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01 孤独と訪問者
しおりを挟む【とほかみゑみため】
神道において最も重要とされる唱え言葉の一つ。祝詞の一種。
漢字表記は当て字。意味は諸説ある。
祖父が死んだのは、正月明けの夕方だった。
イチカがいつもの通り、狭い境内を箒で掃き終わって、濡れ縁に座っているじいちゃんに声を掛けたが返事がなかった。眠っているんだろうと思って肩を揺すると、じいちゃんはそのまま奥にひっくり返った。脳溢血だった。場所が良かったのか悪かったのか、苦しまずに一発で亡くなったようだった。
そもそも両親がおらず、姉が一人いたが入院していて、祖父と小さな神社を守って暮らしていたイチカは、あまりに突然すぎて、悲しいとかよりも明日からどうしようと困惑した。
ひどい孫だと思う。
──だって俺は七月に13歳にやっとなって、未成年もいいところだ。誰が……
──誰が俺をこれから守ってくれるんだろう。
じいちゃんが死んでしまうと、じいちゃんの友達という人(これもまたすごい年取ったおじいちゃんだった)がやって来て、神葬祭(※神道における葬儀)を全部やってくれた。
事務員さんぽいおばさんを連れてきて、玉串料とかの件はもちろん、うちのお金や通帳を全部イチカに見せて、全部説明してくれ、その説明してくれたことをすべてパソコンで文書にして置いていってくれた。
このじいさん(万世さんというらしい)が今後はイチカと姉の後見人になってくれるということも聞いた。じいちゃんとどんな関係の人かはわからない。事務所みたいなところの電話番号を渡され、何かあったらここに電話をすること、ときつく言われた。
そしてイチカは、一人で神社と家を守ることになった。
それからは淡々と過ごした。
じいちゃんが生きていた時と同じように境内を毎朝毎晩掃き清め、神社に詣でた。学校にも行った。それしかしようがない。
正月明けに死んでくれて良かった、というのが正直なところだった。お守りや御朱印帳への記入なんてできなかった。来年はどうしたらいいのか。
「よう! イッチ」
「ああ。おはよ」
「元気出せよ! もう春休みになるんだ、ゲームしにこいよ、来年は受験なんだしさ」
友達の洋平が気にかけてくれているのはわかっていた。友達というか、小学校からの持ち上がりなので幼なじみということになる。イチカが一人きりになってから、なるべく家に招いてくれたり、家に来てくれたりする。たまにうざいと思うときもあったが、気は紛れた。
「今週末! スマプラの相手してくれよ」
「今週末はだめなんだ。じいちゃんの五十日祭の打ち合わせで」
「何それ?」
「仏教の四十九日だよ。神道だと五十日祭って言うんだ」
「へえ~」
もうそんなになるんだ。神道では五十日祭を終えれば、魂は神界に入って神になることになっている。
気持ちがどこかふわふわしたまま授業を終えて、今度は病院へ行く。
北橋病院の306号室。
田舎の病院だから、受付に行けば事務員さんがにこりと微笑む。顔見知りだ。イチカはいつも手ぶらでその病室に入る。じいちゃんはいつも果物やらおかしやらを持ってきていたな、とちょっと思い出す。
「姉ちゃん」
姉の瑞はもう3年ほど眠ったままだ。
植物状態。原因は不明。こうなる前までは、有名な美少女霊能力者だった。イチカはそれをずっと馬鹿にしていた。美少女とか。自分で言う? 幽霊なんかいない。それでも撮影隊が来て姉のお祓いを撮影して行ったりした。
そして姉は、凄い呪いを受けた人を祓おうとして、代わりにそれを被ってこんなことになってしまった、らしい。じいちゃんからそう聞いた。
まだ信じてはいない。両親も、ちゃんと聞いたことはないけど要するに早死にだったんだろ。血筋じゃねえの。じいちゃんだって60何歳で脳溢血だ。脳の血管に欠陥がある一族なんだろ……。
イチカはぴくりとも動かない姉の前に座って、頭の中で話しかけた。
──なあ。霊だの呪いだの、俺は中二になるけど厨二病にかかってる暇はねーんだよ。姉ちゃん、俺たちはほんとに俺たちだけになったんだよ。起きてくれよ。
「………」
返事は返らない。もう3年だ。5歳年上の姉は15歳のまま、時が止まっている。
──さあ。俺は一人で歩かなければ。
バスから降りて境内に着くと、誰かが参拝していた。
もう黄昏時だ。あまり人の来る時間ではない。イチカも早く掃除をしてお参りをしようと、ささっと裏から家に入った。作務衣に着替えて掃除をする。まだ誰かは神社の鳥居の内側、社殿の真前に立っている。何だろう。よほどのお願い事があるのか、作法がわからないのか。
ぐるりと掃除をして、いよいよその人の近くを清めないといけなくなった。仕方なく近づく。
「?」
白くて、ぶかぶかの服を着た人だと遠目には思っていた。でも近寄ってみると少し違う。白いフード付きの服と見えたのは、白地の服に長い白い髪だと分かった。
──お年寄り? ボケ老人の徘徊か?
サルエルパンツかと思っていたのは、袴。肩のあたりがいかっていると見えたのは、裃の袖………
ぞっとした。コスプレ? 変な人? でも掃除をしないわけにはいかない。神様の真前を清めないなんてできない……。下を向いてざっと掃いた。近づく。白い足袋、草履だ。すっと横にその足がどいた。ほっとしつつ、急いでそこを清める。じいちゃんが生きていたら、お礼を言いなさいと怒られる、と一瞬思った。そしてそれでイチカは、恐る恐る、目を上げた。
怖い、というのが第一だった。白髪。背中の半ばまで来る、豊かな白髪だ。白い裃と袴。肌の色も真っ白。そしてその顔には………
なんとも言えない不思議な化粧をしていた。
真っ黒な太い線が、両目と鼻筋を繋いで塗りつぶしている。黄昏時の薄闇で、まるで顔の真ん中にTの字に穴が開き、そこに目だけが浮かんでいるように。
この人は、ヒトじゃない
直感だった。認識した瞬間、箒を掴んだまま家に走り込んでしまった。なんだ? あれは? 何だ??
部屋に入って全部の部屋の電気を付け、鍵がかかっているか、窓という窓を確認した。夕方の参拝をしていない。でももう外には出られなかった。じいちゃんの霊璽(神道において位牌にあたるもの)をずっと手の届くところに置いて、テレビを大音量で付けて過ごした。その夜はうまく眠れなかった。
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