【中編小説集】婚約破棄して”ざまあ!”になった人々の話

ジャン・幸田

文字の大きさ
上 下
17 / 54
王子の真実の愛の真実

11

しおりを挟む
 フラマン王国最期の日、ヴィルヘルムとジェーンは囚人護送用の馬車に乗せられ旅立った。フラマン王国及び三か国から永久追放されるために。皮肉にも囚人護送に使われた車両はキャサリンが北の刑場に連れていかれたものと同じだった。あの時と違うのは護衛がついていたぐらいであるが、それは脱走させない為であるとともに、とりあえず生きて追放させるためでもあった。実際、不利益を被ったフラマン王国の民から敵愾心を持たれ隙あらば殺害しようという輩も数多かった。

 馬車が出発したのは夜明け前の暗闇のなかであったが、二人にしてみれば深い後悔以外になにも考えられなかった。通常、王族ないし貴族が罰せられても平民落ちするものであるが、二人は平民ですらなかった。もちろん奴隷ではなかったが、どの国にも属していない無国籍者になった。二人はこれから自分が新たに属すことが出来る土地を探せなければならなかった。

 農民なら新天地を探すだろうし、商人なら新たに商売ができる場所をさがすだろうし、職工なら雇ってもらえる工房をさがせばいい。しかし二人は特権階級として民に支えられ生きてきたから、そういった生活力は皆無だった。特にヴィルヘルムは次期国王としての帝王学すら不熱心な態度だったから、庶民のように生活するのは難しいといえた。

 「とりあえず、ここからトリニティ王国です。ここでは休憩で降りることは許されていませんので、食事も用を足すのも馬車のなかでしてください。オマルは衝立に囲まれたところにありますから」

 二人に同行している弁護人のチェスターはそういった。彼は二人の為であるとともに、間違いなく追放されたことを確認し報告する任務もあった。チェスターには二人をどこで追放するのか決めることを任されていた。だから追放先の情報はなにもいう事はなかった。

 馬車はトリニティ王国の王都に入った。そこはフラマン王国の王都よりも荘厳で相当繁栄していた。それでもキャサリンの父王が亡くなったころよりも衰退していたというから驚きだった。王都の小高い丘の上に巨大な壁のような王宮があった。そこの主はもちろんキャサリンだった。ほんの少し前まで婚約破棄されたばかりか処刑を命じられたキャサリンは国王となり、婚約破棄を決めた王太子は全てを失い国さえも滅亡させた。それを思ったらヴィルヘルムは虚しくなった。こんなことになるなら・・・なにをすべきだったというのか、理解も想像もできなかった。

 トリニティ王国の王都を走る間、人々から罵声を浴びせられ、さらには馬車の進路方向にわざと家畜の排泄物を用いた堆肥がまかれるなどの妨害をうけ、二人の気分はさらにおちていった。王都を過ぎると安心したものの、さらに馬車は悪路続く原野を右に左と揺られたため、夕方が過ぎるころには二人ともぐったりしていた。夜になると野営したが、二人が馬車から降りるのは認められず、チェスターだけがどこかに行ってしまった。しかも馬車の中にはいつも短刀がおかれていた。その短刀は自決用のものだった。死にたければ死になさいという意味のようだった。でも二人はそんな気持ちになることはなかった。

 馬車がそんなことをして五日目の事だった。名前も聞いたことのない国の町に止まったとき、チェスターはある提案をした。

 「ジェーンさん。あなただけが選択できます。こちらのヴィルヘルムと一緒になりたいですか? もし一緒になりたいのなら、ここで二人降ろします。いかがですか?」

 もし、この質問をヴィルヘルムに選択権があれば確実に一緒にいたいといっていたはずだ。なんだってジェーンは真実の愛の相手であるはずだし、自分の未来を捨ててしまった原因だから。ここまで、一言もしゃべらなかったジェーンの返答は明確だった。

 「ここで一人でおります! 真実の愛なんて形のないものに拘る男と生きていくのは無理ですから!」

 ジェーンはそういうと馬車から降りた。その先にはその国の役人が待機していた。

 「ジェーン、それはないだろう! 俺の元から去らないでくれ!」

 ヴィルヘルムは泣きながら暴れたがチェスターにねじ込まれてしまった。扉が閉まった直後に馬車は走り出した。そしてヴィルヘルムは本当に全て失ってしまった。彼が持っていた王太子の地位も婚約者も、そして真実の愛の相手だと思っていた女性も全て失った。全てを失った愚かな男を乗せ馬車は再び荒野を走り続けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...