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悪役令嬢とは失礼な!

眠れぬ夜望む展開

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 床に入ったものの私はしばらくすると目が覚めた。隣で寝ている男たちのイビキと歯ぎしりが気になった事もあるけど、風雨が強くなってきたらしく、今いるボロ屋の壁や柱が軋むような音がしていた。隣には両親を亡くしてからずっと寝起きを共にしている多恵が眠っていた。彼女は眠りに落ちると起きることはないが、毎朝きまって五時に起きだす習慣があった。

 目が覚めた私は、激しくなるばかりの風雨が生じさせる音で不安になっている自分に気付いた。その時、女学校にまだ通っていた時の事を思い出していた。

 男爵家という貴族の令嬢ということで、上流階級の子女が通う女学校で将来のことなどあんまり考えずに通っていた。同級生の中には男勝りの野心家などは男には負けられないという勇ましい夢を語る生徒もいたが、私は少し現実逃避していた。自由な恋愛も夢のある婚約も望めないので、せめて想像の中だけでも胸をすく体験をするために恋愛小説に夢中になっていた。もっとも、そのせいで同級生から変わり者といった目で見られていたが。

 私が恋愛小説の中でも、特に夢中になったのが悪役令嬢という物語の一種の立ち位置の登場人物だった。私は13歳になった頃、世間的ブームから廉価でお気楽な内容の恋愛小説を大量出版するようになっていた。その値段は新聞一日分で二冊買えるほど安かったので、よく買ってしまうようになった。

 どの本も、似たり寄ったりの内容で、まさに同工異曲といった趣のものばかりだったので、少し飽きてしまっていた。そのとき、夢中になったのが所謂悪役令嬢ものという分野だった。その分野ではヒロインのイジメ役だった悪役の令嬢が、改心したことで別のストーリーが展開するというシリーズものだった。

 その改心の理由も、最初のうちは身内が亡くなったとか、神仏の教えに感銘を受けたなどがあったが、途中で読者を意識したのか、作品世界に入ってしまったとか迷い込んだとかにはじまり、しまいには何らかの理由で現世で命を落とした者が生まれ変わったりする作品もあった。

 読者なんだから、その作品世界が最悪な結果になると分かっている登場人物だったら、それを回避しようと努力する姿が描かれていた。そんな作品が増えたのも出版点数を増やすこともあるだろうけど、大人たちが読者に運命を変える事の大切さを諭す目的もあるように思っていた。だからこそ私ははまったのだ。

 そんな風にモンモンとしていると、少し前に読んだ悪役令嬢ものと今の私が同じ境遇にあることを思い出した。その作品は・・・名前を忘れたけど、政略結婚で嫁いだ先から出奔しようというものだった。

 たしか舞台が西洋のどこかの国で、政略結婚で王族に嫁ぐことになった少女が、このままだと王の寵愛を受けることなく一人孤独に王宮ですごし、その不満の捌け口として王宮の者をイジメていた。すると、革命が起きて王ははやばやと愛人と隣国に亡命したが、その少女は人民から悪女と認識されていたので、火あぶりにされる運命だと知って、それを回避するために行動することになった、そんな内容だった。

 その少女は悪役令嬢ものにハマっていた平凡な女学生が自分が小説の世界に転生した事に気付いた、という話だった。実際、生まれ変わったら空想の世界だったわけはないだろうけど、もしかすると私はその境遇にあるのかもしれなかった。夫になるはずの橘花宮哲彦は変態帝国軍人なんだから、将来もし皇太子になってもみじめに廃嫡されるか、過激派テロの標的になって殺されるかもしれないと考えたからだ。そんな未来はいやだった。

 作品の中では、王族との婚約を破棄するためにいろんな努力をしてみたけど、どうしても破棄にならず、とうとう婚礼の日に愛してくれそうもない将来の亡命王の妃になる直前に、恋に落ちた騎士と婚礼をぶち壊して駆け落ちする展開だった。それと同じ事が起きたらいいんだと考えた。

 でも、それは机上の空論だった。ここにはそんな恋をするような色男なんかいるはずもなかった。それに橘花宮哲彦の弟なんて存在もないし、親しくしている男など今まで誰一人いたことなかった。まあ15歳にそんな男がいるはずもないし。

 こんなことなら、恋をしてからお嫁に行けばよかったなあと後悔していた。そんな機会チャンスなんてなかったけど。それならば騎士のような助っ人はいないけど、自分一人で婚礼をぶち壊してやるんだと思いついたのだ! そうだ、結婚式をぶち壊せばいいなと!
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