桜の木の下の首無し死体

一樹

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元名探偵の考察

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メアリ夫人は、自信作のアップルパイを口に運び、ゆっくりと食べる。
それから、お茶で喉を潤してから口を開いた。

「このお話、おそらくだけど犯人と被害者が入れ替わってるわよ」

母の言葉に3兄妹達は驚いて、互いの顔を見合わせた。
構わず、メアリ夫人の言葉が続く。

「まず、このお話の中の真相を考える上で大切なのは、分けて考えること。
なにを分けて考えるのかって言うと」

メアリ夫人は、長男――イクスへ視線をやる。

「この作品はね、気づいていると思うけど3つの視点から語られているわよね?」

イクスが頷く。
続いて次男のゼータと、長女のナターシャも頷いた。
メアリ夫人はそれを見て微笑む。

「まず、冒頭の三人称。
次に一人称でありこの事件に巻き込まれた人達の視点。
そして、犯人嘘つき達の視点。
冒頭はともかく、この他の視点が入れ替わって話が進むからややこしく感じちゃうけど、まずはここをそれぞれ区別するの。
つまり、第一発見者を含めた巻き込まれた人達。
そして、犯人達。
巻き込まれた人達は事件直後からそう日を置かずに、役人たちから話を聞かれているように読めるわね。
犯人達は逆に、だいぶ時間が経過してから話を聞いた感じかしら。
といっても、犯人の妻だけは神様に懺悔しているのよ。
おかしいと思わない?
ほかの人たちは、明らかに役人に対して語っているのに。
彼女だけが、神様に懺悔しているの。
母親の証言だと、役人に連れていかれたみたいだけれど。
それなら、その時の証言を載せるべきじゃないかしら?
でも、そうしていない。
彼女がなにを語ったかは、明らかにされていない。
ここに意図的なものを感じるわ。
懺悔の内容は、夫の犯行について。
夫の証言とも一致している。
まぁ、一致するのは当たり前でしょうね。
この夫婦とそして、妻の母親は共犯だと考えた方が自然ね。
ミステリにおいて、犯人は嘘をつく存在だから、その証言はほぼ嘘だと考えた方がいい。
だから、信頼できるのは第一発見者含めた、巻き込まれた人達の証言になる」

メアリ夫人はまた紅茶で喉を潤した。

「だから、そっちの方の証言をもとに推理していくわね。
まず、被害者が発見された時に言われていたのは、血の飛び散りが無く、現場が綺麗だったこと。
争った形跡もなかった。
ここから考えるに、被害者は発見された場所で殺されたんじゃない。
殺されたのは、夫婦の部屋。
時間は、夕方から夜中にかけてのどこかの時間。
その部屋で、被害者は絞殺された」

ここで反応したのは、次男のゼータだった。

「絞殺?
被害者は首を絞められて殺された?」

「そう。シーツを使って殺したんでしょう。
その時に、被害者の体液が付着した可能性がある。
それを誤魔化すために、夫婦の激しい営みがあったと装ったのかもね」

宿の主人の証言だ。
たしかに、そのことが書かれている。

「それじゃあ、首もその部屋で??」

怖々と、ナターシャが訊ねた。
メアリ夫人は首を横に振る。

「いいえ。
それじゃ、血痕が残るからどこが殺害現場だったのかバレてしまう。
だから、首を切り落としたのも、短剣を刺したのも桜の木の下に行ってから」

そこに、イクスが待ったをかけた。

「え、それはおかしな事になりますよ?
だって、被害者はちゃんとチェックアウトしてるんですから」

「古典的なトリックよ。
使い古されすぎてるものよ。
いい?
被害者と犯人は、前日の夕方に口論になって殴り合いにまで発展した。
そして、お互い顔を包帯でぐるぐる巻きにするほど腫れ上がってしまった、ということになっているわね。
その報告を宿の主人が受けるまで、数時間も空白がある。
この数時間のうちに、被害者は夫婦の部屋で殺された。
最初に話したように、この事件は被害者と犯人が入れ替わっている。
だから、この時殺されたのは夫。
その後、妻が宿の主人へ、夫の顔が晴れてきたから手当をしたいと言って、救急箱をもってこさせる。
それを受け取って、今度は被害者の部屋にも持っていかせる。
気がかりだから、と言って。
宿の主人はなんの疑いもなく、それを実行した。
この妻とのやり取りの時、宿の主人は夫の姿を見ていない。
部屋の出入口でやり取りしたんでしょうね。
同じように、被害者の顔もみていない。
そして犯人は、入れ替わる予定の被害者のアリバイ作りをした。
まだ生きているように見せた。
宿の主人に部屋の前へ救急箱を置かせたのは、そのため。
もう一度言うけど、この時宿の主人は被害者(犯人)の顔をみていない。
声のみでのやり取りだったから。
その後、犯人は救急箱を回収して朝を待った。
そして、顔を包帯で覆うと被害者として宿を出たの。
その後こっそり戻ってきた。
おそらく、宿の壁をつたうかして元々泊まっていた部屋へ窓から入った。
この辺は犯人側が本当のことを話していたのね。
そして、今度は置きっぱなしになっていた被害者の死体を荷造りした。
大荷物だったって書いてあるから、その荷物の中に死体があったんでしょうね。
こうして、早朝に犯人たちは宿を出た。
そして、死体が発見された場所まで行くと、夫の服と被害者の服を入れ替えた。
人って顔で他人を判別もするけど、服装で判別もするからね。
声が特徴的ならそこでも判別するけど、そうじゃなければ初対面同士は服装くらいしか記憶に残らない。
加えて、記憶に残るようなトラブルがあれば、服装+トラブルで記憶することになる。
それに、服なら同じデザインのものをあらかじめ用意しておけるしね。
つまり、なにが言いたいのか、というとこれは用意周到に準備された殺人事件だったってこと」

「全て周到に計画されていた?」

ナターシャが呆然と呟いて、紙をペラペラめくる。
メアリ夫人はニコッと笑って、

「えぇ、そういうことになるわね。
決して突発的なものじゃない。
さて、そうして死体を桜の木の下へ持っていき、発見された時の状態へ加工する。
死んでいるから血は飛び散らない。
短剣を刺しても、そこまで流れなかった。
そして、首を落としてしまえば絞殺の痕を誤魔化せるし、なにより顔も分からなくできる。
首なしにした理由は、この二つ。
一つ、捜査の攪乱を狙った。
二つ、被害者がどこの誰か分からなくする。被害者と犯人が入れ替わるためにね。

そうして、入れ替わった犯人は妻と、妻の故郷へ帰り幸せに暮らしましたとさってところかしら。
事件前後に何がおきていたのか、はこんなところかしらね」

「でも、わからないな」

ゼータが呟いた。

「なんでわざわざ、そんなことを?」

メアリ夫人は、意味深な笑みをうかべる。

「そうね。
おそらく、その理由は帰ってから生まれたという子供が関係してるのかも。
ここからは、完全な考察になるのだけれど。
まず、妻は望まない結婚をした。
本当は別の人と結ばれたかったのにも関わらず、ね。
望まない結婚相手が被害者で、本当に結婚したかったのが犯人。
犯人は、奪われた彼女を奪い返しに行った。
そして二人は顔を合わせ、奪還計画(妻からすれば逃亡計画)と今回の犯行計画を犯人と妻は練った。
そして、この計画を思いついた。
結婚式はささやかなもので、ほかに出席者はいなかった。
だから、その時の結婚相手の顔を誰も見ていない。
どこで式を挙げたのかはわからないけど、田舎だとするなら家の中で挙式した可能性はあるわね。
教会でやるのもなんだかんだお金がかかるから。
ひっそりと家でやった、と考えた方が自然でしょう。
神父様やシスターもたぶん呼んでいないわね。
呼ぶとお金がかかるから。
寄付とか、心付けとかそういった意味でのお金が。
だから、誰も式に呼ばなかった。
呼んだら、お祝いとしてお金が入ってくるけど、それは支払いに消えるし、料理とかお酒も振る舞わなければならないしね。
そんなわけで、出席者ゼロの結婚式を挙げたために、誰も本当の夫の顔を見ていない。
知っているのは、妻の母親だけ。
妻の母親も、本当は犯人の方へ妻を嫁がせたかった。
だから、今回のことに協力したの。
そしてこの事件、被害者はもう一人いるわ」

末っ子であり、長女であるナターシャが首を傾げた。

「もう1人??」

聞かれて、メアリ夫人は少しだけ嫌そうな顔をした。
しかし、説明はきちんとする。

「えぇ、妻の母親が話した、【最初の子】がおそらく本来の夫との間に出来た子供だった。
それを水に流している可能性がある。
そして、犯人との間に子供をもうけた。
これが作中で出てきた子供ね。
好きでもない男との子供を水に流した」

そこで、場がシンと静まった。

「この事件は周到に仕組まれていた。
妻は夫の仕事に関する情報を犯人へ伝える。
いつ異動になるとかそんなことを伝えた。
そして、途中寄るだろう宿にあらかじめ泊まっておく。
頃合を見計らって、犯人は妻へ声をかけた。
被害者をあえて怒らせるために。
そして、喧嘩を演じた。
その後は、さっき説明した通りの流れで犯行に及んだ」

ここでイクスが食いつくように、言った。

「でも、なぜこんな回りくどいことを?」

「そうねぇ。これはお母様の完全な想像だけど。
突発的な犯行と、用意周到になされた犯行だと、罪の重さが違ってくることがあるから。
突発的な犯行のほうが、万一捕まっても罪が軽くなる。
用意周到、準備万端で犯行に及んだのなら、罪が重くなる。
この辺じゃないかしらね、嘘をついた理由は」

ナターシャは、自分で解けなかったことを悔しく思った。
ついつい安易に答えを知りたいと思ってしまったのだ。
だから、母にこう尋ねた。

「お母様みたいに謎を解けるようになるには、どうしたら良いですか?」

「そうねぇ。
私立探偵には膨大な知識が必要だけれど、素人探偵には人間観察をする力があれば誰でも、これくらいのことは出来るわよ。
まずは、よく人を観察出来るようになること、かしらね。
ナターシャは記憶力がいいから、将来はお母様みたいに探偵になるかもしれないわね」

とはいえ危険な仕事なので、本当にそっちの道を選ぶのならその時にまた話し合えばいい。
この時は、メアリ夫人もそう考えていた。
まさか愛娘が側室として後宮に入ることになるなんて、さすがの元名探偵でも予想できなかったのだ。

そして、後日、ナターシャはミズキから続きを借りて読んでみた。
母の推理は完璧に当たっていた。
最後の話は被害者視点の話で、ホラー染みた、そしてトンデモ展開な終わり方だった。
殺された被害者が、作中で生まれた子供へと転生して、復讐をはじめるのだ、という終わり方だった。
ラストはまさに、ナターシャ好みの展開だった。
怖い話がナターシャは好きなのだ。
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