9 / 22
09 同居と家事
しおりを挟む
翌朝、イチカは起き抜けで、姉の昔の服を着た彼女を神社に連れて行ってお祓いをした。そしてお札を袋に入れて持たせた。
「ほんと、ごめん」
「謝らなくていいんだけど。家の人は? 心配するんじゃね? 連絡した?」
「大丈夫。したした」
風邪でも引くかなと思っていたけど、彼女はすっかり元気になっていた。唇の色も薄紅色で、白い肌によく映えている。
「きれいになった感じする?」
彼女に憑いていたものがどんなものなのか、神様クラスしか見ることのできないイチカにはわからなかった。何件もお祓いをしてきたけど、本当に祓えたのかどうなのか実際はわかっていない。スズシロもそんなことをいちいち教えてはくれない。
彼女がふと、うつろな目をした。
「きれいに……そんなの、ならないよ」
「あ、失敗した? ごめん、俺さ、まだお祓い始めて2ヶ月くらいだから……」
「あ! 違うの。ごめんごめん。怖いやつだよね? うん、全然なくなったよ」
「そっか。良かった」
「あのね、イチくんがよければなんだけど、しばらく……ここで暮らしていい? 何でもするから。掃除でも洗濯でも、なんでも」
「へ?」
突然の話に、耳に入ってきた言葉の意味がどんどん素通りして行った。何? ここで?
「ここに、住ませてもらえない? ほんとに、何でもする。私、なんでもできるから」
「住む? うちに?」
「そう」
冗談を言っているようには見えなかった。むしろ切羽詰まっている感じ。
「俺はいいけど……家の人は?」
「ほんと⁈ ありがとう! すぐ、勉強道具と着替えとか取ってくるね!」
彼女はそう言うと、ぱっと身を翻して走って神社を後にした。スズシロが入れ違いにふっと現れた。
『いいな。助かった。今度からあの娘を使え』
「は? 何に」
『お祓いの時の、依頼人の案内だ。瑞のスーツがあるだろう。あれを着せればまあ、中学生には見えないんじゃないか』
「えっ! さすがに無理があるだろ」
『ではあの娘に手伝えることなんかないぞ。あの娘の霊格を上げてやるんじゃないのか』
「ていうか、いいのかな? そんな、一緒に住むなんてさ」
スズシロはまたフンと鼻を鳴らした。
『百年前ならお前たちなんてとっくに働いている年頃だ。家庭を持ち子を成していた者もいた。別に驚くことではない』
「令和では驚くんだよ!」
『まあ、問題になるようならなんとかしてやる。しかしお前たちは幼いな。そんなことも自分の責任でできないとは』
小一時間もしないうちに、サハラさんは大きな黒いバッグに、ぎゅうぎゅうに服やら何やらを詰めて、息を切らして戻ってきた。
「すごく急いだから……足りないかも」
「大丈夫?」
「いいわ。大丈夫。少しだけどお金も持ってきたし。ねえ、それで私、何をしたらいい?」
「あー……と、そうだな……。とりあえず、姉のお見舞いに行かないといけないんだ。洗濯物とか引き取って、洗ったのを置いてこないといけなくて。週に何回か、俺の代わりに行ってもらえたら助かる。あと、境内の掃除。これは朝晩。掃き掃除だな。社の中は俺がやるから。それとお祓いとかの手伝いを頼んでもいいかな? お客さんの案内なんだけど、客間から本殿に連れてきてほしいんだ」
「それだけ?」
「あと家事も分担して欲しい。特に掃除。こっちの家もでかいだろ? 大変なんだ」
「それでいいの?」
「やってもらえればかなり助かるよ。今、全部俺一人でやってるんだよ」
サハラさんはほっとした顔をした。早速家のあれこれの分担を作って、お客さんが来た時のシミュレーションをした。
「イチくん、こんなことしてたんだ」
「サハラさんは? 家事とかできるんだ? なんでもできるって言ってたけど」
「サハラでいいよ! さん付けなくて。だってうち、ママもすぐどっか行っちゃうんだもん。一人で何とかしないと、着る服も食べるものもなくて」
テレビが一階の居間にしかないから、自然と二人でいた。ケーブルをつなぎかけのゲーム機を見つけたサハラが、やりたいと言うから2人でやった。どきどきしなかったといえば嘘だけど、イチカはなんとなく、本当になんとなく、姉ちゃんが目を覚ましたらこんな感じだったかも知れない、と思った。
似てないし、姉ちゃんはもっとこう、いつもせかせかと忙しそうにしてたけど。
「ね。お姉さんて、なんの病気で入院してるの?」
「病気じゃないんだ。意識を無くして、そのまま。ずっと寝たきり」
「え……事故とか?」
「まあ、そう。土日のどっちかと、平日二、三日姉の所に行ってるんだ。明日一緒に行く? ちょっと怖い?」
「行く」
お風呂とトイレが別だから、一緒にいてもそんなにサハラを意識する機会がなくて助かった。
ご飯の時や、イチカの服をサハラが干してるのを見た時なんかは(洗濯は彼女がやりたいと強く希望した)、なんだか不思議な気分にはなった。
そして月曜日が来た。サハラにはじいちゃんが持っていた鍵を渡して、彼女が出たしばらく後でイチカが家を出る。こうしてみると、同居というのはあまり難しいことではなかった。ただ気をつけるだけだ。ヨーヘーや友達が来る時は彼女のものをしまうこと。一緒に出かける時は時間をずらすこと。プライバシーを守り合うこと。
放課後、病院に2人で行った。受付の事務員さんがちょっと目を細めた。
「えーと、姉の友達……あ、親戚にする? イトコとか」
面会者用の記入用紙に適当に書いてもらい、病室に入る。
個室の隅に、黒いモヤがかかっている。イチカに見えると言うことは、神様かそれに近い何かということになる。サハラには見えないんだろうが。
「ここに洗濯物があるから……」
サハラの方を振り向くと、サハラは病室に入れずにいた。目が合う。彼女は首を横に振る。見えてるのか?
「あー……あの黒いの?」
こくこくと頷く。あれはサハラにも見えるのか? どういうことなんだろうか。後でスズシロに聞いてみないと。洗濯物を取って、持ってきた新しい服やタオルを入れる。
「じゃーな、姉ちゃん」
手を振って病室を出るが、サハラはまだ青い顔をしていた。もしかしたら、サハラの目にははっきり見えるようなモノだったのかも知れない。サハラは、ごめんね、と言ってイチカの腕に軽く腕を絡めた。
「こ、怖い。ちょっとこうさせて」
「そんなに? 俺には何か黒いモヤにしか見えなかった」
「そうなの? 私には……」
サハラはそこで口をつぐんで、帰りのバスを待っている間、ずっと黙り込んでいた。
「ほんと、ごめん」
「謝らなくていいんだけど。家の人は? 心配するんじゃね? 連絡した?」
「大丈夫。したした」
風邪でも引くかなと思っていたけど、彼女はすっかり元気になっていた。唇の色も薄紅色で、白い肌によく映えている。
「きれいになった感じする?」
彼女に憑いていたものがどんなものなのか、神様クラスしか見ることのできないイチカにはわからなかった。何件もお祓いをしてきたけど、本当に祓えたのかどうなのか実際はわかっていない。スズシロもそんなことをいちいち教えてはくれない。
彼女がふと、うつろな目をした。
「きれいに……そんなの、ならないよ」
「あ、失敗した? ごめん、俺さ、まだお祓い始めて2ヶ月くらいだから……」
「あ! 違うの。ごめんごめん。怖いやつだよね? うん、全然なくなったよ」
「そっか。良かった」
「あのね、イチくんがよければなんだけど、しばらく……ここで暮らしていい? 何でもするから。掃除でも洗濯でも、なんでも」
「へ?」
突然の話に、耳に入ってきた言葉の意味がどんどん素通りして行った。何? ここで?
「ここに、住ませてもらえない? ほんとに、何でもする。私、なんでもできるから」
「住む? うちに?」
「そう」
冗談を言っているようには見えなかった。むしろ切羽詰まっている感じ。
「俺はいいけど……家の人は?」
「ほんと⁈ ありがとう! すぐ、勉強道具と着替えとか取ってくるね!」
彼女はそう言うと、ぱっと身を翻して走って神社を後にした。スズシロが入れ違いにふっと現れた。
『いいな。助かった。今度からあの娘を使え』
「は? 何に」
『お祓いの時の、依頼人の案内だ。瑞のスーツがあるだろう。あれを着せればまあ、中学生には見えないんじゃないか』
「えっ! さすがに無理があるだろ」
『ではあの娘に手伝えることなんかないぞ。あの娘の霊格を上げてやるんじゃないのか』
「ていうか、いいのかな? そんな、一緒に住むなんてさ」
スズシロはまたフンと鼻を鳴らした。
『百年前ならお前たちなんてとっくに働いている年頃だ。家庭を持ち子を成していた者もいた。別に驚くことではない』
「令和では驚くんだよ!」
『まあ、問題になるようならなんとかしてやる。しかしお前たちは幼いな。そんなことも自分の責任でできないとは』
小一時間もしないうちに、サハラさんは大きな黒いバッグに、ぎゅうぎゅうに服やら何やらを詰めて、息を切らして戻ってきた。
「すごく急いだから……足りないかも」
「大丈夫?」
「いいわ。大丈夫。少しだけどお金も持ってきたし。ねえ、それで私、何をしたらいい?」
「あー……と、そうだな……。とりあえず、姉のお見舞いに行かないといけないんだ。洗濯物とか引き取って、洗ったのを置いてこないといけなくて。週に何回か、俺の代わりに行ってもらえたら助かる。あと、境内の掃除。これは朝晩。掃き掃除だな。社の中は俺がやるから。それとお祓いとかの手伝いを頼んでもいいかな? お客さんの案内なんだけど、客間から本殿に連れてきてほしいんだ」
「それだけ?」
「あと家事も分担して欲しい。特に掃除。こっちの家もでかいだろ? 大変なんだ」
「それでいいの?」
「やってもらえればかなり助かるよ。今、全部俺一人でやってるんだよ」
サハラさんはほっとした顔をした。早速家のあれこれの分担を作って、お客さんが来た時のシミュレーションをした。
「イチくん、こんなことしてたんだ」
「サハラさんは? 家事とかできるんだ? なんでもできるって言ってたけど」
「サハラでいいよ! さん付けなくて。だってうち、ママもすぐどっか行っちゃうんだもん。一人で何とかしないと、着る服も食べるものもなくて」
テレビが一階の居間にしかないから、自然と二人でいた。ケーブルをつなぎかけのゲーム機を見つけたサハラが、やりたいと言うから2人でやった。どきどきしなかったといえば嘘だけど、イチカはなんとなく、本当になんとなく、姉ちゃんが目を覚ましたらこんな感じだったかも知れない、と思った。
似てないし、姉ちゃんはもっとこう、いつもせかせかと忙しそうにしてたけど。
「ね。お姉さんて、なんの病気で入院してるの?」
「病気じゃないんだ。意識を無くして、そのまま。ずっと寝たきり」
「え……事故とか?」
「まあ、そう。土日のどっちかと、平日二、三日姉の所に行ってるんだ。明日一緒に行く? ちょっと怖い?」
「行く」
お風呂とトイレが別だから、一緒にいてもそんなにサハラを意識する機会がなくて助かった。
ご飯の時や、イチカの服をサハラが干してるのを見た時なんかは(洗濯は彼女がやりたいと強く希望した)、なんだか不思議な気分にはなった。
そして月曜日が来た。サハラにはじいちゃんが持っていた鍵を渡して、彼女が出たしばらく後でイチカが家を出る。こうしてみると、同居というのはあまり難しいことではなかった。ただ気をつけるだけだ。ヨーヘーや友達が来る時は彼女のものをしまうこと。一緒に出かける時は時間をずらすこと。プライバシーを守り合うこと。
放課後、病院に2人で行った。受付の事務員さんがちょっと目を細めた。
「えーと、姉の友達……あ、親戚にする? イトコとか」
面会者用の記入用紙に適当に書いてもらい、病室に入る。
個室の隅に、黒いモヤがかかっている。イチカに見えると言うことは、神様かそれに近い何かということになる。サハラには見えないんだろうが。
「ここに洗濯物があるから……」
サハラの方を振り向くと、サハラは病室に入れずにいた。目が合う。彼女は首を横に振る。見えてるのか?
「あー……あの黒いの?」
こくこくと頷く。あれはサハラにも見えるのか? どういうことなんだろうか。後でスズシロに聞いてみないと。洗濯物を取って、持ってきた新しい服やタオルを入れる。
「じゃーな、姉ちゃん」
手を振って病室を出るが、サハラはまだ青い顔をしていた。もしかしたら、サハラの目にははっきり見えるようなモノだったのかも知れない。サハラは、ごめんね、と言ってイチカの腕に軽く腕を絡めた。
「こ、怖い。ちょっとこうさせて」
「そんなに? 俺には何か黒いモヤにしか見えなかった」
「そうなの? 私には……」
サハラはそこで口をつぐんで、帰りのバスを待っている間、ずっと黙り込んでいた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
追っかけ
山吹
ホラー
小説を書いてみよう!という流れになって友達にどんなジャンルにしたらいいか聞いたらホラーがいいと言われたので生まれた作品です。ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる