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第2章

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「あら、ミス・シェリア。起きたの?  まだそんなに経っていないわよ?」

私がベッドから体を起こすとリィナ先生が気づいて声をかけてきた。
彼女は何やら机で手を動かしている。何をしているんだろう。

「ああ、これ?  ふふ。前にキリト先生に調合を教えてもらったの。いい夢が見られるマジック・キャンドル。ちょっと失敗しちゃったけど。どうかな、いい夢は見られた?」

彼女には悪いが良い夢ではなかった。
まあ、マジック・キャンドルなんて所詮気休めだし、彼女に罪はない。

「ええ、まあ。ありがとうございます。リィナ先生。」

彼女の調合したというマジック・キャンドルを覗き見る。

「ん……!?」

何だか禍々しい毒々しい色をしていた。

……あれ、こんなんだったっけ?

「ちょっと色が変わってるけど、それもまた味があって良いわよね!」

ニコニコと嬉しそうにするリィナ先生。
美人の嬉しそうな顔は癒される。だが、この色はいかに。どうやったら調合できるのだろうか。というか『ちょっと』のレベルなのだろうか。色々思考が回る。

「え、ええ。そ、そそうですね。」

……悪夢を見たのはこれのせいじゃないだろうかと邪推してしまう。
いやいや、綺麗なお姉さんが私の為に作ってくれてんだからそんな訳はない。たぶん。きっと。

それに彼女のキャンドルの所為とも限らない。
元々、私の中にあった記憶なのだろう。あれは。

私が母様を殺した。

倒れていたローブの男もきっとそうだ。
屋敷の生存者がいないのも恐らく私の魔法で屋敷が破壊されたから。
私はゼノと変わらない。結局、悪役というポジションを脱却することはできなかったのだ。

今まで何とかならないかと、もがいて来たのが阿呆らしくなった。フィオナがこの事実を知ったらきっと許してくれない。あの子はあの事件の犯人を許すつもりはないだろうから。

「失礼します、リィナ先生。二人の様子は……。ああ、シェリア。起きていたのか。少し前に来た時は眠っていたと聞いたんだけど。」

暗い思考に走っていると医務室のドアが開き、キリトが入ってきた。そして、入るなり顔をしかめる。

「……。すみません。リィナ先生?  この臭いは何ですか?」

この部屋で眠っていた私は嗅覚が麻痺していたのか、臭いは感じなかったが。
どうやらこのキャンドルは見た目も大変だが、臭いも大変みたいだ。
だが、キリトの言葉の意味に気づかず笑顔でキャンドルを手に持ち説明するリィナ先生。

「はい!  前にキリト先生に教えてもらったマジック・キャンドルを作ってみたんですよ。少し変わった色ですけど。」

「……。え、俺。そんな混沌な物体の調合教えましたっけ……?」

キリトが相当反応に困ったような顔をする。
うん、気持ちはわかるよ。キリト先生。

「何言ってるんですか。夢見が良くなるマジック・キャンドルですよ~。ミス・シェリアも良い夢見られたって言ってましたし成功ですよ!」

キリトがジロリと私を見る。
そんな目で見ないでほしい。誰だって美人なお姉さんに貴女のために作ったの~、なんて言われたら嘘でも効果はなかったなんて言えないではないか。

「……。とりあえず、そのキャンドルは廃棄してください……。」

キリトが疲れたような様子で言った。
リィナ先生は不服そうな顔をしていたが、やがて指示に従って廃棄処理を始めた。

「リィナ先生、不器用なのかしら……。」

私は彼女に聞こえないように小声でキリトに話しかける。

「そういえばこの前、自宅で料理してたら火加減を間違えて危うく家を全焼させそうだったとか言ってたな……。てっきり、その場の冗談だと思ってたんだけど。」

自宅全焼て。

「何で、そんな彼女にマジック・キャンドルの調合なんて教えたのよ。」

「いや、まさかこんな摩訶不思議な物体作り上げる程とは思わなくて。なかなか出来ない事だよね。ある種の才能……。」

「な訳あるか!」

「どうしたんですか、お二人とも?」

「何でもないです。」
「何でもないよ。」

「?」

リィナが私たちの話し声に不思議そうにこちらを振り返る。慌てて返事をしたらキリトとかぶってしまった。

「あっ、ミス・フィオナも起きたみたいですね!」

リィナ先生の声にフィオナが寝ていたベッドを振り返る。するとフィオナが目をこすりながら体を起こしていたところだった。

「フィオナ、起きたのね!」

私は彼女に駆け寄った。クレアメンスを亡くした彼女がこのまま悲しみで目覚めなかったらどうしようと思っていたのだ。

「……シェリア!?」

だが、フィオナは私を見るなりビクリと体を怯ませ布団を深く顔までかぶってしまった。まるで怯えるように。

私はフィオナに駆け寄るのをやめ微妙な間隔をあけて止まった。何となく気付いた。

……彼女と双子だからかもしれない。私が彼女の行動をよく見ていたからかもしれない。その態度で何となく察してしまったのだ。

フィオナもまた全てを思い出したのだ、と。

「二人共、どうしたの?」

私たちの様子がおかしかったからだろう。キリトが心配そうに声をかける。

「何でもない、わ。」

いつかこうなってしまうのではないかと思っていた。彼女に拒否されてしまう時が。
ゲームの中でも私はラスボス。紆余曲折あれど、彼女の敵だ。物語は根本的な所は変わりはしない。私がどう足掻いても彼女の物語のラスボスで敵でそれを覆す為の行動は無駄だったのだ。

フィオナに拒否される事がこんなに辛いなんて思わなかった。

フィオナが布団から顔を出した。キリトに変に勘繰られるのを気にしたのだろう。だが、私の顔を見て驚いた表情をした。何か付いているだろうか。

「シェリア……、泣いてるの……?」

フィオナが心配する素振りをするが、その目から私への恐怖が消えていない事はわかった。
フィオナに言われて目元を手で抑える。手にしっとりと水分が馴染んだ。泣いてる。そうだ、私泣いてるのか。悲しい。ああ。

貴女に拒否されるくらいなら消えてしまいたい。貴女に拒否されるくらいなら貴女を消してしまいたくなる。

落ち着いて、落ち着くのよ私。
フィオナは私のモノじゃないの。彼女は彼女で、私はその自由を奪ってはいけないの。

二つの思考がグルグルと対立して目が回りそう。きっと元来の『シェリア』としての人格と『前世の記憶』を持った私の人格が対立している。きっと『シェリア』としてここにこのまま立っていたら、ゲームと何も変わらなくなってしまう。

私は踵を返して走り出す。
このままここにいたらフィオナを壊すか、自分自身が壊れてしまいそうだ。
私にとってフィオナは大切。貴女が私の世界の全て。

「シェリア!?」

尋常じゃない態度で部屋を出たからキリトが驚いた声で私の名前を呼ぶ。
だが振り返らない。
私はそのまま廊下へと出て走る。

何でこんな事になったんだろう。
先に私の口から双子だと明かせば良かったのか。でも、きっと……。私が私達の母親を殺した事はフィオナには受け入れられない。あの子は優しくて綺麗でガラスみたいに繊細な子だから。結局、どう足掻いてもこの結末は免れなかったのだろうか。

思考がグルグルと回る。グルグル。グルグル。

結構な距離を走った。
正直、キリトから逃げ切れると思わなかったのでここまで離れる事ができて驚いた。わざと彼は追いかけなかったのかもしれない。奴が本気になれば私を捕まえる事なんて造作もないだろう。実際、幾度も捕まったし。

「私、どうすれば良かったのかな。」

中庭の広場で転がった。走り疲れた。
ただフィオナと隣で笑いあっていたかっただけなのに。話がこじれてしまった。

「おい。お前こんなところで何をしている。戻ったのなら連絡くらいするべきだと思うんだが。」

聞きなれた声に目線を上げる。フィオナの想い人。スウォンだ。時刻は夕方。授業が終わり寮へ帰るところなのだったのだろう。

「お久しぶり。」

「ああ、そうだな。フィオナは元気なのか。」

腕を組んで立っている姿は絵になるが、どこか威圧的だ。変わらない。

「医務室にいるわよ。」

「な、怪我をしたのか!?」

フィオナを心配する態度は嘘には見えない。本当にフィオナの事が好きなのだろう。

「疲れて眠っていただけよ。行ってあげたら?」

「お前はいかないのか?」

不思議そうにするスウォン。私の態度が普段と違うから訝しんでいるのかもしれない。

「私はさっきまでいたからいいのよ。早く行ってあげて。」

私が貴方を消そうとする前に。

言葉を飲み込む。胸の内に秘める。

「……分かった。訳は知らんがお前も無理をするなよ。」

スウォンは大人しく私の元を去っていった。良かった。彼を傷つけないで済んだ。私はほっと胸をなでおろした。
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