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ダンジョンの方の受け付けを済ませ、それぞれが指定された更衣室で着替えを終える。
更衣室は、ダンジョンの入口近くの待合室の隣に設置されていた。
イオは愛用のジャージ姿に少し大きめなバックパックを背負っている。
ザクロは先日、イオが見繕った鎧を身につけついでにそこそこ値がはった剣を腰から下げている。
ヴァンはレンタルしたらしい盗賊風の衣装に身を包んでいた。
更衣室の前で合流して、待合室に向かう。
待合室はかなり広く、ベンチも設置されていた。
その中のひとつに腰を下ろして、呼び出されるのを待つ。
待合室では様々なパーティが順番待ちをしており、ザワザワと落ち着かない雰囲気である。
と、トントンとザクロがイオの肩を叩く。
「アイツらだ」
「うん、知ってる」
電車内では寝てたザクロに、その事を伝える。
「ストーカーするまで落ちぶれたのか、トリスのやつ」
「あそこまであからさまだと、逆に清々しいなぁ」
ザクロに続いて、ヴァンもそんなことを漏らす。
三人の視線の先には、敵意を隠しもしない四人組のパーティがこちらを睨んでいる所だった。
しばらく三人は他愛のない話をして時間を潰した。
そうこうしているうちに、他のパーティが呼ばれていく。
待合室が空いては、新しいパーティが入ってくる。
そして、どれくらいの時間が経った頃か、ようやくイオ達の順番が回ってきた。
同時に、ザクロの元仲間達も呼ばれる。
偶然にしては出来すぎているが、気にしたところでどうしようも無い。
というか、ザクロの元仲間が呼ばれて一番ホッとしているのかヴァンであった。
もしも彼らと同じグループで呼ばれなければ、ヴァンは無駄足になる所だったのだから、当然といえば当然の反応なのだろう。
もしかしたらヴァンは、ここでザクロの元仲間と対戦出来なかったら残りのダンジョンにもくっついて来るつもりだったのかもしれない。
予選のために集まった冒険者達が、係の者に案内されて厳かな装飾のされた扉の前まで連れてこられる。
ザワザワとどこか落ち着かない空気が漂う中、係の者が簡潔に説明する。
それによると、闘技大会の予選参加者はこれから先、どんなことが起こってもクレームをつけない言わない、それこそ死んだとしても泣き寝入りするしかないから、それが受け入れられないなら今すぐ帰れ、というものだった。
もう少しオブラートに包んでいたが、内容はそんなだった。
職業柄、横柄で横暴、つまりは血気盛んな人種が多い冒険者達はイライラとしつつもその説明を受け入れている。
残ったパーティは最上階にて、ダンジョンマスターからメダルを貰うこと、と締めくくられた。
しかし、さらに追加で説明が入った。
「当ダンジョンは、実況可能なダンジョンとなります。
管理者側としては、大いに動画サイトなどに投稿し宣伝して欲しいということです。
投稿の際の年齢制限は各投稿サイトのガイドラインに従い、投稿に伴って起きたトラブルに関しては、こちらは一切の責任を負わないことを明言させて頂きます」
実況可能、という言葉に九割の冒険者たちが疑問符を浮かべていた。
残りの、もちろん心得てますとも、という顔をしている一割はイオ達である。
一通りの説明が終わると、いよいよ扉が開かれた。
重々しく、ゆっくりと開いた扉へ吸い込まれるように冒険者達が走っていく。
「あれ? イオさん走らないの?」
「ヴァンさん、説明聞いてなかったんですか?
これ、バトロワですよ、バトロワ。
早い者勝ちじゃないんで、のんびり行きましょう」
「ま、後からの方が不利になるけどな」
ザクロがイオのあとにそんなことを口にする。
「不利?」
意味が分からなかったのか、ヴァンが疑問符を浮かべる。
「先行した方は隠れて後から来る人を襲撃しやすいんですよ。
まぁ、場所にもよりますけど。
そもそも隠密系の技術が無ければ難しいですし、なによりも、隠れる場所があるかどうかってことも肝心です。
まぁ、無かったらワナを仕掛けるだけでしょうけど」
説明しつつ、イオが先に歩き出す。
ダンジョンの中は荒れ果てた、何百年も前の魔法使いの研究所といった風で、通路があり、一定の間隔で部屋が設置されていた。
中は薄暗い。
なので、全く先が見えないというわけでは無かった。
しばらく進むとズズんっという、音ともにダンジョンが揺れた。
爆発でもしたかのような、鈍い音だった。
「早速ですか」
「ところでイオさん、そのカバン何?
なんか凄いパンパンだけど、何が入ってるの?」
ヴァンがイオのバックパックを指さしながら、ザクロの後ろから言ってくる。
「あ、コレですか。このパーティ回復役が居ないんで、ありったけのありとあらゆるポーションを入れられるだけ入れて来たんです」
「……重いし、非効率じゃない?」
「まぁ、そうですけど。俺はこの水筒があるからいいとして、もしも二人が怪我したらこれしか回復する手段とれませんもん」
「まぁ、そうなんだろうけどさ」
ヴァンは何か言いたげだったが、少しだけ微妙な反応をして終わった。
その時、ザクロが前方から飛んでくるそれに気づいて声を上げた。
「イオ!!」
名前を叫んだ時には、飛んできたそれは既にイオの手の中にあった。
空気をきる音と、何かをイオが掴んだ擦れるような音が重なる。
「平気平気、見えてる」
言ったイオの手には、矢が握られている。
その先端で切ったのか、イオが赤くなった手のひらを見つめて、受け止めた矢を投げ捨てると、慣れた動作で水筒に口を付けた。
「さてさて、どこの誰が仕掛けてきたのやら。
ザクロ、矢には毒が塗られてるから、少しでも傷がついたら言えよ。ヴァンさんも!」
イオの指示が飛んでくる。
水筒の中身を一口飲んで、イオはまた歩き出した。
ダンジョンの構造上か、それともダンジョンマスターの趣味か、どこかに上へと続く階段があるはずだ。
とにかく、向かってくるやつを撃破しながら階段を探すようだ。
気配を探るが、矢を打った存在の気配は感じられない。
逃げたのか、あるいは何らかの罠が発動して矢が飛んできたのかもしれない。
「え、でも先に階段を探した方が良くない?」
「戦うのが目的なんで、階段は後でいいんです」
ヴァンへイオが返した。
そして、続ける。
「それよりも、実況は捗ってますか?」
「まあまあかな?
動画もこのカメラで撮りつつだけど、うん、まあまあだ。
イオさんと奴隷王の後ろ姿、あ、これは画像だけど、さっきチョロっと載せたら書き込み増えたよ。
人気だねぇ」
「……人気?」
「…………」
イオが不思議そうに聞き返した。
ザクロはとくに反応しない。
「前にも話したかもしれないけど、帝国の掲示板ってコアな人間が集まってて、なんて言うのかな広く浅く、もしくは広く深くあちこちの情報を持ってる人が多くて。
普通なら、ニュース速報なんかの内容なんて二、三日もすれば飽きられちゃう中、中々の情報通がいるんだ。
ま、ピンキリっちゃピンキリだけど。
で、イオさんが人気な理由だけど、なんでか分かる?」
「ザクロを倒して仲間にしたから?」
「うん、半分正解」
ヴァンのこの答えに、今度はザクロが、「意外だな」、と声を漏らした。
そして、続ける。
「残りの半分ってなんなんだ?」
「街中で、元仲間に絡まれたって言ってた件。
アレだよ、アレ」
短く説明するヴァンへ、イオとザクロが疑問符を浮かべた。
「?」
「?」
後ろからついて行くだけなので、顔までは見えないが、ヴァンは二人が不思議がっているのがわかった。
なので、もう少しだけ噛み砕いて、詳しく説明する。
「あー、つまりね、街中で君らが絡まれた件。
さらに、本来は禁止されてる攻撃魔法が使用されて、騒ぎになったあの件。
あの日、あの場所に掲示板ユーザーがいたんだ。
その人は街中で攻撃魔法を使用したのが、奴隷王のかつての仲間とは知らなかった。
ただ、別口でかなり評判の悪いパーティとして認識していて嫌っていたんだ。
そんな奴らに一泡吹かせたのが、イオさんだったわけ。
調べてみれば、あの奴隷王を倒して仲間にしたことがわかった。
そんなイオさんが、評判が一部ではボロくそのパーティに、もう一度言うけど一泡吹かせたわけ。
ね、なんで人気になるかはわかるでしょ」
「おおっ! そんなことになってたとは!」
イオの声が弾む。
「それで、アーサーが掲示板にイオさんが闘技大会に出ることとか情報を流したのもあって、書き込みが増えたってわけ」
「なるほどなるほど」
イオは感心しているが、完全に本人への許可を取らない上で流されたそれは、個人情報の流出以外の何者でもない。
ちなみに、現在進行形でダダ漏れである。
しかし、そもそもイオのことはコロシアムの一件で容姿も名前も既に広まっている。
つまりは知ってる人は知ってることなので、気にするのも今更ではあるが。
元々イオはその辺を気にしない質でもあるようで、物凄く軽く済ませてしまった。
「あ」
イオが唐突に声を漏らした。
かと思うと、ダッシュして通路先へ行ってしまう。
その先は、ザクロからも見えていたが壁になっていて左右に通路が伸びていた。
その左側へイオがあっという間に突進して、消えたかと思うと、なんか赤い水しぶきが舞ったのが、ザクロとヴァンには見えた。
同時に、壁に何かを叩きつけるような音が響いてくる。
くぐもった悲鳴のような声も聞こえてきた。
やがて、その音が収まって顔が血だらけになったイオがいい笑顔で戻ってきた。
「一人目倒したー!
そんなに強くなくて、ちょっと残念」
「……殺したのか?」
「意識は飛んでたけど、息はあったから生きてる」
完全なるサイコパスの言動だったが、ここはそういう場所なのでザクロは当然、ヴァンもなにも言わない。
むしろヴァンは携帯端末で現状を掲示板へ書き込んでいた。
その反応は上々である。
「でもザクロの元仲間じゃなかったかなぁ。
斥候も兼ねてたみたいだし、まだこの辺にさっきの人の仲間いるかも」
と、そこでイオがはたと思いいたりバックパックから、小瓶をひとつ取り出すと、今だ携帯端末を操作しているヴァンへ渡した。
「ヴァンさん、これ飲んどいてください。
恐怖耐性効果のあるポーションです。
テレビでコロシアムの映像見れてたんで大丈夫だとは思いますが、念の為に」
それは、冒険者のPTSD対策として市販されているポーションの小瓶だった。
ヴァンは携帯端末から視線を上げて、それを受け取る。
「ありがとう」
すぐに蓋を開けてヴァンは飲み干した。
「栄養ドリンクの方が美味しいって感じたの、初めてだ」
空になった小瓶は荷物になるので、ダンジョン側に処分してもらおう。そう考えて、イオがその辺に捨てておくように言う。
「良薬は美味しくないものって決まってますから」
「まぁ、たしかに」
そうして三人は再び進み始める。
しばらく進んだ所で、イオが腕を横に伸ばして後ろの二人へ止まれと合図する。
それから、今度はハンドサインで先を見るよう示す。
そこには、道を塞ぐように壁に持たれかかってぐったりしている戦士の格好をした男性の姿があった。
こちらには気づいていないようだ。
と言うよりも、意識がないように見える。
そのすぐ近くには、血溜まりがあった。
血溜まりだけではなく、血飛沫のあとも天井や他の壁に見ることが出来た。
イオが辺りを警戒しながら、ゆっくりとぐったりしている戦士へ近づく。
かがみこんで、男を見た。
既に事切れている。
喉元が横にぱっくりと切り裂かれていた。
これが致命傷になったのかもしれない。
血の量も量なので、首を切られたことによる失血死といったところか。
イオは立ち上がり、通路のさらに奥を見る。
何かがいる。
気配で分かる。
ゾクゾクとした、それにイオの顔が愉悦で歪んだ笑みを浮かべる。
(そうそう、これこれこれこれ!!)
ドクドクとまるで恋する乙女が想い人を前にした時のような、胸の高鳴りを感じながら、イオが駆け出した。
「あ、おいっ!!」
その異様さにザクロが気づいて声を上げた。
しかし、それを封じるようにイオがするりと背中のバックパックを外したかと思うと、投げて寄越して来る。
それを受け止めて、ザクロが通路の先を見た時、イオが声を上げた。
「見つけたァァァああ!!」
まるで気合いを入れるかのような、そんな咆哮にも似た声。
その声が響くと同時に、イオは跳んで天井を蹴りつけた。
すると、天井に届く少し前、実に中途半端な場所でイオの蹴りが止まってしまう。
かと思いきや、イオの体が床へと叩きつけられてしまった。
更衣室は、ダンジョンの入口近くの待合室の隣に設置されていた。
イオは愛用のジャージ姿に少し大きめなバックパックを背負っている。
ザクロは先日、イオが見繕った鎧を身につけついでにそこそこ値がはった剣を腰から下げている。
ヴァンはレンタルしたらしい盗賊風の衣装に身を包んでいた。
更衣室の前で合流して、待合室に向かう。
待合室はかなり広く、ベンチも設置されていた。
その中のひとつに腰を下ろして、呼び出されるのを待つ。
待合室では様々なパーティが順番待ちをしており、ザワザワと落ち着かない雰囲気である。
と、トントンとザクロがイオの肩を叩く。
「アイツらだ」
「うん、知ってる」
電車内では寝てたザクロに、その事を伝える。
「ストーカーするまで落ちぶれたのか、トリスのやつ」
「あそこまであからさまだと、逆に清々しいなぁ」
ザクロに続いて、ヴァンもそんなことを漏らす。
三人の視線の先には、敵意を隠しもしない四人組のパーティがこちらを睨んでいる所だった。
しばらく三人は他愛のない話をして時間を潰した。
そうこうしているうちに、他のパーティが呼ばれていく。
待合室が空いては、新しいパーティが入ってくる。
そして、どれくらいの時間が経った頃か、ようやくイオ達の順番が回ってきた。
同時に、ザクロの元仲間達も呼ばれる。
偶然にしては出来すぎているが、気にしたところでどうしようも無い。
というか、ザクロの元仲間が呼ばれて一番ホッとしているのかヴァンであった。
もしも彼らと同じグループで呼ばれなければ、ヴァンは無駄足になる所だったのだから、当然といえば当然の反応なのだろう。
もしかしたらヴァンは、ここでザクロの元仲間と対戦出来なかったら残りのダンジョンにもくっついて来るつもりだったのかもしれない。
予選のために集まった冒険者達が、係の者に案内されて厳かな装飾のされた扉の前まで連れてこられる。
ザワザワとどこか落ち着かない空気が漂う中、係の者が簡潔に説明する。
それによると、闘技大会の予選参加者はこれから先、どんなことが起こってもクレームをつけない言わない、それこそ死んだとしても泣き寝入りするしかないから、それが受け入れられないなら今すぐ帰れ、というものだった。
もう少しオブラートに包んでいたが、内容はそんなだった。
職業柄、横柄で横暴、つまりは血気盛んな人種が多い冒険者達はイライラとしつつもその説明を受け入れている。
残ったパーティは最上階にて、ダンジョンマスターからメダルを貰うこと、と締めくくられた。
しかし、さらに追加で説明が入った。
「当ダンジョンは、実況可能なダンジョンとなります。
管理者側としては、大いに動画サイトなどに投稿し宣伝して欲しいということです。
投稿の際の年齢制限は各投稿サイトのガイドラインに従い、投稿に伴って起きたトラブルに関しては、こちらは一切の責任を負わないことを明言させて頂きます」
実況可能、という言葉に九割の冒険者たちが疑問符を浮かべていた。
残りの、もちろん心得てますとも、という顔をしている一割はイオ達である。
一通りの説明が終わると、いよいよ扉が開かれた。
重々しく、ゆっくりと開いた扉へ吸い込まれるように冒険者達が走っていく。
「あれ? イオさん走らないの?」
「ヴァンさん、説明聞いてなかったんですか?
これ、バトロワですよ、バトロワ。
早い者勝ちじゃないんで、のんびり行きましょう」
「ま、後からの方が不利になるけどな」
ザクロがイオのあとにそんなことを口にする。
「不利?」
意味が分からなかったのか、ヴァンが疑問符を浮かべる。
「先行した方は隠れて後から来る人を襲撃しやすいんですよ。
まぁ、場所にもよりますけど。
そもそも隠密系の技術が無ければ難しいですし、なによりも、隠れる場所があるかどうかってことも肝心です。
まぁ、無かったらワナを仕掛けるだけでしょうけど」
説明しつつ、イオが先に歩き出す。
ダンジョンの中は荒れ果てた、何百年も前の魔法使いの研究所といった風で、通路があり、一定の間隔で部屋が設置されていた。
中は薄暗い。
なので、全く先が見えないというわけでは無かった。
しばらく進むとズズんっという、音ともにダンジョンが揺れた。
爆発でもしたかのような、鈍い音だった。
「早速ですか」
「ところでイオさん、そのカバン何?
なんか凄いパンパンだけど、何が入ってるの?」
ヴァンがイオのバックパックを指さしながら、ザクロの後ろから言ってくる。
「あ、コレですか。このパーティ回復役が居ないんで、ありったけのありとあらゆるポーションを入れられるだけ入れて来たんです」
「……重いし、非効率じゃない?」
「まぁ、そうですけど。俺はこの水筒があるからいいとして、もしも二人が怪我したらこれしか回復する手段とれませんもん」
「まぁ、そうなんだろうけどさ」
ヴァンは何か言いたげだったが、少しだけ微妙な反応をして終わった。
その時、ザクロが前方から飛んでくるそれに気づいて声を上げた。
「イオ!!」
名前を叫んだ時には、飛んできたそれは既にイオの手の中にあった。
空気をきる音と、何かをイオが掴んだ擦れるような音が重なる。
「平気平気、見えてる」
言ったイオの手には、矢が握られている。
その先端で切ったのか、イオが赤くなった手のひらを見つめて、受け止めた矢を投げ捨てると、慣れた動作で水筒に口を付けた。
「さてさて、どこの誰が仕掛けてきたのやら。
ザクロ、矢には毒が塗られてるから、少しでも傷がついたら言えよ。ヴァンさんも!」
イオの指示が飛んでくる。
水筒の中身を一口飲んで、イオはまた歩き出した。
ダンジョンの構造上か、それともダンジョンマスターの趣味か、どこかに上へと続く階段があるはずだ。
とにかく、向かってくるやつを撃破しながら階段を探すようだ。
気配を探るが、矢を打った存在の気配は感じられない。
逃げたのか、あるいは何らかの罠が発動して矢が飛んできたのかもしれない。
「え、でも先に階段を探した方が良くない?」
「戦うのが目的なんで、階段は後でいいんです」
ヴァンへイオが返した。
そして、続ける。
「それよりも、実況は捗ってますか?」
「まあまあかな?
動画もこのカメラで撮りつつだけど、うん、まあまあだ。
イオさんと奴隷王の後ろ姿、あ、これは画像だけど、さっきチョロっと載せたら書き込み増えたよ。
人気だねぇ」
「……人気?」
「…………」
イオが不思議そうに聞き返した。
ザクロはとくに反応しない。
「前にも話したかもしれないけど、帝国の掲示板ってコアな人間が集まってて、なんて言うのかな広く浅く、もしくは広く深くあちこちの情報を持ってる人が多くて。
普通なら、ニュース速報なんかの内容なんて二、三日もすれば飽きられちゃう中、中々の情報通がいるんだ。
ま、ピンキリっちゃピンキリだけど。
で、イオさんが人気な理由だけど、なんでか分かる?」
「ザクロを倒して仲間にしたから?」
「うん、半分正解」
ヴァンのこの答えに、今度はザクロが、「意外だな」、と声を漏らした。
そして、続ける。
「残りの半分ってなんなんだ?」
「街中で、元仲間に絡まれたって言ってた件。
アレだよ、アレ」
短く説明するヴァンへ、イオとザクロが疑問符を浮かべた。
「?」
「?」
後ろからついて行くだけなので、顔までは見えないが、ヴァンは二人が不思議がっているのがわかった。
なので、もう少しだけ噛み砕いて、詳しく説明する。
「あー、つまりね、街中で君らが絡まれた件。
さらに、本来は禁止されてる攻撃魔法が使用されて、騒ぎになったあの件。
あの日、あの場所に掲示板ユーザーがいたんだ。
その人は街中で攻撃魔法を使用したのが、奴隷王のかつての仲間とは知らなかった。
ただ、別口でかなり評判の悪いパーティとして認識していて嫌っていたんだ。
そんな奴らに一泡吹かせたのが、イオさんだったわけ。
調べてみれば、あの奴隷王を倒して仲間にしたことがわかった。
そんなイオさんが、評判が一部ではボロくそのパーティに、もう一度言うけど一泡吹かせたわけ。
ね、なんで人気になるかはわかるでしょ」
「おおっ! そんなことになってたとは!」
イオの声が弾む。
「それで、アーサーが掲示板にイオさんが闘技大会に出ることとか情報を流したのもあって、書き込みが増えたってわけ」
「なるほどなるほど」
イオは感心しているが、完全に本人への許可を取らない上で流されたそれは、個人情報の流出以外の何者でもない。
ちなみに、現在進行形でダダ漏れである。
しかし、そもそもイオのことはコロシアムの一件で容姿も名前も既に広まっている。
つまりは知ってる人は知ってることなので、気にするのも今更ではあるが。
元々イオはその辺を気にしない質でもあるようで、物凄く軽く済ませてしまった。
「あ」
イオが唐突に声を漏らした。
かと思うと、ダッシュして通路先へ行ってしまう。
その先は、ザクロからも見えていたが壁になっていて左右に通路が伸びていた。
その左側へイオがあっという間に突進して、消えたかと思うと、なんか赤い水しぶきが舞ったのが、ザクロとヴァンには見えた。
同時に、壁に何かを叩きつけるような音が響いてくる。
くぐもった悲鳴のような声も聞こえてきた。
やがて、その音が収まって顔が血だらけになったイオがいい笑顔で戻ってきた。
「一人目倒したー!
そんなに強くなくて、ちょっと残念」
「……殺したのか?」
「意識は飛んでたけど、息はあったから生きてる」
完全なるサイコパスの言動だったが、ここはそういう場所なのでザクロは当然、ヴァンもなにも言わない。
むしろヴァンは携帯端末で現状を掲示板へ書き込んでいた。
その反応は上々である。
「でもザクロの元仲間じゃなかったかなぁ。
斥候も兼ねてたみたいだし、まだこの辺にさっきの人の仲間いるかも」
と、そこでイオがはたと思いいたりバックパックから、小瓶をひとつ取り出すと、今だ携帯端末を操作しているヴァンへ渡した。
「ヴァンさん、これ飲んどいてください。
恐怖耐性効果のあるポーションです。
テレビでコロシアムの映像見れてたんで大丈夫だとは思いますが、念の為に」
それは、冒険者のPTSD対策として市販されているポーションの小瓶だった。
ヴァンは携帯端末から視線を上げて、それを受け取る。
「ありがとう」
すぐに蓋を開けてヴァンは飲み干した。
「栄養ドリンクの方が美味しいって感じたの、初めてだ」
空になった小瓶は荷物になるので、ダンジョン側に処分してもらおう。そう考えて、イオがその辺に捨てておくように言う。
「良薬は美味しくないものって決まってますから」
「まぁ、たしかに」
そうして三人は再び進み始める。
しばらく進んだ所で、イオが腕を横に伸ばして後ろの二人へ止まれと合図する。
それから、今度はハンドサインで先を見るよう示す。
そこには、道を塞ぐように壁に持たれかかってぐったりしている戦士の格好をした男性の姿があった。
こちらには気づいていないようだ。
と言うよりも、意識がないように見える。
そのすぐ近くには、血溜まりがあった。
血溜まりだけではなく、血飛沫のあとも天井や他の壁に見ることが出来た。
イオが辺りを警戒しながら、ゆっくりとぐったりしている戦士へ近づく。
かがみこんで、男を見た。
既に事切れている。
喉元が横にぱっくりと切り裂かれていた。
これが致命傷になったのかもしれない。
血の量も量なので、首を切られたことによる失血死といったところか。
イオは立ち上がり、通路のさらに奥を見る。
何かがいる。
気配で分かる。
ゾクゾクとした、それにイオの顔が愉悦で歪んだ笑みを浮かべる。
(そうそう、これこれこれこれ!!)
ドクドクとまるで恋する乙女が想い人を前にした時のような、胸の高鳴りを感じながら、イオが駆け出した。
「あ、おいっ!!」
その異様さにザクロが気づいて声を上げた。
しかし、それを封じるようにイオがするりと背中のバックパックを外したかと思うと、投げて寄越して来る。
それを受け止めて、ザクロが通路の先を見た時、イオが声を上げた。
「見つけたァァァああ!!」
まるで気合いを入れるかのような、そんな咆哮にも似た声。
その声が響くと同時に、イオは跳んで天井を蹴りつけた。
すると、天井に届く少し前、実に中途半端な場所でイオの蹴りが止まってしまう。
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