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(7)ナオミ人形娘を作る
072・劇団・ドーラーミラージュ
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戦争に飢餓、そして感染症の蔓延、さらに経済的混乱と政治の不安定化。まさに世界は危機に瀕していた。そんな人類社会が没落するか衰退するかという瀬戸際にも関わらず世界の指導者たちは自己利益第一主義を唱え、国際協調しようとしなかった。指導者たちは自分が統治する民衆から支持を得る方法だけは心得ていた。外部に敵を作り、内部の反対者を反逆者として迫害する。結果、危機という社会的感染症は蔓延し、国家は様々な場面で対立し、人々は分裂した愛国心に満足していた。
そんな状況下でも危険にさらされない階級は確実に存在していた。それらを民衆は「上級国民」などと妬みが籠った呼び方をしていた。セキュリティーは万全で安全を享受し、飢える心配もなく、自ら不要と思った者どもは闇に葬ってしまう。そんな認識であった。でも、そのような階級社会はもうすぐ終わろうとしていることを、予想できる者はいなかった・・・
「ねえ、あなたのお父様って首相だよね。なんか大変そうね」
綾音はクラスメイトの安藤玲奈にツッコミをいれていた。玲奈はこの国の首相が50代になって誕生した一人娘で溺愛して育った。そのためか、他の生徒とは明らかに浮いた存在だった。容姿は首相に似て身長は高いが平凡な顔立ちで、もし首相令嬢でなければ印象に残らないような少女だった。
「そうなのよ、おかげでパパも家に帰ってこれないのよ。わたしのほうが首相府ビルに行かないと会えないわ。一緒にいったことあるからわかるか」
玲奈はそういうと綾音に抱きついた。二人は同じ女子高に通っていたが、政治家と女優の娘同士で何故かウマが合った。同級生からはあまりにもスキンシップが濃厚なので百合百合の関係などと噂されていた。
「それにしても、いきなり観劇するなんて、うちの学校主任は何を考えているのだろうね? 世界が大変だというのにね」
綾音はプリントを見ていた。いまどき、連絡などはタブレット端末を通じて行うのに、なぜか紙媒体で今日の予定変更を朝になって知らせてきた。それによると、二年生全員は午後一時からと文化鑑賞会と称して「若草物語」を観劇するという。また一年生と三年生も別の劇場に行くという。
「そうよね、警備の人も大変よね。先生の方から連絡してくれるっていっていたけど、大丈夫かしら? 最近いろいろと物騒だしね。この前なんか、学校近くの公園で集団同士の喧嘩があったしね」
玲奈は密かにその原因は父ではないかと疑っていた。父に家庭内で政治の話はしないでくれと躾けられているので聞いたことはなかったが、この国が混迷する原因の一端があるのは間違いなさそうだった。でも、周囲の者は知っていて何も言ってくれないようだった。それを言えば玲奈を傷つけてしまいと配慮しているようだった。
「そうねえ、でも玲奈のお父さんがなんとかしてくれるわよ! なんだって、こんなに良い娘のお父さんんだからね」
綾音はそうは励ましてくれた。でも玲奈からすれば、それは本音なのかは分からなかったが、彼女なりの配慮なんだと思っていた。
「あ、ありがとね。それにしても、着ぐるみ劇団だって! 小さい時にパパ連れて行ってもらった事あるわよ。可愛らしい動物の恰好をした人たちがいっぱいいたわ。なんかアニメの世界から抜け出てきたようで。それにしても、高校生なのよわたしたちって! 男の人が女の子に変身してコスプレしているのも、見せられたら嫌だな」
玲奈の手には劇団の招待状と称するパンフレットがあった。そのパンフレットはこんな事が記述されていた。
”劇団・ドーラーミラージュの「若草物語」、可愛らしい等身大人形による新解釈の物語!”
二人はそれが悪夢の入り口とは思いもしなかった。
そんな状況下でも危険にさらされない階級は確実に存在していた。それらを民衆は「上級国民」などと妬みが籠った呼び方をしていた。セキュリティーは万全で安全を享受し、飢える心配もなく、自ら不要と思った者どもは闇に葬ってしまう。そんな認識であった。でも、そのような階級社会はもうすぐ終わろうとしていることを、予想できる者はいなかった・・・
「ねえ、あなたのお父様って首相だよね。なんか大変そうね」
綾音はクラスメイトの安藤玲奈にツッコミをいれていた。玲奈はこの国の首相が50代になって誕生した一人娘で溺愛して育った。そのためか、他の生徒とは明らかに浮いた存在だった。容姿は首相に似て身長は高いが平凡な顔立ちで、もし首相令嬢でなければ印象に残らないような少女だった。
「そうなのよ、おかげでパパも家に帰ってこれないのよ。わたしのほうが首相府ビルに行かないと会えないわ。一緒にいったことあるからわかるか」
玲奈はそういうと綾音に抱きついた。二人は同じ女子高に通っていたが、政治家と女優の娘同士で何故かウマが合った。同級生からはあまりにもスキンシップが濃厚なので百合百合の関係などと噂されていた。
「それにしても、いきなり観劇するなんて、うちの学校主任は何を考えているのだろうね? 世界が大変だというのにね」
綾音はプリントを見ていた。いまどき、連絡などはタブレット端末を通じて行うのに、なぜか紙媒体で今日の予定変更を朝になって知らせてきた。それによると、二年生全員は午後一時からと文化鑑賞会と称して「若草物語」を観劇するという。また一年生と三年生も別の劇場に行くという。
「そうよね、警備の人も大変よね。先生の方から連絡してくれるっていっていたけど、大丈夫かしら? 最近いろいろと物騒だしね。この前なんか、学校近くの公園で集団同士の喧嘩があったしね」
玲奈は密かにその原因は父ではないかと疑っていた。父に家庭内で政治の話はしないでくれと躾けられているので聞いたことはなかったが、この国が混迷する原因の一端があるのは間違いなさそうだった。でも、周囲の者は知っていて何も言ってくれないようだった。それを言えば玲奈を傷つけてしまいと配慮しているようだった。
「そうねえ、でも玲奈のお父さんがなんとかしてくれるわよ! なんだって、こんなに良い娘のお父さんんだからね」
綾音はそうは励ましてくれた。でも玲奈からすれば、それは本音なのかは分からなかったが、彼女なりの配慮なんだと思っていた。
「あ、ありがとね。それにしても、着ぐるみ劇団だって! 小さい時にパパ連れて行ってもらった事あるわよ。可愛らしい動物の恰好をした人たちがいっぱいいたわ。なんかアニメの世界から抜け出てきたようで。それにしても、高校生なのよわたしたちって! 男の人が女の子に変身してコスプレしているのも、見せられたら嫌だな」
玲奈の手には劇団の招待状と称するパンフレットがあった。そのパンフレットはこんな事が記述されていた。
”劇団・ドーラーミラージュの「若草物語」、可愛らしい等身大人形による新解釈の物語!”
二人はそれが悪夢の入り口とは思いもしなかった。
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