【中編小説集】婚約破棄して”ざまあ!”になった人々の話

ジャン・幸田

文字の大きさ
上 下
21 / 54
幼稚な正義感の名の下で

婚約者なんて!

しおりを挟む
 キャロルは幼いころから「赤い竜の血を受け継ぐ娘」の末裔として育てられた。この話は人魚の肉を食べ異常な長寿になった娘のような御伽話のように根拠などない虚偽だと一般ではいわれていたが、事実であった。ただ、それが広く信じられると娘の争奪戦になる事態が想定されるので、代々の為政者たちは意図的に隠してきた。

 現在、「赤い竜の血」を持つ女性は数人しかおらず、未婚で処女なのはキャロルしかいなかった。キャロルの母には四人の子供がいたが娘はキャロルだけだった。そのため、政府の指示で争奪戦が起きぬように物心つく前に婚約者を決められてしまった。キャロルには最初から結婚相手を決める権利を奪われてしまった。

 キャロルがいつも読んでいる本は、実用的なものもあるが小説はいつも恋愛小説ものばかりだった。もう自由な恋愛なんて望めない境遇なので、想像の世界だけで恋愛をしていたわけだ。

 その日読んでいたのは「奪われた花嫁」というもので、結婚直前に誘拐された令嬢が犯人と逃避行しているうちに恋をしてしまうというものだった。この時、クライマックスシーンに差し掛かっていた。一緒に逃避行し新婚旅行をしているように偽造していたが、ついに捜査当局に居場所がばれて包囲されているところだった。

 「なにしているのよ、警部は! 彼女が好きな人を捕まえようとするなんて、どうにかしているわ!」

 キャロルは主人公になりきっていた。実はキャロルには誰かに奪ってほしいという願望があった。婚約者のギャルソンが自分に興味ないのは思春期を迎えたころに気が付いていたからだ。その前も年に何度も合うのに幼馴染とも呼べないような態度で、いつも話が盛り上がるのは親同士だけだった。親からすれば婚約しているのだから、成長すれば互いに意識するだろうぐらいにしか考えていなかったようだ。

 キャロルの父は産業振興省という役所の官吏でギャルソンの父が経営するモルトケ商会と半ば癒着していた。癒着といっても政策遂行のために協力しているだけなので、リベートといった賄賂は受け取っていなかったが、おそらくキャロルが結婚すれば天下りでモルトケ商会の重要ポストに就くというのは既定事実だと知っていた。それを知らないのは学校の成績も低空飛行をしているギャルソンぐらいだった。

 「ねえ、キャロル! いつものお楽しみなんだね!」

 そう声をかけてきたのはキャロルの数少ない友人のセイラだった。彼女は同じ官舎に住むので幼いころから知っていた。

 「もう! いま良いところなのよ! もうすぐ休憩時間が終わるからしかたないわね」

 キャロルは本にシオリを挟んでカバンに入れた。

 「ごめんね! 頼まれちゃったのよ! カイパーさんに」

 カイパーとはサブリナの苗字だ。このクラスでは学級委員をしているので、女子の中では一目置かれていた。

 「カイパーさんが? 何の用かしら?」

 キャロルは嫌な予感がした。彼女が勝手にライバル視していると分かっていたから。もちろん原因はギャルソンだと。いつもギャルソンが一緒にいるのはサブリナなのはクラスの全員が知っていることだ。キャロルとギャルソンが婚約者同士という事を知っているのは当事者を除けば二人だけだった。

 「いつものことじゃないのよ? あの人はキャロルが自分をイジメているっていいふらしているそうよ。そんなはずないのにねえ。本当にどうにかしているわね」

 セイラはそういうと耳元でささやいた。

 「一層の事、あげちゃなよ! モルトケを! あんな出来損ないなのに金持ちだからと威張っている男なんか!」

 そういわれキャロルは複雑な気持ちになった。本当に出来るのならそうしたいと。婚約者なんて立場は捨てたいと! あんな自分に無関心な男は! こっちは男を避けるように努力しているというのに!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...