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異世界転移したサービス業の人が魔王に成り代わったようです

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 「ほら、返して欲しかったら自分のやってきたことを土下座して白状しな。そしたら返してやってもいい」

 そんな、樹里の言葉をアルズフォルトは顔を青ざめさせ、まるで真冬の吹雪の中に立っているかのように体を震わせている。
 アルズフォルトは女神である。
 生まれてまだ百年も経っていないが、世界を平和に導く神の末端に属している。
 そして、悪趣味なーーどこからどうみても古今東西の種族達が想像するだろう魔王の玉座、そこに足を組んで女王よろしくふんぞりかえっている女性。アルズフォルトが異世界から召喚した成人女性、樹里である。
 そう、ここはこの世界に五つある大陸の一つ、南大陸である。
 中央大陸を除く東西南北の四つの大陸には、それぞれ大魔王の配下である四天王が侵攻中であった。
 ここはそんな南大陸担当だった魔王を樹里が蹴落として奪った城である。
 意気揚々と、アルズフォルトの同僚が召喚したであろう勇者パーティがそこに乗り込んできて、今まさに樹里に泣かされていた。
 そう、泣かされているのである。
 では、樹里に蹴落とされた南大陸担当であった魔王とその部下達はどうなったのかと言うと。

 「フォルの姐さん! 食事の用意が出来ました、どうぞ!」

 従業員として働いていたりする。

 「あ、その、ありがとうございます」

 いまだにアルズフォルトは慣れない。
 神族であるアルズフォルトが、魔王とその配下の者達に給仕される。
 どうして、このような事になっているのかそれをアルズフォルトは思い出す。
 始まりは、アルズフォルトが樹里を召喚して他の先輩神族による嫌がらせも兼ねた力試しをした日まで遡る。


ーーーーーーー......


 他の女神達が召喚した転移者達を戦闘不能にしたあと。
 一部始終を見ていた、アルズフォルトの上司が現れたのだ。
 上司は、男の神でありとても厳しいことで有名であった。
 上司ーーフェルズムリアの登場に、アルズフォルトを見下し、樹里を馬鹿にしておきながら、自分達が召喚した転移者達があっりと倒されてしまうという事態になった先輩女神達はこれ幸いにと、あることないことを捲し立てた。
 フェルズムリアはそれを手で制したかと思うと指をならして、甲冑姿の神族に彼女達を捕らえさせ、どこかに連れていくように指示をだす。
 当然、意識を失っている召喚された少年少女達も丁重にどこかに連れていかれてしまう。
 それを見送って、フェルズムリアはにこやかな笑顔を浮かべたかと思うと、樹里とアルズフォルトは神界の彼の執務室へ移動させられる。

 「迷惑をかけた、アルズフォルト。それと、えっと」

 「花子」

 フェルズムリアが樹里の名前を言い淀んで、樹里は嘘の名前を口にした。
 アルズフォルトは、そのことに首を傾げる。

 「あ、彼女は」

 
 訂正しようとアルズフォルトが口を開いたのを、樹里が手で言うなと示す。

 「ハナコ、か。先程はとても鮮やかな手並みで驚いた。
 俺はフェルズムリア。ここの転移と転生担当の神々のリーダーだ、担当主任と言った方が分かりやすいか」

 「はぁ、ありがとうございます」

 「ところでハナコ、君はどうして虚偽の名前を言った?」

 アルズフォルトも樹里を見る。

 「神様悪魔、妖怪に魔女、人外に名前を教えるリスクはいろんな作品で知っているんです。
 これでもオタクって呼ばれる部類なのと、うまい話は信じない質なんで」

 「なるほど、懸命であり臆病なのか。
 では、もう一度名前を教えてくれるかな?」

 「そういった個人情報なら、そこの、私を召喚した女神に聞いてください」

 「自分からは言いたくない?」

 「えぇ、その通りです。昔話や教訓話でも自分で名前を教える系はろくなことにならないと書いてあったので。
 まだ自己申告よりも、他者から伝えた方が私に対するリスクは小さいとない頭を絞って考えた結果です」

 その樹里の言葉にフェルズムリアは笑いを隠そうともしない。

 「あ、あのフェルズムリア様。どうして私たちはここに?」

 アルズフォルトが戸惑いながら、どうしてここに二人で呼び出されたのかを訊ねる。

 「あぁ、そうだった。いや、さっきのようなこと、最近増えてるだろう?」

 さっきのようなこと、というのは要するに異世界から人間を召喚した神々が特権ーーこの場合はズルスキルなどを与えて無双させるというものだ。
 
 「えぇ」

 「魔族側との取り決めもあるし、こう頻繁に勇者システムで異世界から人間を召喚させるのもどうなんだって文句がきてるんだ」

 樹里がフェルズムリアの言葉に、目を細めた。

 「魔族側との取り決め?
 何? ひょっとしてこのクソふざけた召喚とか魔王討伐ってもしかして八百長だったりするの?」

 「察しが早くて助かるよ。この世界もいろいろ複雑でね。
 八百長なのは認める。でも今の問題はそこじゃない。
 最近、いきなり超人的な異能、昔は神通力って言ったんだけど、召喚した人間たちにそれを与えて魔王を討伐してもらう流れなんだが、さっきみたいに力を誇示したい人間が多くなりつつあって、更には他の者の能力を襲って奪う者も増え
てる。これを魔族側は重く見てる。で、なんとかしろってクレームがきてるわけ」

 その対処の為の案を、これから試験的に実施することになったらしい。
 で、どの神に担当してもらうかということになりった矢先、樹里と他の転移者との騒ぎを見たということだった。

 「ふざけんな。そっちの不始末を新米女神とアラサー転移者にやらせるなんて頭わいてんじゃないの?」

 「いや、実力としても充分だと思うけどなぁ。何せ君に割り振られたスキルは今までの人生経験をもとにしてる。
 他にもあるだろ? チートに似て非なるスキル。まさかそれ一つというわけではないだろう」

 樹里はフェルズムリアを睨み付ける。

 「アルズフォルト、どうなんだい?」

 「あ、は、はい!
 えっと、召喚時に彼女に割り振られたスキルはーーこの場合ユニークスキルですね。
 ユニークスキルは【ながら動作】、【見聞修得】、【強制指示】の三つです。
 【見聞修得】は他者の発動したスキルを見るだけ聞くだけで覚えるというもの。コピースキルですね。他と違うのは最初からカンストで覚えられると言うことです。これは又聞きでも有効となっています。
 【強制指示】は、敵味方関係なく効果範囲にいた存在すべてを一定時間手駒にでき、なんでも命令できるというものです。
 こちらは敵を幻術や魔法を使わずに意識を支配させ、やろうと思えば軍隊なみの人数の敵を同士討ちさせることも可能です。
 ちなみに効果範囲は、スキルを持っている者のーーこの場合は樹里さんの任意の範囲になります」

 フェルズムリアは樹里を見る。

 「そうか君の名前は樹里というのか。そしてスキルも中々にえげつないな」

 「強制指示、強制指示、ね。こんなとこじゃなく、職場で使いたいところだよ畜生。クソ生意気な動かないお局パートタイマーを動かすのに使えるのに」
 
 返事をする代わりに、樹里はそう吐き捨てた。
 
 「現実で使えないスキルなんてただのゴミだ」

 樹里がそう続けたのを聞かなかったことにして、フェルズムリアは言った。

 「で、話を戻すけど。チートスキルを使って悪さをしている奴等を秘密裏に退治してほしいんだ」

 「要するに汚い仕事を新米女神が召喚した、ババァ転移者に押し付けようってことじゃん」

 「もちろん、ただとは言わない」

 「というか、いまさらりと退治って言ったな」

 樹里がツッコミを入れる。
 それをずっとヒヤヒヤしながらアルズフォルトが見ている。

 「報酬ーーいや、固定給プラス出来高払いでどうだ?
 この場合の出来高とは、退治した人数だ」

 その提案をされて、樹里はそこに一つ条件を付け加えることにした。
 
 「自分をもとの世界に返すこと。それも転移させたその瞬間に。
 それを約束できなければやらない。というか、私じゃなくても出来るはずだ、こんな仕事。
 チート持ちだから頼む? なら新しく人を召喚してそいつに頼めば良い。
 なんで自分なんだ?」

 「つくづく、相手を信用しないんだな」

 そこで、神界の神聖な空気が一気に地獄のような重みになった。
 その原因は樹里である。幽鬼のように濁った瞳でフェルズムリアを見て、彼女は続けた。

 「信じて助けてくれる神がいないことを知ってるから。
 どんなに誠実にしていようと、言葉を重ねて信じてもらおうとしても人も、神も、信じたいものしか信じないし、どれだけこっちが他人を助けてもそれが返ってくることがないって知ってるから。
 一方的に利用されて、悪者呼ばわりされて、楽しいはずだった二十代を鬱病で過ごすことになったから。
 私は私にそうした人間をいまだに憎んでるし恨んでる。
 どうしてもって言うなら、今すぐそいつを苦しませて10回殺して。
 そのさまを俺に見せて」

 アルズフォルトとフェルズムリアの二人は言葉を失う。
 心の闇が深いのだ。
 一例だろうが。
 ただ優しい素晴らしい人間よりも、闇を持っているからこそ得たいの知れない強さがスキルとして現れた。
 ただ現実逃避したいだけの子供と、誰かを憎みつづけそれをひた隠しにし続けた大人。
 
 「アルズフォルト、あれもスキルだな?」

 「い、いえ、あのようなユニークスキルはありません」

 「違う。おそらく隠れスキルだ。彼女のステータスを確認してみろ」

 言われた通りに、アルズフォルトは樹里のステータスを見る。
 
 【現状】
 魔神域の英雄スキルが発動中。
 
 【スキル:魔神域の英雄】
 負の感情が強すぎて、精神が本来の魔族になりかけている。
 戦場では広範囲に無条件で死を振り撒くスキル。
 別名、死神スキルとも呼ばれる。

 アルズフォルトは、その説明文を読んで樹里を見た。
 魔神。
 旧世界で本来の神々と相対していた、本来の魔族のことだ。
 隠れスキル、一定の条件を満たすことで発動するレアスキルである。
 
 「魔神域の、英雄スキルが発動中です」

 フェルズムリアは、にやりと笑ってみせた。

 「なるほど、思った以上の掘り出し物だ。
 樹里。君の望みを出来るだけ叶えよう。君が願うなら先程の願いも上層部に掛け合おう。流石に中間管理職である俺には別の世界の人間を許可なく殺害する権限はないからな」

 樹里の濁った目に少しだけ光が入る。

 「それと仕事の期間についてだが、まだ始まったばかりでいつまでと言うのは決まってない。しかし、それなりの成果を出せば少なくとも君の帰郷については確約できる」

 「本当か?」

 「もちろん。なんなら契約書と誓約書も用意する」

 そこで樹里はしばらく考えて、この仕事を受けることを了承したのだった。



ーーーーーーーー......


 監視役としてアルズフォルトが、樹里と行動をともにするよう改めて指示された。
 そこからの行動を簡単に説明すると、樹里とアルズフォルトはまずほかの転移者がするように旅をしながら、指令のあった転移者を倒していったがあまりにも効率が悪かった。
 なので、この南大陸の担当していた魔王城に乗り込んで、他の転移者達との戦いで得たスキルを使い、結果的に奪ったスキル&鍛えた肉体で城を制圧、そこに問題行動の目立つ転移者を送り込んでもらうという方向にシフトチェンジしたのだった。
 元々魔族は強い者なら誰にでも従う種族だ。
 この南大陸の魔王と魔族達は、樹里のことを認めたのだった。
 流石に魔王と顔を殴りあった時はどうなるかと思ったが。
 そして、転移者からぶんどった身の丈もある大きな杖を使って、樹里がアルズフォルトに負けた魔王のケツの穴を刺せといわれた時もどうしようかと思ったが。
 逆らったらどうなるかわからなかったので、言われた通りにした結果が魔族達の姐さん呼びに繋がったのだが。

 「出世、できるかなぁ」

 魔族手製の温かい野菜スープを優雅に飲みながら、何故か涙を流してアルズフォルトは呟いた。
 遠くから今日の討伐された転移者の叫びが聞こえて来た。
 
 

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