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 「えー、それでは!
 シン君の昇級を祝って!! 乾杯!!」

 下宿の食堂にて、リアさんが音頭を取りグラスを高く掲げた。
 ほかの下宿仲間達もみんな笑顔である。
 そして、宴会が始まった。

 学生さんたちは、ご馳走にありつけただけで俺に感謝してきた。
 昇級に対するおめでとうはついでだった。
 ここはとりあえずいつも通りで安心した。

 「いやぁ、俺も見てたけどさ。手も足も出ないってああいうのを言うんだね!」
 
 興奮気味に言ってきたのはテトさんだ。

 「だろう!? まあ、正直シンみたいな規格外の強さを持ちながら表に出ていない冒険者があんなにいたなんて、さすがの私も驚いたぞ!!」

 そう答えたのは、エリィさんだ。

 「へぇ、他にもそんなに強い人たちばっかりだったんだ」

 リアさんが興味津々に聞いてくる。
 彼女の場合、下宿の仕事があるので見に来ていなかったようだ。
 これにもエリィさんが答える。

 「そうなんだ!
 何人かは軍の技術開発部からスカウトが来たと言う話だ。
 あと、ほかの受験者も有名なパーティからスカウトが来てるとか聞いたな」

 マジか。
 俺のところには誰も来てない。
 いや、当然か。
 他の人たちの倒し方に比べて、俺が一番地味だったし。
 才能もそうだけど、パフォーマンスが上手い人が羨ましい。
 まあ、でも、とりあえず飛び級で冒険者ランクはAまで上がったから良しとしよう。
 明日からはまた地道に依頼をこなそう。
 でも、これで今度から農業ギルドやエリィさんに頼まなくても自分で依頼を選べる幅が広がった。
 うん、明日からまた冒険者稼業頑張るぞー!

 あ、でも、その前にいい加減スリングショット直さないと。
 指で石を弾くと、命中率落ちるんだよなぁ。
 この際だし、防具もちゃんとしたの揃えたいなぁ。
 ダンジョンにも挑戦したいし。
 ランクが上がらなきゃやれなかったことに、挑戦できるし。
 うん、明日から楽しみだ!

 そして、その日は美味しくリアさんのご飯を食べ、とても幸せな気分で終わったのだった。


 その翌日。
 というか、深夜。
 黒づくめの連中が、俺の部屋を訪れた。

 「きゃぁぁああ!!」

 静かに起こされた俺がそう悲鳴を上げたのは、誰にも責められないだろう。
 怖かった。
 いや、マジで怖かった。
 だって、ちゃんと鍵かけたのに起こされて、目の前には黒づくめでなんか不気味な狐のお面を付けた連中がいるとか。

 「あ、おはこんばんはです。我々、こういうもので御座います。
 怪しくないので、落ち着いてください」

 いやいやいや!!
 怪しいし怖いわ!!

 ツッコミを飲み込んで、俺は黒づくめの一人が差し出した掌サイズのカードを見た。
 それは名刺だった。
 【王国軍暗殺部隊 第十三代総隊長 タナトス】と書かれている。

 「あ、あんさつぶたい??」

 なに、俺別に国家に仇なすとかそんなこと考えたことも無かったのに!!
 いや、待てよ?
 こうやって名刺をわざわざ用意して来たということは、敵意は無い?
 でも、こんな国の暗部に所属する人たちと接触したってことは、それを話すと殺されるとか??
 嫌だァァァ!
 人生これからなのに!!
 やっと昇級したのに!!
 根回しとか俺にしては珍しく色々頑張って、昇級したのに!!
 死にたくなんて無い!!

 「あ、貴方を暗殺しに来たんじゃないんで、そこの所は安心してください」

 安心出来るかァァああ!!

 「あのこれ、お近付きの印に良かったら食べてください」

 そう言って差し出されたのは、高級菓子店のお菓子の詰め合わせだった。
 祝い事とかがあると持参するやつだ。
 この前、テトさんが親戚の家へ持っていったやつもこれだった。

 「あ、ご丁寧にどうも」

 毒が仕込んであるとかじゃないよな?
 鑑定、うん、よし、毒は入ってないな。

 「えと、それで今日は自分のような人間にどのようなご用件でしょうか?」

 手土産(毒なし)で俺の気が緩んだと思ったのか、総隊長さんが言ってくる。

 「単刀直入に申し上げますと、貴方をスカウトに来ました。
 ヘッドハンティングと言うやつですね」

 …………。
 はい?

 「他の方のお話はもう耳に入ってるとは思いますが、まぁつまりそういう事です」

 そう言えば、エリィさんが他の人にはスカウトが来たって言ってたな。

 「え、ちょ、待って待って!!
 ちょっと待ってください!!
 暗殺部隊にスカウト?? 俺を??
 なんで?! 俺ただの農民ですよ??!!
 いや、今は冒険者ですけど」

 「そうですねぇ、言うなれば才能の片鱗を見たから、ですかね?
 いやいや、貴方のような優秀な人材が埋もれてたなんて驚きです」

 暗殺部隊のスカウトが来るとか、こっちの方が驚きです。

 「優秀って、俺、害獣駆除はしたことありますけど、人殺しなんてやった事ないですよ?
 いや、今日のはノーカンですからね!
 あれは、ちゃんと試験官が助かるってわかってたから出来ただけで、そうじゃなければ今日みたいなことなんて出来ないですから!!」

 「またまたご謙遜を。
 あんな躊躇いもなく、そして、殺気すら纏わずに相手の命を奪うなんて中々できませんよ!
 そして、あの技。魔法でもなんでもない、ただの石を飛ばしただけのシンプルなそれで、貴方は一時的に試験官、それもS級冒険者の命を奪った。
 あの時、十回も負けていた彼らは、あなた方受験者を警戒していた。
 我々ですらあれだけ警戒されていたら、ちゃんと殺せるか自信がありません。
 でも、貴方はそれをやって見せた」

 「偶然ですよ。運が良かっただけです。
 あと本当に申し訳ないんですけど、俺は暗殺者として仕事をしたいんじゃなくて、冒険者として仕事をしたいんです」

 俺は深々頭を下げて断わる。
 あー、殺されるかなぁ。

 「そうですか、残念です。無理強いは良くないですし。
 でも、職に困ったらいつでもご連絡ください。こちらも人手不足なもので、いつでも歓迎いたします。
 連絡先は名刺に載せてますので
 そうそう、それと、これは暗殺者として貴方に敬意を表してお伝えするのですが、元チームメイト達、それと貴方が結果的にお縄にした貴族たちが色々策を弄しています。
 お気をつけください。まあ、たぶん大丈夫だとは思いますが。
 それでは夜分遅くに失礼しました」

 言うだけ言って、暗殺部隊は部屋の出入口からゾロゾロと帰っていった。
 いや、そこから帰るんかい!!
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