魔王軍内では知らない者はいない。
 そんな人間の身内と事を構えるなんてしたくない。
 確実に仕事が失敗するからだ。

 「その兄弟について調べろ。
 ただし、手は出すな」

 しばらく考えを巡らせて、やがて彼は部下にそう命じた。



***

 痛みと憎しみが積み重なる。
 思い出すのは、あの底辺野郎の顔。
 人を小馬鹿にした、あの顔。

 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。

 絶対、殺してやる。

 俺のほうが強い。
 俺のほうが、あんな下賤な農民より強い。
 
 そんな怨嗟の念が彼を支配する。
 だからだろうか。
 一度は気が触れ、廃人同様になってしまった彼は、正気を取り戻した。
 憎しみと怒りに取りつかれた者を正常とするなら、彼は正気だった。

 寝かされていた病院のベッドの上から体を起こす。
 そして、彼はベッドから降りて歩き出した。
 自分を馬鹿にした、調子に乗ってるあの農民を探し出して殺すために、歩き出した。
 
 「力が、いる」

 彼は呟いた。
 もっと、もっと、もっともっと。
 力がいる。

 ふらふらと歩みを進める。
 そして、彼は、クラウは外に出た。
 
 
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