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(閑話)パンドラの鍵
災禍
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二十一世紀も中葉を迎えるまで世界は二つの大戦を経験していた。まず202X年に米中露の三大大国間で勃発したAI大戦である。この大戦の原因は相互不信の末であったが、被害はおもにサイバー空間を中心に拡大し、インターネットを介して全世界に及んだ。結果、世界大恐慌へと陥ってしまった。
そして次に起きたのが麗華民主共和国が開発した今世紀最高かつ最悪ないし悪魔の三大技術が原因で発生した、世界同時多発テロ戦争であった。二つの大戦の間には「十三か月の偽りの平和、十三週間の危機」があり、次の大戦は「十三日」で終結した。その期間をオカルト的なものを感じる者もいるが、ただの偶然だともいわれている。ただ確かなのは、この一連の戦乱で二十世紀から続いて来た世界秩序が完全に再構築されてしまったことだ。
麗華が開発したのは「純粋水爆」と「人体改造ナノマシーン」と「生体超電脳システム」ことエキゾチック・ブレインであった。それらの技術を開発した事に多くの科学者は、自力で航空機を開発できる能力はなく、核兵器もコピーによるものだと見ていたので、疑問視していたが。麗華科学院が次々と実証していったため認めるほかなかった。
「純粋水爆」は使い方によって「核融合発電」に転用できたし、「人体改造ナノマシーン」は身体機能の回復や改善・強化に用いれば、多くの身体障碍者の社会復帰に役立つはずであった。そのため、「偽りの平和」の期間、荒廃した世界復興に役立つはずだという希望が世界に蔓延していたが・・・
「シオリ、あのクレーターをみると思い出す事があるんだ。私が若い頃に読んだ漫画にこんな場面があったんだ。もし、世界最終戦争が行われ核兵器によって人類が滅亡した後に残るものは、文明が全て核の熱によって溶解して冷え固まったクレータが地球上に無数に残された死の世界だけであった、というものだ。
まさに、あのクレーターがそうだなと思う訳さ。まあ、幸い我らは生き延びているがな」
杠は災禍の痕跡を見つめながらそうつぶやいでいた。話を向けられたシオリであるが、これっといった反応を示さなかった。
「そういえばお前は本当にただの秘書機能だけのロボットAIだったな。感情なんてものはなかったな、ましてや感傷なんて通じないよな」
そういってシオリの方をみやった。
「そうですわ、私は任務に忠実なだけの秘書ですわ。必要のない個人的な感情について相槌なんてしませんわ」
近年の首相には専属の秘書ロボットが配備されていた。しかも退任後も個人所有となるので交代するたびに新調されるものであったが、シオリは最低限の動作しか出来ないように設計されたロボットだった。その分首相が必要とするサポート機能を充実していた。杠はあらかじめ三か月の任期しか設定されていないので、シオリは汎用品で作られた廉価版だった。ボディは女性的な曲線で構成されていたが、顔は簡単なセンサーがついていて、あまり人間的でないマネキンのようであった。色だけは白地に赤いラインが入った政府専用機と同じモチーフが使われていた。
「そうよな、せめて介護機能でもつけてもらえばよかったな。話し相手ぐらいはしてもらえたかもな」
「そういわれても、予算をケチったのは首相じゃありませんか! どこかの独裁者みたいに人間の美人をガイノイドに改造する鬼畜に比べたら、人道的ですけどね」
杠は感情がないといいながらシオリが反論するのがおかしかった。実は今の時代、人間をナノマシーンで改造してサイボーグにする方が、全ての機械を組み立てて製造するロボットよりも安上がりだった。
「はい、そうですよ。知っているだろ、私が全身拘束刑なんて事実上人体を機械に改造するのを合法化したりするもんだから、おかげで世界中で機械に身体を改造するのが流行しているだろ。だから、私も充分鬼畜だといわれるかと思ったさ」
杠はそう言いながらまたも自分の顎の傷を触っていた。それを見たシオリはこんなことをいった。
「退任されたら、そのお顔の傷を整形されたらいかがですか? 首相がいくら支持率を気にされないとおっしゃてもあんまりにも怖いですわ」
「それは誰でも言う事だな。この傷は戒めじゃよ。あの災禍で受けた」
杠の言葉でシオリはデータベースを検索した。あの傷は確か通り魔に襲われた時のものだとあったが、そのとき彼は頭の傷の方を指さしていた。
「頭の傷についてのデータはありませんが」
「この傷は、あのクレーターがあるところでつけたものさ。非公開だが私はあの災禍が起きる数時間前までいたのさ。エキゾチック・ブレインの暴走を止めるために。でも、完全には出来なかったのさ。だから、あそこにあった町は数百万人と一緒に消滅したのさ!」
杠はそういうと、シオリに向けて唇に人差し指を当てた。
「この話は聞かなかったことにしてくれ。情報を抹消したまえ」
「わかりました」
シオリのAIから先ほどの会話のデータは復元不可能にされた。
「首相、到着します」
プライベートジェットの運行AIからメッセージが流れてきた。この機にいる人間は杠だけだった。
「わかった。着陸後、事前に設定した通りにしてくれ」
「了解!」
杠は天を仰いでいた。今の自分にとって誰が味方で誰が敵なのか分からなかったからだ。全ては疑わないとならない状況だった。もちろん自分が信じる道の為に依頼はしているが、それが出来るかという自信などなかった。
しばらくして着陸の衝撃が軽く杠の身体を揺らした。本来なら政府専用機を使い首相に同行する官吏や記者がいるはずだが、この機には他の誰もいなかった。
「やれやれ、いまごろ官房長官殿は本当の女房のように怒っているだろうな。ちょっとお菓子を買って来たなんていっても許してもらえないだろうしな。まあ、来週になれば納得してもらいたいものだな。全て上手くいけばだが」
杠はシートベルトを外し、機外へと出て行った。そこに僅かな出迎えがいた。
そして次に起きたのが麗華民主共和国が開発した今世紀最高かつ最悪ないし悪魔の三大技術が原因で発生した、世界同時多発テロ戦争であった。二つの大戦の間には「十三か月の偽りの平和、十三週間の危機」があり、次の大戦は「十三日」で終結した。その期間をオカルト的なものを感じる者もいるが、ただの偶然だともいわれている。ただ確かなのは、この一連の戦乱で二十世紀から続いて来た世界秩序が完全に再構築されてしまったことだ。
麗華が開発したのは「純粋水爆」と「人体改造ナノマシーン」と「生体超電脳システム」ことエキゾチック・ブレインであった。それらの技術を開発した事に多くの科学者は、自力で航空機を開発できる能力はなく、核兵器もコピーによるものだと見ていたので、疑問視していたが。麗華科学院が次々と実証していったため認めるほかなかった。
「純粋水爆」は使い方によって「核融合発電」に転用できたし、「人体改造ナノマシーン」は身体機能の回復や改善・強化に用いれば、多くの身体障碍者の社会復帰に役立つはずであった。そのため、「偽りの平和」の期間、荒廃した世界復興に役立つはずだという希望が世界に蔓延していたが・・・
「シオリ、あのクレーターをみると思い出す事があるんだ。私が若い頃に読んだ漫画にこんな場面があったんだ。もし、世界最終戦争が行われ核兵器によって人類が滅亡した後に残るものは、文明が全て核の熱によって溶解して冷え固まったクレータが地球上に無数に残された死の世界だけであった、というものだ。
まさに、あのクレーターがそうだなと思う訳さ。まあ、幸い我らは生き延びているがな」
杠は災禍の痕跡を見つめながらそうつぶやいでいた。話を向けられたシオリであるが、これっといった反応を示さなかった。
「そういえばお前は本当にただの秘書機能だけのロボットAIだったな。感情なんてものはなかったな、ましてや感傷なんて通じないよな」
そういってシオリの方をみやった。
「そうですわ、私は任務に忠実なだけの秘書ですわ。必要のない個人的な感情について相槌なんてしませんわ」
近年の首相には専属の秘書ロボットが配備されていた。しかも退任後も個人所有となるので交代するたびに新調されるものであったが、シオリは最低限の動作しか出来ないように設計されたロボットだった。その分首相が必要とするサポート機能を充実していた。杠はあらかじめ三か月の任期しか設定されていないので、シオリは汎用品で作られた廉価版だった。ボディは女性的な曲線で構成されていたが、顔は簡単なセンサーがついていて、あまり人間的でないマネキンのようであった。色だけは白地に赤いラインが入った政府専用機と同じモチーフが使われていた。
「そうよな、せめて介護機能でもつけてもらえばよかったな。話し相手ぐらいはしてもらえたかもな」
「そういわれても、予算をケチったのは首相じゃありませんか! どこかの独裁者みたいに人間の美人をガイノイドに改造する鬼畜に比べたら、人道的ですけどね」
杠は感情がないといいながらシオリが反論するのがおかしかった。実は今の時代、人間をナノマシーンで改造してサイボーグにする方が、全ての機械を組み立てて製造するロボットよりも安上がりだった。
「はい、そうですよ。知っているだろ、私が全身拘束刑なんて事実上人体を機械に改造するのを合法化したりするもんだから、おかげで世界中で機械に身体を改造するのが流行しているだろ。だから、私も充分鬼畜だといわれるかと思ったさ」
杠はそう言いながらまたも自分の顎の傷を触っていた。それを見たシオリはこんなことをいった。
「退任されたら、そのお顔の傷を整形されたらいかがですか? 首相がいくら支持率を気にされないとおっしゃてもあんまりにも怖いですわ」
「それは誰でも言う事だな。この傷は戒めじゃよ。あの災禍で受けた」
杠の言葉でシオリはデータベースを検索した。あの傷は確か通り魔に襲われた時のものだとあったが、そのとき彼は頭の傷の方を指さしていた。
「頭の傷についてのデータはありませんが」
「この傷は、あのクレーターがあるところでつけたものさ。非公開だが私はあの災禍が起きる数時間前までいたのさ。エキゾチック・ブレインの暴走を止めるために。でも、完全には出来なかったのさ。だから、あそこにあった町は数百万人と一緒に消滅したのさ!」
杠はそういうと、シオリに向けて唇に人差し指を当てた。
「この話は聞かなかったことにしてくれ。情報を抹消したまえ」
「わかりました」
シオリのAIから先ほどの会話のデータは復元不可能にされた。
「首相、到着します」
プライベートジェットの運行AIからメッセージが流れてきた。この機にいる人間は杠だけだった。
「わかった。着陸後、事前に設定した通りにしてくれ」
「了解!」
杠は天を仰いでいた。今の自分にとって誰が味方で誰が敵なのか分からなかったからだ。全ては疑わないとならない状況だった。もちろん自分が信じる道の為に依頼はしているが、それが出来るかという自信などなかった。
しばらくして着陸の衝撃が軽く杠の身体を揺らした。本来なら政府専用機を使い首相に同行する官吏や記者がいるはずだが、この機には他の誰もいなかった。
「やれやれ、いまごろ官房長官殿は本当の女房のように怒っているだろうな。ちょっとお菓子を買って来たなんていっても許してもらえないだろうしな。まあ、来週になれば納得してもらいたいものだな。全て上手くいけばだが」
杠はシートベルトを外し、機外へと出て行った。そこに僅かな出迎えがいた。
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