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(閑話)パンドラの鍵
溶解都市
しおりを挟む 「では、詳しい取り決めはまた後程、という事で」
結局マリーは皇帝イブラヒームにずっと権力を握っていて欲しい、と言って仲間に引き入れていた。
アヤスラニ帝国の実権も、マリーが信頼出来る人間に受け継いで欲しいのだと。
まあ、あのオスマン皇太子が皇帝になり好き勝手するよりは、皇帝イブラヒームを取り込む方がこちらとしても安心ではある。
それにしても皇子殺しの因習を廃止するとの言質を引き出したのには驚いた。昔から続く決まりを破るのにはかなり困難を伴うだろう。皇帝なりに色々と思うところもあったのかも知れないけれど。
マリーの意を汲んだ皇帝イブラヒームは、マリーの言う実権や銀行の株は死後、子供達の内で賢く信頼出来る者達やイドゥリースに託すつもりだと言っていた。
満足そうに喫茶室を出て行く皇帝達。イドゥリース、メリー様、スレイマンも一緒だ。ラトゥ様、ティヴィーナ様、キャロライン様達はサイモン様の目配せを受けて、イサーク様とヴェスカルを促して席を立つ。ぞろぞろと連れ立って行くのを見送っていると、ふとキャロライン嬢と目が合った。
その唇が『後で』と紡がれる。何か話があるのだろう、僕は軽く会釈を返した。
喫茶室の扉が閉じられると、残った全員の視線が項垂れているカーフィに注がれる。
マリーがつ……と歩を進めた。ヨハンとシュテファンが動いてカーフィの両脇を固め警戒する。
足を止めたマリーは「それで?」と温度の無い声を出す。
「そんなに知りたいのかしら、私の能力の全てが。アーダム皇子に報告する為に」
この男――よりにもよってアーダム皇子の手先と成り下がったのか!
怒りに奥歯を噛み締めていると、サイモン様が「あの小娘の為に我らと敵対するつもりではあるまいな?」と詰問している。
僕はマリーの隣に歩を進めた。そっと拳銃を忍ばせた胸元に触れる。
カーフィが何故あんな女に執着するのかは理解出来ないが、マリーに害を及ぼすようなら容赦はしない。
緊張の一瞬――
「め、滅相もございませぬ!」
カーフィは崩れ落ちるように床に額づいた。
「聖女様、どうかお願いでございます! あんな女でも私にとって大事な妻なのです、フレールを、何卒、何卒お助け下さい!」
恐怖を堪えているような声での嘆願に、喫茶室が静まり返った。
一拍の後、マリーは「……気持ちは分からないでもないわ」と息を吐く。
コスタポリで念書を書かせた時の事を思い出す。そもそもあそこが運命の分かれ道だったんだ。フレールは自分で今の状況を選んだ。マリーの言う通り本人が助けを拒否している以上助けるのは難しいし、マリーを殺そうとした女を助ける義理は無い。
サイモン様も同じように思われたらしく、マリーに頼むのであれば相応の覚悟あってのことだろうなと凄んでいた。
しかしカーフィは引かず、リプトン伯爵位や財産を投げ打ってでもフレールを取り戻したいのだと言う。
カーフィのフレールに対する執着と愛情を褒めるべきなのだろうか。僕は呆れて溜息を吐いた。
サイモン様が、下手に動いて事が露見すればトラス王国が神聖アレマニア帝国内の争いに巻き込まれかねないと懸念を示す。
僕もそれには同意だ。その危険を冒す程の価値があの女にあるとは思えない。
「だな」
「うむ」
トーマス様とカレル様も頷いている。
カーフィは死を宣告された罪人のような顔つきになった。
しかしそんな僕達とは裏腹に、トラス王国と領地を接しているのは寛容派貴族達が多いという理由で懸念は大丈夫だというのがマリーの意見。
じっとカーフィを見て腕を組んで考え込んでいたマリーは、暫くして「仕方ありませんわね」と大きく溜息を吐いた。
「カーフィ―伯爵。私を一度裏切ろうとした貴方ですが……そこまでの覚悟なら、特別に助けて差し上げましょう」
「ま、誠にございますか!?」
目の前に吊り下げられた希望に、生気が戻って来たカーフィ―。
フレールの事をそこまで想う心意気に感動したのだとマリーは言うけど、正直甘すぎる。
難色を示すと、マリーは軽く肩を竦めた。
『ここで見捨てて自棄になられる方が面倒な事になりそうだって思わない? フレールは不寛容派共に魔女――偽聖女を糾弾する為の証言者として利用されている。それを考えればカーフィ―に手助けして片付けて置いた方が利があるの』
脳裏に響いた彼女の声。癪だけど、確かにそうだ。
証言者不在になれば、不寛容派達の主張の信憑性は一気に落ちるだろう。
その後、神聖アレマニア帝国に再び向かうカーフィにアルトガル傘下の雪山の傭兵を付ける事になった。
表向きは教皇僭称事件による治安不安から。だけど実際はカーフィの監視だ。
アーダム皇子が探らせようとした、マリーの聖女の能力についての報告内容も決められた。
もし違えば傭兵達が仕事をするまでだ。
その事を察した筈なのに、カーフィは何故か怯える事無くスッキリしたような顔でマリーに感謝して出て行った。
自分の命を捨てる覚悟を決めたのだろう。
女の趣味は非情に悪いと思うけど、その示した覚悟だけは認めてやってもいいかも知れない。
結局マリーは皇帝イブラヒームにずっと権力を握っていて欲しい、と言って仲間に引き入れていた。
アヤスラニ帝国の実権も、マリーが信頼出来る人間に受け継いで欲しいのだと。
まあ、あのオスマン皇太子が皇帝になり好き勝手するよりは、皇帝イブラヒームを取り込む方がこちらとしても安心ではある。
それにしても皇子殺しの因習を廃止するとの言質を引き出したのには驚いた。昔から続く決まりを破るのにはかなり困難を伴うだろう。皇帝なりに色々と思うところもあったのかも知れないけれど。
マリーの意を汲んだ皇帝イブラヒームは、マリーの言う実権や銀行の株は死後、子供達の内で賢く信頼出来る者達やイドゥリースに託すつもりだと言っていた。
満足そうに喫茶室を出て行く皇帝達。イドゥリース、メリー様、スレイマンも一緒だ。ラトゥ様、ティヴィーナ様、キャロライン様達はサイモン様の目配せを受けて、イサーク様とヴェスカルを促して席を立つ。ぞろぞろと連れ立って行くのを見送っていると、ふとキャロライン嬢と目が合った。
その唇が『後で』と紡がれる。何か話があるのだろう、僕は軽く会釈を返した。
喫茶室の扉が閉じられると、残った全員の視線が項垂れているカーフィに注がれる。
マリーがつ……と歩を進めた。ヨハンとシュテファンが動いてカーフィの両脇を固め警戒する。
足を止めたマリーは「それで?」と温度の無い声を出す。
「そんなに知りたいのかしら、私の能力の全てが。アーダム皇子に報告する為に」
この男――よりにもよってアーダム皇子の手先と成り下がったのか!
怒りに奥歯を噛み締めていると、サイモン様が「あの小娘の為に我らと敵対するつもりではあるまいな?」と詰問している。
僕はマリーの隣に歩を進めた。そっと拳銃を忍ばせた胸元に触れる。
カーフィが何故あんな女に執着するのかは理解出来ないが、マリーに害を及ぼすようなら容赦はしない。
緊張の一瞬――
「め、滅相もございませぬ!」
カーフィは崩れ落ちるように床に額づいた。
「聖女様、どうかお願いでございます! あんな女でも私にとって大事な妻なのです、フレールを、何卒、何卒お助け下さい!」
恐怖を堪えているような声での嘆願に、喫茶室が静まり返った。
一拍の後、マリーは「……気持ちは分からないでもないわ」と息を吐く。
コスタポリで念書を書かせた時の事を思い出す。そもそもあそこが運命の分かれ道だったんだ。フレールは自分で今の状況を選んだ。マリーの言う通り本人が助けを拒否している以上助けるのは難しいし、マリーを殺そうとした女を助ける義理は無い。
サイモン様も同じように思われたらしく、マリーに頼むのであれば相応の覚悟あってのことだろうなと凄んでいた。
しかしカーフィは引かず、リプトン伯爵位や財産を投げ打ってでもフレールを取り戻したいのだと言う。
カーフィのフレールに対する執着と愛情を褒めるべきなのだろうか。僕は呆れて溜息を吐いた。
サイモン様が、下手に動いて事が露見すればトラス王国が神聖アレマニア帝国内の争いに巻き込まれかねないと懸念を示す。
僕もそれには同意だ。その危険を冒す程の価値があの女にあるとは思えない。
「だな」
「うむ」
トーマス様とカレル様も頷いている。
カーフィは死を宣告された罪人のような顔つきになった。
しかしそんな僕達とは裏腹に、トラス王国と領地を接しているのは寛容派貴族達が多いという理由で懸念は大丈夫だというのがマリーの意見。
じっとカーフィを見て腕を組んで考え込んでいたマリーは、暫くして「仕方ありませんわね」と大きく溜息を吐いた。
「カーフィ―伯爵。私を一度裏切ろうとした貴方ですが……そこまでの覚悟なら、特別に助けて差し上げましょう」
「ま、誠にございますか!?」
目の前に吊り下げられた希望に、生気が戻って来たカーフィ―。
フレールの事をそこまで想う心意気に感動したのだとマリーは言うけど、正直甘すぎる。
難色を示すと、マリーは軽く肩を竦めた。
『ここで見捨てて自棄になられる方が面倒な事になりそうだって思わない? フレールは不寛容派共に魔女――偽聖女を糾弾する為の証言者として利用されている。それを考えればカーフィ―に手助けして片付けて置いた方が利があるの』
脳裏に響いた彼女の声。癪だけど、確かにそうだ。
証言者不在になれば、不寛容派達の主張の信憑性は一気に落ちるだろう。
その後、神聖アレマニア帝国に再び向かうカーフィにアルトガル傘下の雪山の傭兵を付ける事になった。
表向きは教皇僭称事件による治安不安から。だけど実際はカーフィの監視だ。
アーダム皇子が探らせようとした、マリーの聖女の能力についての報告内容も決められた。
もし違えば傭兵達が仕事をするまでだ。
その事を察した筈なのに、カーフィは何故か怯える事無くスッキリしたような顔でマリーに感謝して出て行った。
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