【中編小説集】婚約破棄して”ざまあ!”になった人々の話

ジャン・幸田

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幼稚な正義感の名の下で

婚約者は愚痴りたい

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 サブリナに呼び出されたキャロルはこれは罠だと分かりきっていた。恋愛小説なんかではあの人と別れてとか言われる場面だと。それにしても婚約はしたけど真面に付き合ったこともないし、手を触れたこともほとんどなく、ましては肉体関係を・・・ギャルソンとそれをやるのを想像すら難しいんところよね、と感じた。

 婚約者といえども正式な手続きはあまり進んでいなかった。伝統では結婚の数年前から数か月前に婚約披露会に相当するパーティーを大々的に開いて、婚姻のための準備をして結婚式をあげるのが一般的だった。もちろん、結婚式の後はパーティーも開催するし、結婚初夜には契りを・・・といった手順になるはずだけど、婚約披露会の日程すら決まっていなかった。

 婚約披露会そのものはモルトケ夫妻が乗り気だし、キャロルもお任せしますといっているが、肝心のギャルソンが全くその気はないようだ。聞いた話によれば独身時代にしかできないことを今やりたいからという事であったが、本当は婚約など反故にしたい魂胆があるようだ。不貞を働くような男を婿に出来ないでしょうと主張するように。

 婚約は一応政府から命じられたものであるが、相手が決まっていればいいので、キャロルの場合は次の婚約者をオーガスト家で用意出来れば婚約者を破棄しても構わないようだけど、仕事上支障があるのでキャロルの父がそんな面倒な事をするはずもなかった。またモルトケ家も異能を持つのは間違いないキャロルを嫁に迎えたいはずなので、ギャルソンの両親から婚約破棄するはずもなかった。

 こう思うとキャロルはこんな事を想像していた。ギャルソンが婚約破棄しても彼の兄か弟が自分に求愛してくるのを。それなら人間的に好きなギャルソンの両親と別れることもないのにと。でも、それは無理だった。ギャルソンは三人兄弟だが、歳の離れた兄と姉がいて、兄の方は婚約した時に既に結婚していて、いまは子供もいた。だから・・・

 「本当に結婚する気がないのなら、はっきりしてもらいたいね! 男なら自分から言えばいいのにね!」

 周囲に誰も居ないのを確認してキャロルは思い切り拳を壁にぶつけていた。こんな恋人どころか女友達とも幼馴染ともいえない婚約者の存在が忌々しく思えた。自分がギャルソンの立場ならはっきり婚約解消していいですか? とお願いしていると思ったから、つい手を挙げた。

 竜の血をひく娘に異能があるのを知っていたモルトケ家は全力でオーガスト家にアタックしてきたそうだけど、婚約できる男がギャルソンしかいなかったのが問題だった。ギャルソンの性格で婚約者を決めたって無理だったよねというわけだ。かといって、キャロルの立場では婚約解消を申し立てることは難しかった。だから、一層の事奪ってほしいわけだ。

 「白馬の王子様とは注文しないけど、せめて彼女扱いしてくれる彼氏が欲しいわ! 本当に要らないわ!」

 心の中で愚痴っているキャロルの視界に階段の踊り場で待つサブリナの姿が見えた。
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