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ヌシラタミのお姫様

蛇に足が描きたされたような、そんな話

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 それは、よくある話だ。
 そう、創作界隈じゃよくある話。
 どこにでもいる、社畜の成人女性が帰宅途中で交通事故に遭って、死ぬ。
 そのあと、前世の記憶を引き継いだまま生まれ変わって、新しい人生を生きる。
 どこにでも転がっている、手垢がつきまくって、それでも読まれる王道ファンタジー。
 そんな物語の主人公になれたのだと、彼女は、本来ならそんな知能すらない転生先の赤ん坊の時に自覚し、喜んだ。
 人生をやり直せるのだ、と意気込んだ。

 前世の彼女の人生は、不幸なほうだと思っていた。

 ろくな才能にも恵まれず、いつも他人ばかりが持て囃される世界。
 勉強を頑張っても、他人ばかりが評価される。
 頑張りすぎて、体調を崩しても、誰にも気づいてもらえない。
 それどころか、身の程を弁えろ、それが嫌ならもっともっと努力しろと言われてきた。

 誰にも理解されない人生。
 誰にも褒められない人生。
 誰にも認められない人生。

 家族が嫌いだった。周囲の人間が嫌いだった。

 自分を取り巻く世界、そのものが大嫌いだった。
 幸せそうに笑ってる奴らは全員死ね、と思っていた。
 でも、そんなクソな人生から唐突のログアウト。
 そして、奇跡が起きた。
 まるで物語のように、自分を主人公にした人生が幕を開けた。

 転生、生まれ変わったことに気づいた時、彼女は心の底から喜んだ。
 でも、それはつかの間だった。
 すぐに、彼女は自分の立場を理解することになり、その事実に絶望した。

 彼女が生まれたのは、とある貴族の家だった。
 彼女には、双子の妹がいた。
 一卵性双生児の妹。容姿は瓜二つ。
 並べると、見分けがつかないほどよく似ていた。
 そう、ただ一点、いや、二点を除けば。
 彼女は、不吉とされている紫色の瞳と髪をしていたのだ。
 生まれつきのそれに、腹を痛めた母ですら気味悪がった。

 なんとかしなければ、そんな想いと。
 シンデレラストーリーなんて、素敵。そんな夢心地のまま彼女は、行動した。

 いわゆる知識チートを行った。

 この世界では、一部の学者しか知らない知識等を披露した。
 そしたら、忌み子であることとプラスして、女であることを理由に、悪魔と契ったと罵られた。

 どうして?
 何故、そうなる?

 持て囃されるはずだ。
 普通なら、よくある物語ならこれで持て囃されるはずなのに。
 
 彼女は、どんどん嫌われていった。
 そして、扱いも酷いものへ変わって行った。
 姉である彼女に、妹は同情的だった。
 そして、姉の能力の高さも認めていた。

 だから、彼女達姉妹の父親が病で倒れた時、妹は姉へ相談した。

 『お父様の命は、もうあと僅からしいの。
 お姉様、お姉様、お願い。お父様の命を助けて。
 そうすれば皆、お母様も、なによりお父様も、ううん、この家の者はきっとお姉様のことを、聡明なお姉様のことを認めてくれるわ』

 助けろ、お前にはその力がある。
 だから、助けろ。
 助けたら、力を認めてやってもいい。

 意訳するとこんなところだろうか。

 生まれ変わった先の、新しい人生で得た、血の繋がった妹にそう言われた。懇願された。
 確かに、その可能性はあるだろう。
 今まで彼女を忌み子として、悪魔と契った女として扱ってきた者は、感謝から態度を改めるかもしれない。
 しかし、その時の彼女には、そんなもの既に無価値となっていた。
 そんな上から目線の懇願など、聞く義理がない。皆無だ。

 『わかった。大切な父様が少しでも早く楽になるのなら手を貸してあげる』

 鉄格子の向こう。座敷牢の中で、数少ない娯楽として許されていた読書に耽っていた彼女は、妹へそう言った。
 その口元は本に隠され、見えていなかった。
 だから、妹は気づかなかった。
 姉の、歪んだ笑みに気づかなかった。

 姉であり、転生者である彼女の中にあるのは、自分をこんな目に合わせた一人である父親を苦しませて殺すこと。
 ただし、手はなるべく汚さずに。

 『薬を作らないと。
 ただ、私はここから出られない。だから、今から言うものを貴女が全て用意して、貴女が作るの。貴女が、父様を救う。
 私は、その手助けをする。
 いいわね?』
 
 愚かで、疑うことを知らないお嬢様の、血の繋がった赤の他人である少女へ、彼女は真剣な表情でそう言った。

 幸いだったのは、この世界、そしてあの時代。
 女には必要以上の学問は不要だと言われていたことだ。
 だから、妹は気づかなかった。
 
 そう遠くない未来で、自分が親殺しという罪を犯してしまうことに、全く気づかずにいた。
 
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