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(壱)旅立ち

遍路で杖ついて橋を渡ってはだめだ!

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 私、香織は遥か昔に偉いお坊様が修業の巡礼をしていたという路を往く遍路の旅に出ていた。こういった旅に出るのは願い事があるとか、信仰心に篤いとかであるだろうけど、私は違っていた。ただ漂泊の旅に出たかったのだ。だから都を遠く離れた五洲島をめぐることにした。

 かつて私は華族階級とされた家で生まれた。もっとも家運は私が生まれる前から傾いていたので、あまり裕福ではなかった。なのに見栄を張るから借金は増える一方でしかたなかった。そんな私は15歳にして嫁に出されてしまった! 相手は皇帝継承権を持つ皇族に! 普通の人なら羨ましい、幸せだろうと妬まれるところだけど違っていた。今にして思えば一層の事婚約破棄にでもしてほしかったと、仲人役を恨んでしまった。女の幸せどころか家族の愛も感じたことは一度もなかったから。

 嫁に行った以上、嫁ぎ先で姑にイジメられることも、耐えがたい事を忍のも当たり前だと思っていた。だから家政婦と同じように働かされるのも耐えたモノである。まあ、嫁いだら家政婦の一人がお暇を出されたと聞いたのは随分後の事だった。ようするに私は家政婦と一緒だったわけだ。

 それから私は女学校を中退してから花嫁修業と称して屋敷内の家事をこなし、はては大工仕事までやらされ、挙句は農作業まで駆り出される事もあった。ここまで聞いてくれた方にはお気づきだろう、旦那の事が一切出てこない事に! 旦那は私にとっては意味を持たぬ存在だったから!

 結婚した時は戦争中で旦那は戦地に行っていた。だから一緒にいたのは結婚初夜だけでなく、最後まで私に手を触れる事はなかった。だから何もなかったのだ。それに戦争が終わって戻って来ても、私と一緒の部屋で寝る事もなかった。時には姑に「跡付きを作るために」として、ものすごい淫乱な格好をさせられて、旦那の前で床に入っていたこともあるけど、旦那は只まじまじと見るだけで手を出すことは無かった。私は彼にとってはただの飾りであって、心を通わすことはなかった。口をまともに訊いたこともなかったし。

 そのような事を言っていると私は大変なブス女と思うかもしれなけど、自分で言うのもなんだけど女学校では才媛としてもてはやされた事もあったのだ。まあ同級生の中でも嫁ぎ先は最高位の家柄だったはずだけど、いまになったらどうでもいい事だ。あの家では私は家政婦以下の扱いだった。給料も休暇もなかったから!

 遍路として路を進んでいた。といっても一番札所の寺院に参拝してきたばかりで、はじめたばかりだった。私は古着屋で出来るだけボロの巡礼着を用意してそれを身に纏っていた。出来る限り正体がバレてはいけないとおもったから。あの家に連れ戻されることはないだろうけど、万が一の恐れがあったのだ。

 その道は遍路路であったが、他に歩いている人は時期のせいかあまり見かけることは無かった。足取りはそれなりによかったが、橋のところまで来た時のことだった。その橋は割と大きな木で出来た人しか歩けないところだった。下には春まだ遠いため枯れた萱が風に吹かれていた。私は持っていた杖をつきながら歩いていた。すると後ろから声がした。

 「おい! 杖ついて橋を渡ってはだめだ! そんなの遍路の常識だろ!」

 その声の主を見たら思わず私は噴き出してしまった! するとその声の主の怒気が浸み込んだ声があたりそこらに響いた。

 「あんたな! 遍路の旅に出た者は杖をついて橋を渡っちゃダメなのを聞いたことねえんかよ! それに人の顔見て噴き出すなよ! まったくもお!」

 私は耳を手で押さえていたが、目は相手を見ていた。だって声の主の顔はゴツゴツしていてまるでワニのようだったからだ。

 「ごめんなさい、あなたの顔が・・・ごめんなさい! それよりも何で杖ついてはダメなの?」

 「それはなあ、橋の下に今も大師様が寝ておられるかもしれないからだ」

 「それって、どういうことなのですか?」

 「そんなの知らないのか? まあ、誰かに聞け! 俺よりも説明が上手いのはごまんというからな! それよりも、あんたは?」

 そういって大声の主は私の顔を覗き込んだ。するとこんなことを言ったの。

 「あ、あんたってまさか鳳凰宮香織様では? でも、たしか死んだはずでは?」

 私って自分で思っている以上に有名だったんだわと分かったけど、そういわれるのも仕方なかった。

 「そうよ! 私は死んだのよ! でも足はまだちゃんとありますから!」

 私は嫁ぎ先から追い出されてしまったのだ。でも世間体があるのでいつの間にか死んだことにされていたのだ。本当に離婚となるのが嫌だからっといって、恐ろしい事をするものである。まあ本当に殺されなくて良かったけど。

 「なんだか訳わからんなあ。いくら皇帝継承権を剥奪された家柄といっても、それなりの家の一員が死んだことにされないといけないのか・・・」

 私にとって、この出会いがまともでない物の怪たちとの遍路の始まりだった。
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