Legendary Saga Chronicle

一樹

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 「酷いよ、騙すなんて」

 「なにを言ってんの、なにも騙してなんてないよ」

 三十分ほどレジナはカガリに対して授業を行った。
 そのあと、少しの休憩を挟んで二人は街道に戻ってきた。
 カガリの口から出る恨み言は、授業のことではなく渡されたナイフのことばかりである。
 
 「言わなかっただけ。カガリも聞いて来なかったし」

 まさか、本当に人を殺した実績を持つ刃物を持たされるなど思ってもみなかったのだ。
 というか、そんなこと想像も出来なかった。
 そう抗議をしたら。

 「じゃあ、次からは気をつけるようになるね」

 なんて、笑顔で返されてしまった。
 違う、そうじゃないとツッコミを入れるカガリにレジナは何処吹く風である。

 「君はさ、間違ってもないけど正解でもないんだよね。
 この会話、話題もそうだけど」

 「???」

 「要はね、経験しないと覚えないんだよ。
 どんなに能力がたかくても、経験がともなってなければ意味が無い。
 体が動かない。
 宿で見たあの子達の動きはね、自分で動いてる感じがしなかった。
 服で言うなら、着られてる感が半端なかった」

 「でも、そんなのそれこそ修行や訓練をすればすぐにともなってくるんじゃ?」

 「さて、それはどうだか」

 「違うの?」

 「最初から揃ってると、揃いすぎてると意外に難しいもんだし、気づかないものだよ」

 何が揃いすぎてるのか、何に気づかないのかカガリにはわからなかった。
 環境だろうか?
 能力の数値だろうか?
 容姿に才能に、資金。
 あと、仲間たち。
 旅をし、苦楽を共にする仲間たちだろうか?

 「わからない?」

 「うん」

 「んじゃ、いつかわかるかもね」

 「教えてくれないの?」

 「自分の頭で考えた方が、どんな答えでも納得できるから」

 「それじゃ、何が正解かわからないじゃん」

 「お、そこに気づくとは! うんうん、少し賢くなったネ♡
 偉い偉い」

 馬鹿にされてるのかもしれない。
 いや、からかってるのか。
 茶化してくるレジナに、カガリは頬を膨らませる。

 「話を少し戻すけど、王族パーティの子達は能力に体がついて行ってないんだよ。
 本人達は気づいてないんだろうけど。
 あれじゃダメ。
 たしかにチンピラや、多少腕の立つ盗賊、中堅クラスの冒険者相手だったら勝てるだろうけど、上には上がいるものだし。
 それに、世の中腕っ節だけじゃどうにもならないことがあるし」

 「例えば?」

 「そうだなぁ、例えば高位魔族と出会って交戦することになった場合、とか?」

 「そう言えば、そのコーイ魔族って?」

 「魔王には劣るけど、かなりレベルの高い魔族ってこと。
 並みの冒険者じゃ刃が立たない、天災みたいなもんかな。
 とある伝説によれば、こちらとは会話や意思の疎通ができるみたいだし。
 人の姿に変身もできる。
 下位魔族は知性が低くて、気性が荒い。言葉も通じない。一般的にその辺を彷徨いてる野良モンスターの事を指す」

 「へぇー」

 「情報集めたり、なんだかんだで君に色々教えるのを後回しにしてきたから、これからは授業でモンスターの殺し方や処理の仕方も教えていくから」

 「処理?」

 「そ、殺したモンスターの解体の仕方とかね。
 剥ぎ取った皮や角、くり抜いた目、モンスターによって採取出来るの部位は違うけど、そういった素材は売れるからさ。
 めちゃめちゃレアなのだと、あたしと同じ体質のモンスターの眼球なんかは魔結晶化して魔法石として加工できるしね」

 「えっと、魔眼だっけ?」

 レジナの二つの瞳はどちらも魔眼と呼称されるものだ。
 魔眼とは、魔法を使用すると魔力に反応して色が変わる瞳のことである。
 本人も言った通り、これは体質によるものだ。
 割合は一億人に一人とされており、大変珍しい体質の持ち主である。
 古い時代には、その珍しさ故同族の人間から狩られる対象だったとか。
 
 「そうそう。魔眼ね。
 現代だと、さすがに人を狩るわけにもいかないしね。そもそも禁止されてるし。
 かなり珍しいこの体質は、モンスターにもあるんだよ。
 それこそ、質にもよるけど売ればかなりの金額になる」

 魔眼を結晶化させて作られるアイテムは、魔法石だけではない。
 呪符タリスマン護符アミュレットと様々だ。
 ただし、珍しいものであるため取れる絶対数が少ないので、とても高価になる。
 しかし、最近レジナが聞いた話では、魔眼を持つモンスターの品種改良に最近成功し、もしかしたら安定供給も望めるかもしれないとのことだ。
 かなりの高額アイテムであるが、その性能は他のマジックアイテムの追随を許さない。

 余談ではあるが、人から取れる魔眼の方がより品質が良いらしい。
 法に触れるし、何より非人道的であるため、真っ当な者ならまずそんなことはしないが。
 それと、人間もモンスターも関係なく、魔眼をくり抜かれたら即死する。

 「ま、そんなわけであのナイフを君に渡したの」

 いわく付きではあるが、その切れ味はかなりの物らしい。
 元々の持ち主である殺人鬼が、何かしらの加工をしていたのだろうと思われた。
 カガリは授業が終わると同時にナイフを返そうとしたが、レジナから持っているように言われてしまった。
 こんな気持ち悪いナイフを所持するなんて、心底嫌だったが彼女に従った。
 
 「普通のナイフは?」

 「あるけど、そっちは次の野宿の時に使い方教えるよ」

 普通、教え方逆じゃないのだろうか。
 しかし、カガリは何も言わないでおく。
 この世界のことについて、カガリは何も知らない。
 何も知らないまま放り出され、殺されかけた。
 助けてくれたレジナ以外、頼るものはいない。
 この1ヶ月、レジナはカガリにこの世界での文字の読み書きを教えたりもしていた。
 話し言葉には困らないが、文字が読めないのはかなり不便した。

 「かなり話が脱線しちゃったけど、たぶん君は少なくとも元クラスメイトたちより強くなれるよ」

 「なんで、そう言えるの?」

 「あたしが教えるから」

 きっぱりと、レジナは断言した。
 
 「あたしの経験を君に教えるから。
 君はそれこそ伝説の勇者並に強くなれる。
 まあ、あとは正直やる気の問題だけどね」

 そこで、レジナは人差し指をピンと立てて、振りながら付け加える。

 「才能や、能力値の差、まぁ伸び代のことだけど。
 継続は力なり、とも言うでしょ?
 なんでもそうなんだけど、才能云々の前に結局続けることが大事なんだよ。
 軍人さん達が日々訓練するのはいざと言う時のためにちゃんと動けるようにするためだしね。
 君の当面の目標は、とりあえず盗賊やチンピラ達に襲われたり絡まれても対処できるようになること。
 より実践向きな事を教える予定だから覚悟してね♡」

 「お、お手柔らかにお願いします」

 先程の授業を思い出して、少し引き攣った表情を浮かべてカガリは返した。

 「というわけで、カガリ、ちょっと気になってたこと聞いても良いかな?」

 「なに?」

 「本当は、君を保護した時に聞いておけば良かったんだけどさ」

 そう前置きをして、レジナは続けた。

 「能力値って、どうやって調べられたか覚えてる?
 あと、君にも自分や他人の能力値、ステータスは見えてたりするの?」

 なんで急にそんなことを聞くんだろうと、疑問に思いつつカガリは記憶を掘り起こしながら答えた。

 「えっと、まず俺にはその能力値とかは見えてない。
 調べる時に、なんか、床に描かれた魔方陣の上に立たされて、そんで王国側が用意した魔法使いの人達が呪文を唱え始めたんだ。
 でも、その呪文はすぐに終わって、次の瞬間に魔方陣が光ったかと思ったら、手の平サイズのカードが現れてそこに個人情報含めて能力値とかが全部書いてあった」

 「そのカード、いま持ってる?」

 言われて、カガリは首に掛かっていた細い鎖を引っ張りだす。
 その先にカードがぶら下がっていた。

 「はい、アウト」

 いきなりレジナに言われ、カガリはきょとんとする。

 「ダメだよー、いくら一緒に旅してるとは言っても、こう簡単に個人情報を見せちゃ。
 素直なのはいい事かもしれないけど、自分の頭で考えてから行動するように。
 まぁ、それだけ君があたしのことを信用してるってことなんだろうけどさ。
 君は、能力値が低いことが知られて追い出され殺されそうになった。
 なら、ちょびっとくらいは、あたしが能力値を見て幻滅して君を見捨てるかもしれない、とか考えた方がいいよ」

 「……レジナだから見せたんだけど」

 「信用してもらえるのは嬉しいけど、あたしだからーとかは考えない方が良いよ。
 じゃないと君。君に優しくしてくれる人全部信じて情報を渡す、なんてことになりかねないしさ」

 世の中には優しい顔をして近づく悪人というのがそれなりにいるのだ。

 「世間って厳しい」

 カガリは疲れたようにそう呟いた。


 
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