婚約していたことを忘れていたので破棄するなんて私にとっても都合良いですわ

ジャン・幸田

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 貴族ないし王族でなくても場合によっては結婚式までカップル同士が相手の顔を知らないという事は珍しくないことがあった。政略結婚で他国間で婚約するときなどがそれにあたる。王族になれば肖像画家による美しく装飾された姿を見ることもあるが。

 シユトライド王国にあるクルセイド騎士団の団長の一人娘カリン・ツーゼが伯爵令息のハインツ・フォン・ツファードルフと婚約したのは12歳の時であった。彼女が婚約だの結婚だのといった意味なんか何も知らなかった時分であったので感慨など何も起きなかった。フツーの貴族の令嬢なら将来の殿方にときめくかもしれないが、当時からカリンの関心は女性騎士しかなかった。

 彼女からすれば相手のハインツの印象は影が薄いとしかなかった。なのに何故婚約したかといえば父親のルドルフ・ツーゼが国王陛下から勅命を受けたためだ。要するに押し付けられたわけだ。

 細かい事情は噂でしかないが、ハインツは国王陛下の外孫で王位継承権(なんでも100位台らしいので国王になる可能性は全くない)を持つのに、六男なので相手に不自由するだろうからと思った ”爺バカ” だといわれている。

 確かに伯爵令息といっても跡目をつく可能性がない六男が出来ることといえば、男子の後継者がいない貴族に婿入りするか、捨扶持みたいな男爵位を貰うことか、平民となって自由に暮らすぐらいである。

 騎士団長を務めるツーゼ家は元々王国騎士の階級であったが、モンスター退治や国際大会などで目覚ましい活躍を続けたので、伯爵と同等の地位を認められていた。それでカリンとハインツは同じ階級の貴族同士なので釣り合いは取れていたが、当事者同士の気持ちは釣り合いは取れていなかった・・・

 「カリン! おめえもきちんと化粧すれば伯爵令嬢らしいじゃねえかよ」

 カリンたち女性騎士団を指導しているケネス・クルムは冷やかしていた。普段の甲冑姿ではなく伯爵令嬢としてドレスを纏っておめかししたカリンを。

 「あんまり冷やかさないでください! これなら甲冑の方がずっとましですよ」

 カリンにすれば騎士として重い甲冑を纏って研鑽している方が自分らしいと思えるのに、今のドレスは嫌で仕方なかった。

 「そんなこと言うな! 今日は王妃陛下の誕生祝賀会だろ! 陛下の前に甲冑姿で行ったら仰天されるぞ! それに今日はお前の婚約者と三年ぶりに会えるのだろ!」

 「そうですが・・・教官はどうされるのですか、今日は?」

 「俺か? 俺は貴族じゃないし警備兵でもないから、ここで昼寝でもしているぞ!」

 ケネスはそう言ってカリンを送り出そうとしていた。カリンからすれば今の姿を見せて嬉しかった彼に。
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