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幼稚な正義感の名の下で
赤い竜の呪いを受けた者たち
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ギャルソンとキャロルとの婚約破棄が成立した晩から四半世紀以上が経過していた。その間に社会は大きく変わり技術革新も進んで人々の生活は変わっていたが、そこは時代から取り残され時間さえも過ぎる事のないような場所であった。
帝都から遠く離れた離れ小島にある療養所だ。そこは重度の精神病患者が入院しているが、病状に改善がみられても決して退院することが許されない一団がいた。その一団は大量殺人などの重大犯罪を犯したが心神耗弱などを理由に起訴されなかった者たちだ。本来は死刑もしくは終身刑かそれに次ぐ刑罰に服すはずだったが、刑罰に代わる措置として社会的隔離されていた。
その病棟に薬物の禁断症状などを克服し現在では健常者になったが、一生ここを出る事が許されない中年女性がいた、サブリナである。サブリナは幾つもの重大犯罪を犯していたが、幻覚誘発茶密売組織の首謀者という終身刑に相当すると判断されたため、終身入院措置という厳罰を受けていた。
「サブリナ君。君が望めば中央法務審議会に願書を提出することだってできるんだぞ。なかなか難しいかもしれないが、ここを出ることだって出来ると思うんだがな」
そう心配するのは療養所の所長だった。サブリナはもうすぐ50歳になるが、ここで人生が終わるのを不憫に思い、ダメ元で恩赦を申請するようにアドバイスしていた。
「お気遣いありがとうございます。もう、家族ともとっくに縁が切れておりますし、もう外の世界に戻っても生きていけませんから」
サブリナは固辞したが、50歳になってから社会に復帰するのを諦めていた。ここなら、病院業務の手伝いをすれば収入はあるし、最低限の生活は保障されている。30年以上もここにいると昔のように男を誘惑することは絶対無理だと悟っていた。それに外の世界に戻ると、世界的な有名人となり英雄ともてはやされるあの女に触れる機会が多くなるのが我慢できなかった。
サブリナは自分の部屋に戻って鏡を見ていた。ここでの生活はストレスはないので年相応に老けているが、顔にシミや皺はそんなになかった。学生の時のように違法な手段でお金儲けをして、他の女から婚約者を奪ったことなんか、遥か遠い時代の思い出したくない出来事であった。男を恋愛対象にしていたことなど忘れていた。それでも、誰にも言えないが隠していた思いがあった。キャロル・オーガストだ! あの女だけは許せなかった。
客観的に自省すれば、婚約者を奪う行為をする方が悪いし、婚約破棄するために犯罪的工作をしたのだがら自業自得であった。そちらの罪は奪おうとしていた男は一切罪に問われていないのは許せなかった。あの男の名前は・・・もう、どうでもよかった。
「サブリナさん、お手紙です」
事務所で自分宛の郵便物を受け取ったが、その差出人は「ギャルソン・モルトケ」だった。キャロルから奪おうとした男であり、違法な薬物密売の協力者だった。その男はキャロルに勝るとも劣らないほど嫌な奴だった。奴と出会ったことで、人生が台無しになったから。
「いつも来ますね。それにしても、いつもいろんなところから差し出しますね」
そう語り掛ける事務員の為にサブリナは開封した。開封、といっても手紙を読むためではない。その事務員の目的は手紙に貼っている切手をいつも欲しがるから仕方なくやっているのだ。
「そうねえ、あなたにあげるわ」
「ありがとうございます。いつも悪いですね」
事務員の笑顔にサブリナは満足したが、手紙はいつものようにさっと目を通すとくちゃくちゃにしてゴミ箱に入れるのがいつもの事だった。内容はいつだって同じだから。
「本当に、いい加減にしてもらえないかしら? もうあの時のサブリナなんていないのにね。それに奴だって劣化しているだろうし」
サブリナは溜息をついた。ここにいれば奴と偶然出くわす事なんかないから安心であるが、いつかここにやってくるかもしれないというのが嫌だった。少女だった時の姿を追いかけられても、そんな自分はいないからだ。今のサブリナは緩やかに崩壊した肥満体で、単調な日常になれきった生き物だ。こんなのでは誰かと結婚しようとするだけでもストレスでしかなかった。
そして、いつでも後悔するのだ。赤い竜の血を受けづく娘から貞操を奪おうとしたことを。きっと、自分は赤い竜の呪いを受け続けているかもしれないと。サブリナはこの島で朽ち果ててしまう運命だと覚悟していた。唯一の救いは死んだらこの島の共同墓地に入れる事であった。少なくとも誰かに看取られるはずだ。
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
ギャルソンは所帯を持てず放浪者になっていた。十年の刑期が終わり釈放されて地方都市に転居した実家に戻ろうとしたが、叶わなかった。モルトケ家は遥か遠くの大陸の新国家に移住していた。ギャルソンは唖然としてしまった。
そこに行きたいと思ったが、残念な事があった。その新国家に入国する査証が下りないのだ。理由は、重大犯罪で服役したためだ。それで、実家と連絡を取ると、兄から僅かな手切れ金が送られてきた。どうやら新国家でモルトケ家の事業は苦戦しているようで、経済的に構ってられないということのようだ。
以来、ギャルソンは職と住まいを転々とする人生だった。場合によっては帝国の近隣諸国に出稼ぎにいったこともあったし、漁船にのったこともあった。あの幻覚誘発茶密輸事件は映画になるほど有名になりすぎており、どこでも正体がバレると出て行かないといけなくなるのだ。だからバレるまでは偽名でも働けるような仕事しか就けなかった。もっとも学業に不熱心のうえに退学になった中途半端な奴が務まる仕事は限られていたが。
「あの男馬鹿じゃないのよ! 彼女に唆されて密輸組織を作るなんて! 贅沢な生活をしたければ真面目に働けばいいのにね」
映画館の前で女たちが噂するのは、自分の過去の過ちを題材にした映画だ。でも、それらの映画は大きく脚色されているし、絶対触れられない事があった。キャロルに関する事だ。いまではキャロルは冒険者や外交官として英雄視される有名人だ。そんな彼女が痛い目にあったエピソードはいつだって存在しない。そのかわり、必要以上に自分をモデルとした人物が悪逆な描き方をされるのだ。
「それにしても、あのギャバン、絶対嫌な男よね。気に入らない同級生の娘をいたぶるなんて男の屑よ! 男女問わずイジメて自分が帝王にでもなったつもりかしら。あれだけ悪い事をしたあとで、捕まるのはざまあみろよね!」
だから何処に行っても嫌われるんだ! ギャルソンは嫌だった。ああいう勧善懲悪ものは悪い奴が悪いほど懲らしめられるのはすっきりするから、やってもいないことを盛り込まれるのだ。おかげで、自分は児童虐待者だったり中毒患者を食い物にしたり、とにかくロクでもない人間だったとされる。だからバレたら逃げるしかなかった。
「すまないが、今日でやめてもらう。取引先の目もあるし。今の君は真人間だと思うけど・・・理解してほしい。私だって、心苦しいけど・・・知り合いのところなら大丈夫かもしれないから、そこまで行く旅費はやるから」
またまたギャルソンはクビになった。毎度の事なのでしかたないが、一つだけ嫌だった。なんでキャロルは映画に出てこないんだよ! 奴が出ない事で必要以上に俺が悪者になってしまう! でも、ギャルソンがそれを主張する事はなかった。国家的英雄になったキャロルとその夫を陥れるような言動は命取りになりかねないからだ。いつだったが、それを言ったら本当に半殺しにされたから、恐怖だった。
クビになったギャルソンがすることは、いつも同じだった。かつて結婚したかったサブリナに手紙を書いて郵便局で発送して、バスか列車に乗ってその時住んでいた町を離れる事だった。その時は、まだましで次の就職先を紹介してくれたから。
「えーと、マッシュル島か・・・あそこは寒いだろうな。どこかで古着屋でオーバー買わないといけないな」
これから向かうのは船で三日もかかる極地に近い島だった。そこは、聞くところによれば映画館がないので、もしかすると自分の事を知らないかもしれなかった。でも、流刑地みたいだとも聞いた。そこで、やる仕事は・・・考えるだけで気が重くなった。
船付き場についたギャルソンは人生を後悔していた。あの時、なんで婚約者を捨ててしまったんだろうか? みすみす物凄い幸運を手にすることが出来たのに、見てくれがよかったが犯罪に加担させられる女に魅了されたなんて、あの時の自分にもし会えるのなら全力でいっただろう。その婚約破棄はダメだ! あの女に乗せられて幼稚な正義感の名のもとで破棄するなんて、身の破滅だ! もし、それでもいう事を聞かないのなら頭を思い切りぶん殴りたかった!
「お客様にご案内します。マッシュル島行きの旅客船は20時30分に第三乗り場から出航いたします。乗船手続きがお済みの方は出航15分までに乗船口に向かってください。この船は・・・」
アナウンスに促されギャルソンは向かった。そのとき、ふとこう思っていた。サブリナにいつも出す手紙の事だ。いつだって返事が来ることはないのに、何故か出す。そのことに何の意味があるだろうか? 返事があってもいつだって移動した後なんだから。一応は転送届を郵便局に出しても着たためしはなかった。
「俺が悪いのか、サブリナが悪いのか、それとも両方か・・・」
ギャルソンは頭髪が薄くなりボロボロになった頭皮をクチャクチャとしていた。着ている服は何年前に買ったのか貰ったのかわすれたが、相当着込んだためボロボロだった。着ている服も身体も、キャロルと婚約破棄をした時の美男子の面影はなかった。
旅客船の甲板に出てベンチに座ったギャルソンは、出航してから港の明かりが小さくなり暗い海をぞっと見つめていた。遠くに漁船の漁火が見えると漁船で働いていた時の事を思い出した。あの頃の方がちょっとましだったのかもしれないと。でも、今では体力が持たなかった。
「それにしても、俺は・・・ざまあねえな。そのうち、どこかの町で野垂れ死ぬだろうな。死ぬならせめて誰かが見ている病院で死にたいな」
ギャルソンの未来は暗い見通ししかなかった。孤独な彼の漂泊の旅は、これからも続くだろう。それが赤い竜の呪いを受けた男の運命だから。キャロルが赤い竜と処女のまま能力を獲得した契約によれば、婚約者が不幸になるのを黙認しろというものであった。だからサブリナと同じようにキャロルと運命が交わることは、永遠にないわけだ。
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
「おめでとうございます! お孫さんが誕生されたのですね」
キャロルと電話で挨拶するのは、ミッキーだ。あの日、愚かにもキャロルの貞操を奪おうとしたトーマスの現在の姿であった。あの時、キャロルの火焔攻撃を受けたため呪いにより身体が女性化してしまったのだ。男としての人生は終わってしまったが、唯一にして最大の幸運がもたらされた。キャロルの良き協力者になったわけだ。
キャロルの冒険に付き合ったこともあるし、いろいろと任されたこともあった。おかげで人生の成功者になったわけだ。ひとつ、難点といえば誰とも結婚しなかったことぐらいだ。心身とも受け入れる事がないのだ。見方を変えればキャロルの駒にされたのかもしれない。
「お孫さんも女の子だそうよ! これからも赤い竜の娘の血流は続くわよ」
ミッキーは嬉しそうに、お祝い用の乳幼児用品の注文書を書いていた。キャロルの幸せはこれからも続くようだ。
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
「幼稚な正義感の名の下で」編 ー完ー
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
今回で「幼稚な正義感の名の下で」編は終了いたします。キャロルとアウグストの冒険談は別の機会があれば、どこかで書きたいと考えています。確約の出来ないことですが。
それにしても、皆さまからすればギャルソンとサブリナのざまあは物足りたいかもしれませんが、権力者でもないので、この辺が限界なのかなと思います。やはり最後は命を落としてしまうようなざまあを受けるような場合は、相当ワルじゃないとならないのかということで。
こちらの話ですが、新しい構想は幾つかありまして。もし、こういったざまあの話を読みたいなあというのがありましたら、感想欄に投稿してください。小生の能力がついていけばですけど。
帝都から遠く離れた離れ小島にある療養所だ。そこは重度の精神病患者が入院しているが、病状に改善がみられても決して退院することが許されない一団がいた。その一団は大量殺人などの重大犯罪を犯したが心神耗弱などを理由に起訴されなかった者たちだ。本来は死刑もしくは終身刑かそれに次ぐ刑罰に服すはずだったが、刑罰に代わる措置として社会的隔離されていた。
その病棟に薬物の禁断症状などを克服し現在では健常者になったが、一生ここを出る事が許されない中年女性がいた、サブリナである。サブリナは幾つもの重大犯罪を犯していたが、幻覚誘発茶密売組織の首謀者という終身刑に相当すると判断されたため、終身入院措置という厳罰を受けていた。
「サブリナ君。君が望めば中央法務審議会に願書を提出することだってできるんだぞ。なかなか難しいかもしれないが、ここを出ることだって出来ると思うんだがな」
そう心配するのは療養所の所長だった。サブリナはもうすぐ50歳になるが、ここで人生が終わるのを不憫に思い、ダメ元で恩赦を申請するようにアドバイスしていた。
「お気遣いありがとうございます。もう、家族ともとっくに縁が切れておりますし、もう外の世界に戻っても生きていけませんから」
サブリナは固辞したが、50歳になってから社会に復帰するのを諦めていた。ここなら、病院業務の手伝いをすれば収入はあるし、最低限の生活は保障されている。30年以上もここにいると昔のように男を誘惑することは絶対無理だと悟っていた。それに外の世界に戻ると、世界的な有名人となり英雄ともてはやされるあの女に触れる機会が多くなるのが我慢できなかった。
サブリナは自分の部屋に戻って鏡を見ていた。ここでの生活はストレスはないので年相応に老けているが、顔にシミや皺はそんなになかった。学生の時のように違法な手段でお金儲けをして、他の女から婚約者を奪ったことなんか、遥か遠い時代の思い出したくない出来事であった。男を恋愛対象にしていたことなど忘れていた。それでも、誰にも言えないが隠していた思いがあった。キャロル・オーガストだ! あの女だけは許せなかった。
客観的に自省すれば、婚約者を奪う行為をする方が悪いし、婚約破棄するために犯罪的工作をしたのだがら自業自得であった。そちらの罪は奪おうとしていた男は一切罪に問われていないのは許せなかった。あの男の名前は・・・もう、どうでもよかった。
「サブリナさん、お手紙です」
事務所で自分宛の郵便物を受け取ったが、その差出人は「ギャルソン・モルトケ」だった。キャロルから奪おうとした男であり、違法な薬物密売の協力者だった。その男はキャロルに勝るとも劣らないほど嫌な奴だった。奴と出会ったことで、人生が台無しになったから。
「いつも来ますね。それにしても、いつもいろんなところから差し出しますね」
そう語り掛ける事務員の為にサブリナは開封した。開封、といっても手紙を読むためではない。その事務員の目的は手紙に貼っている切手をいつも欲しがるから仕方なくやっているのだ。
「そうねえ、あなたにあげるわ」
「ありがとうございます。いつも悪いですね」
事務員の笑顔にサブリナは満足したが、手紙はいつものようにさっと目を通すとくちゃくちゃにしてゴミ箱に入れるのがいつもの事だった。内容はいつだって同じだから。
「本当に、いい加減にしてもらえないかしら? もうあの時のサブリナなんていないのにね。それに奴だって劣化しているだろうし」
サブリナは溜息をついた。ここにいれば奴と偶然出くわす事なんかないから安心であるが、いつかここにやってくるかもしれないというのが嫌だった。少女だった時の姿を追いかけられても、そんな自分はいないからだ。今のサブリナは緩やかに崩壊した肥満体で、単調な日常になれきった生き物だ。こんなのでは誰かと結婚しようとするだけでもストレスでしかなかった。
そして、いつでも後悔するのだ。赤い竜の血を受けづく娘から貞操を奪おうとしたことを。きっと、自分は赤い竜の呪いを受け続けているかもしれないと。サブリナはこの島で朽ち果ててしまう運命だと覚悟していた。唯一の救いは死んだらこの島の共同墓地に入れる事であった。少なくとも誰かに看取られるはずだ。
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ギャルソンは所帯を持てず放浪者になっていた。十年の刑期が終わり釈放されて地方都市に転居した実家に戻ろうとしたが、叶わなかった。モルトケ家は遥か遠くの大陸の新国家に移住していた。ギャルソンは唖然としてしまった。
そこに行きたいと思ったが、残念な事があった。その新国家に入国する査証が下りないのだ。理由は、重大犯罪で服役したためだ。それで、実家と連絡を取ると、兄から僅かな手切れ金が送られてきた。どうやら新国家でモルトケ家の事業は苦戦しているようで、経済的に構ってられないということのようだ。
以来、ギャルソンは職と住まいを転々とする人生だった。場合によっては帝国の近隣諸国に出稼ぎにいったこともあったし、漁船にのったこともあった。あの幻覚誘発茶密輸事件は映画になるほど有名になりすぎており、どこでも正体がバレると出て行かないといけなくなるのだ。だからバレるまでは偽名でも働けるような仕事しか就けなかった。もっとも学業に不熱心のうえに退学になった中途半端な奴が務まる仕事は限られていたが。
「あの男馬鹿じゃないのよ! 彼女に唆されて密輸組織を作るなんて! 贅沢な生活をしたければ真面目に働けばいいのにね」
映画館の前で女たちが噂するのは、自分の過去の過ちを題材にした映画だ。でも、それらの映画は大きく脚色されているし、絶対触れられない事があった。キャロルに関する事だ。いまではキャロルは冒険者や外交官として英雄視される有名人だ。そんな彼女が痛い目にあったエピソードはいつだって存在しない。そのかわり、必要以上に自分をモデルとした人物が悪逆な描き方をされるのだ。
「それにしても、あのギャバン、絶対嫌な男よね。気に入らない同級生の娘をいたぶるなんて男の屑よ! 男女問わずイジメて自分が帝王にでもなったつもりかしら。あれだけ悪い事をしたあとで、捕まるのはざまあみろよね!」
だから何処に行っても嫌われるんだ! ギャルソンは嫌だった。ああいう勧善懲悪ものは悪い奴が悪いほど懲らしめられるのはすっきりするから、やってもいないことを盛り込まれるのだ。おかげで、自分は児童虐待者だったり中毒患者を食い物にしたり、とにかくロクでもない人間だったとされる。だからバレたら逃げるしかなかった。
「すまないが、今日でやめてもらう。取引先の目もあるし。今の君は真人間だと思うけど・・・理解してほしい。私だって、心苦しいけど・・・知り合いのところなら大丈夫かもしれないから、そこまで行く旅費はやるから」
またまたギャルソンはクビになった。毎度の事なのでしかたないが、一つだけ嫌だった。なんでキャロルは映画に出てこないんだよ! 奴が出ない事で必要以上に俺が悪者になってしまう! でも、ギャルソンがそれを主張する事はなかった。国家的英雄になったキャロルとその夫を陥れるような言動は命取りになりかねないからだ。いつだったが、それを言ったら本当に半殺しにされたから、恐怖だった。
クビになったギャルソンがすることは、いつも同じだった。かつて結婚したかったサブリナに手紙を書いて郵便局で発送して、バスか列車に乗ってその時住んでいた町を離れる事だった。その時は、まだましで次の就職先を紹介してくれたから。
「えーと、マッシュル島か・・・あそこは寒いだろうな。どこかで古着屋でオーバー買わないといけないな」
これから向かうのは船で三日もかかる極地に近い島だった。そこは、聞くところによれば映画館がないので、もしかすると自分の事を知らないかもしれなかった。でも、流刑地みたいだとも聞いた。そこで、やる仕事は・・・考えるだけで気が重くなった。
船付き場についたギャルソンは人生を後悔していた。あの時、なんで婚約者を捨ててしまったんだろうか? みすみす物凄い幸運を手にすることが出来たのに、見てくれがよかったが犯罪に加担させられる女に魅了されたなんて、あの時の自分にもし会えるのなら全力でいっただろう。その婚約破棄はダメだ! あの女に乗せられて幼稚な正義感の名のもとで破棄するなんて、身の破滅だ! もし、それでもいう事を聞かないのなら頭を思い切りぶん殴りたかった!
「お客様にご案内します。マッシュル島行きの旅客船は20時30分に第三乗り場から出航いたします。乗船手続きがお済みの方は出航15分までに乗船口に向かってください。この船は・・・」
アナウンスに促されギャルソンは向かった。そのとき、ふとこう思っていた。サブリナにいつも出す手紙の事だ。いつだって返事が来ることはないのに、何故か出す。そのことに何の意味があるだろうか? 返事があってもいつだって移動した後なんだから。一応は転送届を郵便局に出しても着たためしはなかった。
「俺が悪いのか、サブリナが悪いのか、それとも両方か・・・」
ギャルソンは頭髪が薄くなりボロボロになった頭皮をクチャクチャとしていた。着ている服は何年前に買ったのか貰ったのかわすれたが、相当着込んだためボロボロだった。着ている服も身体も、キャロルと婚約破棄をした時の美男子の面影はなかった。
旅客船の甲板に出てベンチに座ったギャルソンは、出航してから港の明かりが小さくなり暗い海をぞっと見つめていた。遠くに漁船の漁火が見えると漁船で働いていた時の事を思い出した。あの頃の方がちょっとましだったのかもしれないと。でも、今では体力が持たなかった。
「それにしても、俺は・・・ざまあねえな。そのうち、どこかの町で野垂れ死ぬだろうな。死ぬならせめて誰かが見ている病院で死にたいな」
ギャルソンの未来は暗い見通ししかなかった。孤独な彼の漂泊の旅は、これからも続くだろう。それが赤い竜の呪いを受けた男の運命だから。キャロルが赤い竜と処女のまま能力を獲得した契約によれば、婚約者が不幸になるのを黙認しろというものであった。だからサブリナと同じようにキャロルと運命が交わることは、永遠にないわけだ。
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「おめでとうございます! お孫さんが誕生されたのですね」
キャロルと電話で挨拶するのは、ミッキーだ。あの日、愚かにもキャロルの貞操を奪おうとしたトーマスの現在の姿であった。あの時、キャロルの火焔攻撃を受けたため呪いにより身体が女性化してしまったのだ。男としての人生は終わってしまったが、唯一にして最大の幸運がもたらされた。キャロルの良き協力者になったわけだ。
キャロルの冒険に付き合ったこともあるし、いろいろと任されたこともあった。おかげで人生の成功者になったわけだ。ひとつ、難点といえば誰とも結婚しなかったことぐらいだ。心身とも受け入れる事がないのだ。見方を変えればキャロルの駒にされたのかもしれない。
「お孫さんも女の子だそうよ! これからも赤い竜の娘の血流は続くわよ」
ミッキーは嬉しそうに、お祝い用の乳幼児用品の注文書を書いていた。キャロルの幸せはこれからも続くようだ。
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「幼稚な正義感の名の下で」編 ー完ー
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今回で「幼稚な正義感の名の下で」編は終了いたします。キャロルとアウグストの冒険談は別の機会があれば、どこかで書きたいと考えています。確約の出来ないことですが。
それにしても、皆さまからすればギャルソンとサブリナのざまあは物足りたいかもしれませんが、権力者でもないので、この辺が限界なのかなと思います。やはり最後は命を落としてしまうようなざまあを受けるような場合は、相当ワルじゃないとならないのかということで。
こちらの話ですが、新しい構想は幾つかありまして。もし、こういったざまあの話を読みたいなあというのがありましたら、感想欄に投稿してください。小生の能力がついていけばですけど。
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