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(6)二人の逃避行

クリスマス・イブの奇跡

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 俺はふと夜中に目を覚ました。昼間に着た真里亜の着ぐるみを纏っている感覚が蘇ったから。目を覚まし見たのは、Tシャツにジャージのズボンという寝姿だった。弘樹の姿だと分かり安心したけど喉が渇いたので水を飲みに行き用を足しにいった。

 そのついでに自分の顔を見に洗面台の鏡の前に立った。その顔はいつも見慣れたものだったが、思い出す人がいた。志桜里だ!

 志桜里と俺は顔がよく似ていており、身長差がなければ誰も気が付かないだろうとよく言われたものだ。二人とも母親似でその母親が双子だから当然なのかもしれなかった。志桜里の方が身長が高いのは、元プロバスケット選手の父親の遺伝のためだった。

 だから幼い時は姉弟だと嘘をいって周囲を揶揄ったものだった。しかし思春期を迎えるころにはさすがに恥ずかしくなってやめてしまったが。

 そんな二人が恋人同士になったのは志桜里が死線を彷徨ったあとのことだった。あの不慮の事故がそれまでの人間関係を変質させてしまったのだ。あの時、志桜里は崖下に転落するバスから放り出され雑木林を転がったため全身に打撲と骨折を負った上に、胸を木の枝が貫通する目に遭っていた。様々な偶然が重なり生き残る事が出来たが、それは死ぬ以上の困難の始まりだったのかもしれない。

 俺が事故後に志桜里に会ったのは集中治療室に横たわる姿だった。彼女は全身が包帯に覆われチューブや機械が取り付けられていて、嫌な表現をすればもう人間には見えなくなっていた。しかしそれはまだ幸運だったのかもしれなかった。まだ彼女の死出の旅について考えなくてよかったからだ。

 その直前、俺たち橘高家が駆けつけた時、真っ先に俺のお袋は志桜里の母を慰めていた。二人とも同じ顔をしているので、その時は何とも言えないものを感じたが、その後ろでは悲劇が起きていた。事故の被害者の家族が病院の待合室にあふれていたから。

 志桜里と同じバスに乗っていたチームメイトが亡くなっていて、家族が号泣していた。もし年老いているとか死が避けられない病だったら、死を予見できたかもしれないが、志桜里のチームメイトは朝元気に高校を出発したのに、夕方には屍になっていたから悲しいのは当たり前だった。また父親と思われる中年が事故の当事者と思われる運送会社の社員を泣きながら怒鳴りつけている姿もあった。そんな出来ればもう二度と遭遇したくない光景が鏡の中に浮かび上がった気がしたのだ。

 事故が起きて二か月、志桜里の意識は戻ることはなかった。頭部に酷い損傷のためだった。後で志桜里がいうには、神様に会いに行く旅をしていたような気がするという事だ。ただ会えることはなかったという。だから志桜里は戻ってきてくれた。

 あれはクリスマス・イブのことだった。まだ包帯は残ったままだったけど、ある程度回復は見られたので一般病棟に移っていた。この日病院の中庭にはクリスマスという事でサンタクロースやトナカイなどの電飾が輝いていた。それで意識のない志桜里をストレッチャーに乗せて中庭に連れ出していた。志桜里の周りには俺や志桜里の家族やチームメイトも集まっていた。

 意識が戻らないので、食事がとれずやせ細った志桜里を見てチームメイトは悲しんでいたが、俺のお袋と志桜里の母が一緒になって、こういったので態度を変えた。

 「今日はクリスマス・イブでしょ! みんなで楽しまなければ志桜里ちゃんも楽しくないでしょ! みんな笑って笑って!」

 それで、歓談しながら中庭で過ごしていた時に奇跡が起きた。もう意識が戻らないかもしれないと言われていた志桜里の瞳が開いたのだ!

 「わ、わたしどこにいるの? ここは? 神様の御許なの?」

 「違うわよ志桜里ちゃん。ここはみんなと一緒にいる事ができるところよ! おかえりなさい!」

 その場にいた者はみんな歓喜の声をあげていた。
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