人形の中の人の憂鬱

【１】アルバイト

（１０）

　なんで謝るの？　わけがわからなかった。昼間といえば・・・スーパーでアルバイトしていたときだし。

　「あのう、すいません」

　「はい？」

　目の前の男の目的は何なのか不審であった。こんな田舎町でナンパのつもり？　由記は少しドキドキした。

　「今日、一緒にアルバイトしたものですが、興味本位になるかもいしれないので、気を悪くしないでください。あの衣装ってどうなっているのですか？　キャワイイの？」

　「えっ？」

　戸惑いながら話を聞くと、どうも衣装がどうなっているのか気になったという。

　「それなら、一緒に明日来てくれたらいいわ。実は他の三人は男だから聞けるわ」

　「ありがとうございます」

　恵吾は彼女の口から聞けなくて少し残念におもった。翌日、彼女の口利きで着ぐるみ衣装を教えてもらった。その彼の人生が大きくかわってしまうのは、後の話である。

　「それにしても、キャラクターのマスクを被って演技するのも悪くないわね」

　普段住んでいる街に戻る電車のなかで、由記は思った。今の自分ではない別の自分になれる事に。でも、こんな風にも思った。

　「マスクを被っていたらキャラクターは売れても、私自身の名前と顔が売れないじゃないのよ！」

　そう思ったが、彼女はその後、スーツアクトレスとしてキャリアを続けていった。中の人になる女優として有名になったが、素の顔はずっと知らない人ばかりであった。中の人なんて人間として露出しないから。