死んだことにされた処女妻は人外たちと遍路の旅をする―

一番札所にて

　都から遠く離れた五洲島には古の時代に法師が修行の旅を行ったという霊場巡りがあった。人はそれを八十八箇所霊場と呼んでいた。その遍路の最初の出発地点は一番札所の寺院だった。人々はそこで朱印書を授かるのが習わしだった。そのあとは最終札所まで巡るものであるが、順番は都合で変えても構わないとされていた。でも、順番通りの方がご利益があるとされていた。

　ある年の春、その年はこの国が滅亡の淵寸前まで追い込んだ大戦争からの数年しか経っていなかったので、社会がまだ混乱の渦中にあった。一番札所に向っていた若い女がいた。彼女は数多くの遍路の旅人の一人すぎなかった。遍路の旅を始める者にとっては言葉を交わさぬ限り関わりなど持つ必要もないので無関心なのは当然だ。

　彼女は戸籍から抹消され社会的には死んだことにされていた。つい最近、嫁ぎ先を追い出されたばかりであった。なんら女の幸せを経験することなくだ。無論、自分で望んでそうなったわけではなかったが。彼女が遍路の旅に出る事にした理由はいろいろあった。まず、従来の自分を捨てる事と新しい自分に出会うためであった。だから希望を持っていた。

　「ふう、始まるわね。あんな窮屈な家を出れてよかったわ！　でも、これからが心配だな」

　そんな彼女はボロボロの遍路服を纏っていた。なので数多くの遍路の旅の者からは注意を引くことは無かった。でも一人の人外の姿の男が網傘から垣間見た彼女の横顔に心を奪われてしまった。黒くて長い髪、白磁のような白い肌、それでいて手足の肉付きはよかった。また彼に彼女の清楚な顔に心当たりがあったからだ。だから彼女の後ろをついていく事にした。

　それが元処女妻の物語の始まりであった。彼女たちの旅の行く末はいかなるものであったかの物語がはじまる。