死んだことにされた処女妻は人外たちと遍路の旅をする―

ジャン・幸田

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(弐)処女妻の時代

提案-南西に進路をとれ

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 窓の外の闇は薄くなり灰色の空へと変わりつつあった。そして明るい色彩を帯びていた。

 「香織妃、鳳凰宮の君への仕打ちは私も本当に腹立たしいと思っている。皇帝家の家長として申し訳ない事だと謝罪したい。でも、君はこのまま死んだことにしてもらいたい」

 陛下に謝っていただいて恐縮であったが、そのまま死んだことにしてもらいたいといわれ、心安らかな人間などいないはずだ。でも緊張のあまり声を出せなかった。いくら同じ皇族だといえ、雲の上に君臨していた方を目の前にする事を思ってなかったし。

 「まあ、あまりの事で言葉にならないのは分かる。私も本当なら鳳凰宮の不正を正すために公表したい。でも、分かってほしい、この国は占領されたままなのだ。盟約国どもの中には左翼勢力と結託して皇帝制度の廃止を企てている者がいる。そんな中でスキャンダルを起こしたくないのだ。でも約束させてほしい、それ相応の懲罰を与えてやるから勘弁してもらいたい。それと今日は君に今後の事について提案しにきたのだ」

 「提案、ですか?」

 私は陛下がわざわざここに来たのは自分の為だと知って感激していたが、なんでそこまでしてくれるのか不思議に思っていた。まさか、偽物? などと疑ってもいた。その時、陛下の後ろにいた男が私の目の前に紙袋を置き、その中から書類などを出してきた。それは身分を証明するものや郵便貯金通帳などだった。

 「これって何でございます?」

 私の頭は事態を把握できなかった。その書類の名義は全て”占部香織”になっていたからだ。

 「これらは、全て君のものだ。だが関係省庁への手回しを極秘にするのも限界があるので、実際は偽造というかもしれない。まあ、君たちが思っているよりも皇帝という存在は法律で縛られているもんだよ。私が密かに出来る限界だからこれがな。これから君にあることをしてもらいたい」

 皇帝陛下はそういうと、一冊の古文書を差し出した。それには勾玉記とあった。

 「君が持っている勾玉についてだ。その勾玉の運命を君が決めてもらいたい」

 「私が、ですか?」

 「ああ、そうだ。その勾玉について聞いたことがあるだろう、古の悪しき神に憑りつかれていると。そして持つことが出来るのは女系だけだと」

 「はい、そう聞いております」

 私はそういうと、お守り袋から取り出した勾玉を持った。その時、変な事に気付いた。この勾玉を由来のない人が持つと体調を崩し最悪の場合死に至るはずなのに陛下は持っても無事だったことを。なぜ?

 「この勾玉、所持できるのは処女の後継者だけであるが、その血縁者であれば触ることは出来る。だから、君と私は血縁者なのだ。知らなかっただろうけど」

 「へ、陛下と私は血がつながっているって事ですか? 知らなかったですが、どおして?」

 「無理もないな、この勾玉は以前は皇帝家の女が持っていたものなのだ。しかし、君の曾祖母が他家の男と恋に落ちてしまってな、それで皇帝家のものでなくなったのさ。なんだって皇帝家は男系でしか相続できないからな。それで長い間行方不明になっていたんだが、君の前の所持者が・・・その話は今は関係ない。
 そこで君には勾玉を持って五洲島の八十八箇所巡礼遍路の旅に出てもらいたい。その勾玉の秘められた真実を解明してももらいたい。どこかに勾玉の秘密が隠されているはずだ」

 陛下はそういって古文書のしおりが挟まれていた頁を開いた。そこは頁が大きく欠落していた。

 「これは、一体?」

 「これは皇帝家に伝えられてきた勾玉の秘密が書かれていたのだ。でも、君の曾祖母が出奔する際に破り捨てたのだ。前後の記述をみると、そこは勾玉の一子相伝の後継者だけが知ることが許されていたある事実があったそうだ」
 
 そう言われたけど、私はそんな勾玉の秘密なんかしらなかった。なぜだろうと、気が付いた! 私が勾玉を受け継いた直後に祖母は亡くなったから勾玉の事を殆ど教えてもらっていない事に!

 「私、勾玉を受け継いだ時に殆ど聞いておりません。祖母からも、その前に持っていた叔母からも」


 「それは、そこの占部から聞いている。これも知らなかった事だろうが、占部家は君のような勾玉の後継者を影で支えてきた家なのだ。ずっと十年間一緒にいただろう、桔梗と。彼女は君を守っていたのだからな」

 桔梗さんがそんなことをしていたのを知らされ驚いてしまった。だから私を守ろうとしていたんだと。

 「桔梗・・・桔梗さんは無事なのですか?」

 そう尋ねたら以蔵さんが答えてくれた無事だと。そして陛下から私に命令が下された。日が暮れたら南西に進路を取れと!
 
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