桜の木の下の首無し死体

一樹

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とある男性の告白

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人を殺した。
生まれて初めて、人を殺した。
許せなかった。
そう、許せなかったんだ。
俺の妻を奪ったから。

……違う、そう、奪おうとしたから。

だから、殺したんだ。
事の顛末は聞いてるんだろ?
そう、そうだ。
その話の通りだよ。
あの男は、妻に声を掛けていた。
それが許せなかった。
妻を侮辱することを口にした。
本気で手篭めにしようとしていた。
だから、殴った。
この時には、殺意は無かった。
怒りはあったが、殺そうなんて思わなかった。
家族を、妻を侮辱されて、奪われっ、……そうになったから。
だから、つい手が出たんだ。

その後だ。
知ってるだろ?
妻と義母にも、話を聞いたんだろ?
そう、俺の怒りは収まらなかった。
たまたまだった。
本当に偶然だった。
まだ薄暗い早朝、俺は目を覚ました。
朝が早いんだ。
それで、ふと部屋の窓から外を見たら、宿を出て桜の木の方へ歩いていく奴の姿があった。
殴って、一旦は収まったと思った怒りがまた湧いてきた。
気づくと俺は、短剣を手に窓から飛び降りて奴を追いかけていた。
奴は、あの立派な桜の木を見ようと道を外れた。
チャンスだと思った。
そう、今ここでアイツを殺せば誰にも見られることはない。
死体は埋めればわからない。
そう、俺の中で悪魔が囁いたんだ。
あとは知っての通りだ。
俺は桜に見とれてるアイツに声をかけて、ブスリと短剣を刺そうとした。
逃げようとしたから、無理やり肩を掴んでこちらを向かせ、心臓に向かってぶっ刺したんだ。
その後、死体を埋めて宿に戻った。
戻った後に、妻に逃げるための時間稼ぎをしようと言われた。

こういう時、女の方が度胸があるって初めて知った。
妻は、とてもそんなことが出来る人間じゃない。
でも、俺にだけ罪を犯させるわけにはいかない。
自分も手を汚す、といって譲らなかった。
そう、それがアイツの首を切り落として、どこの誰かわからなくするってことだったんだ。
宿をチェックアウトして、あの桜の木へ向かった。
その近くに埋めたからな。
意図せず、桜の木が目印になったんだ。

それで埋めた死体を掘り起こした。

あとは、知っての通りだ。
え、なんで死体を埋め直さなかったのか?
太陽も高くなりつつあった。
人通りの少ない裏街道とはいえ、いつ人が桜を見にやってくるかわからない。
だから、埋め直すより逃げる方をとったってだけの話しだ。
首を切った大剣はどこにやったか?

妻の実家の納屋。
その奥にあるよ。

首?
それこそ、あの桜の木のすぐ横の薮の中へ投げ捨てた。
見つからなかったのか?
知らないよ。
それこそ獣が多い場所らしいし、食われたんじゃないのか。
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