昭和二十年に封印された古い手帳に書かれていた物語

鬼夜叉と遍路

遭遇

　遍路はかつて西南戦争に従軍したことがあった。その時、相当ひどいものを見たらしく、それからというもの人が変わってしまい世捨て人のようになったという。その理由は終生誰にも話さなかったので何も伝わっていない。ただ、鬼夜叉とは何かの因縁があったのは間違いない。

　そんな遍路が気になって跡をつけていた者がいた、村人の佐平だ。そういつは何でも話しに頭を突っ込んでしまい悪癖を持っていて、本当に鬼夜叉に会いに行くというのかを確かめようとしていたのだ。もっとも、自分が一人で鬼夜叉と遭遇した場合の事など、頭は回っていなかったが。

　遍路は何かに導かれるかのように山道を登っていった。その足取りはずっと前から尋ねたことがあるかのように、軽やかで迷いのないものであった。それにしても鬼夜叉の居場所が分かるというのだろうか疑問であったが。だから佐平は山奥に行くにつれて不安になっていた。それに、これ以上山奥に入ってしまったら、陽が暮れるまでに村に戻れない地点まできてしまった。だから帰ろうと思い始めていた時の事だ。佐平は叫び声をあげてしまった！

　「お、おまえは？」

　目の前に全身毛むくじゃらで肩幅は広くずんぐりむっくりの獣みたいな男がいた。その眼は鋭く野獣のようであった。

　「決まってんだろ！　わしはのうお前らが鬼夜叉と呼ばれておる！　お前こそ何こそこそここにきたんかよ！」

　佐平は体温が急速に下がり、それだけで死んでしまうような恐怖におびえていた。鬼夜叉の手にはどこからか盗んできたような鉈を持っていたから。