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16 姉とお祓い

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 VTRは、番組として編集されているものだった。ちゃんと音がつき、テロップもある。地方のアナウンサーのような、きれいだけどあまり印象に残らない女性が姉の紹介をした。

『こちらが、現役中学生で美少女霊能力者として有名な、サカキ スイちゃんです。今日は、過去に殺人事件があったという、廃屋に来ています』
『こんにちはー』

 久しぶりに動いている姉の姿を見た。何歳の時だろうか。植物状態になった時よりも一回り小さい印象。

『何か感じますか?』
『うーん……まだですね』

 カメラマンとアナウンサー、お笑い芸人らしい男は、ざくざくと無遠慮に廃屋の中に入って行く。姉だけは不自然に玄関の真ん中を避けた。

「うわ……」

 サハラが横で顔を顰めた。

「何か見える?」
「うん。玄関におばあさんが座ってたよ。あの男の人が踏んだけど、すり抜けた。お姉さんには見えたみたいだけど……避けて行ったもの」

 家の中には生活感が丸出しで残っている。入ってすぐの居間らしい部屋には、ちゃぶ台に皿が載ったままだ。半分めくれた布団。台所には、鍋がコンロにかけられている。カメラは二階をさす。

『二階でこの家に住んでいた女性が殺害されたということです』

 みしみしと階段の音。それとは別に、家鳴りのような、パキッという音が時々入っている。登りきってすぐに、和室。

「いる」
「どこに?」
「あの和室から覗き込んでるよ、血まみれの女の人」

 カメラは意に介さず、部屋の中を映す。アナウンサーと芸人が続く。

『スイちゃん?』

 姉は斜め上を凝視している。ちょうどサハラが指さしたところだ。

『いますね』
『えっ! いるんですか? カメラさん!』

 カメラがぱっと空中を撮影する。

「見える?」
「もうそこにはいないよ。今、たぶん殺されて倒れたとこなのかな、床に寝そべってるよ」

『あっ! どうしたの⁈』

 アナウンサーの声。カメラにスタッフらしい女性が蹲っているのが映る。

『すみません……』

 急にスタッフが体調不良を訴える、とテロップが入る。

『スイさん……』
『霊障かも知れません。出ましょう』

 画面はロケバンの中に切り替わる。

『今、スイさんがスタッフの状態を確認しています』
『今から、除霊が始まるようです』

 姉は項垂れるスタッフの隣の席に座り、肩に手を回すとおもむろに九字を切った。

『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 はっ!』

 バシンとスタッフの肩を叩くと、スタッフは顔を上げ、『急に楽になりました』と言った。

『この時撮影された写真に、いくつかの怪現象が確認された……』

 何枚かの写真が映し出される。白い丸いものがオーブであるとして、赤丸がつく。

「これって?」
「私、オーブの写真はゴミの写り込みに見える。何も感じない」
「俺もそう思う」

『撮影中、倒れたスタッフは霊感が強く、女性とシンクロしたために取り憑かれたものと思われる。この後、スタッフは何事もなかったが、軽い気持ちで心霊スポットなどに行くべきではない……』

 黒字におどろおどろしい白字でそんな字幕が現れ、VTRは終わった。



「あのスタッフ、取り憑かれてた?」
「取り憑かれてなかったと思う……イチくんにも見えなかったでしょ?」

 見えなかった。ユーレイクラスでも神様クラスでもない。しかも……。

「イチくんはお祓いの時、ああいうのしないよね?」

 そう。九字を切るのはやらない。じいちゃんがやっているのも一度も見たことはない。これは十中八九……

「やらせ」

「……だね」

 多分姉には、ちゃんと霊が見えていたはずだ。サハラの見ているものと動きが一致する。でも、テレビ用にシナリオ通り演じている。どう言うことなんだろう。

 ただ、スズシロが姉に冷たい理由がわかったような気がした。白羽様がこんな「目」の使い方を喜ぶわけがない。







 メモを見ながら、電話機の番号を押す。カタカタとどこかに回線が繋がる。2回目のコール音で誰かが出た。

「はい。こちら抄照しょうじょう神社社務所です」
「こんにちは、俺……ぼく、白羽神社の、サカキです。サカキ伊邇イチカ。ば、万世さんはいま…いらっしゃいますか」
「ああ、イチカくんかな。少々お待ちくださいね」

 しばらく保留音が流れる。ついにここに電話してしまった。でも他に、イチカには一人もいない。自分と姉に繋がる人が、もう。

「おお、イチカくんかね」

 この「後見人」の人以外は。

「すみません、突然。ちょっと、姉のことを伺いたくて」
「……うん、いいよ。なんでも言ってごらん」

 おじいさん(万世さん)は、イチカのたどたどしい質問にひとつひとつ答えてくれた。

「そう。君とお姉さんは、血が繋がってない。というか、昭衛さんの奥さんが、子どもができずに亡くなったんで、神社を継ぐ子がいるってことで、よそから君とお姉さんを家に入れたんだな」

 電話口だったけど、これにはびっくりして変な声が出てしまった。じいちゃんと血はどっかで繋がっていると思っていた。

「お姉さんはね、小さい頃から色々見えたもんで、修業というかな、まあ、預けられたんだね。普通の生活が難しいってことで。だから正式に養子に入ってるのは君だけ」
「姉は、お祓いとかしていた?」
「できるわけない。そんな簡単に。ただ見えるし声も聞こえちゃうから、騒がれてね。母親がすっかりその気になって、色々。テレビ出てみたり、なんか怪しい雑誌の、景品の監修だかなんかやってみたり」
「あの」
「うーん?」
「なんで姉は、意識を無くしたんですか?」
「それはね、わかんないよ。詳しいことは多分、昭衛さんにしかわかんないと思う。まあ……潰れちゃったんだね」

 潰れた。

「君は、どう? 今、もう、見えてるでしょ」

 どきっとした。

「……はい」
「うんうん。辛いこと、怖いことあると思うけど、君はね、ご縁があるから大丈夫。また電話して来なさい」
「はい」

 お礼を言って、電話を切った。誰とも血が繋がってなかったってことが驚きすぎて、頭が追いつかなかった。

 ──俺って最初から、一人だったんだ……。

「イチくん、夕飯何にする?」
「………」
「イチくん?」

 台所から声を掛けていたサハラが、居間をちょいと覗いた。

「ん? イチくん?」

 ポニーテールが揺れる。口角が上がっている。

「……カレー」
「いいね。最近作ってなかったね。野菜切るの手伝って。掃除先にする?」

 君はね、ご縁があるから大丈夫。

 今も、ひとりではない。








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