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第三章 

幸せな時間③

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 『先輩に描き直してもらう!』とお母さんに意気込んで言っていたけど、今となっては言いづらい。

「なんだ?」

 私が不自然に固まっていたのに目を止めて、先輩がいぶかしげに聞いてくる。

「あ……え、えっと……なんでもないです」

 やっぱり言わないことにして、首を振ったのに、先輩はこっちに来て、私の手許を覗き込んだ。

「俺の絵?」
「違うんです。えーっと……」
「いらないってことか」

 表情のない顔でそんなことを言うから、私は慌てて否定した。

「違います! そうじゃなくて……。この絵はすごく魅力的なんだけど、なんかさみしくて胸が苦しくなるっていうか、部屋に飾るなら、前みたいに幸せな感じがいいなーって、思って……」

 結局、言っちゃった……。

 先輩は私の手から絵を取り上げて、見つめていた。
 無言が続いた。
 表情がないからなにを思っているのかさっぱりわからない。

 わー、先輩、怒ってるのかな?
 どうしよう、せっかくいい雰囲気だったのに、余計なことを言わなきゃよかった。

 気まずくて、口を開こうとしたとき、先輩がぽつりと言った。

「…………そうだな。この絵は優には似合わない」

 そう言って、隅に歩いていくと、いろんな絵が重ねてあるところに、ポンと置いた。

「あのー、代わりの絵が欲しいんですけど。幸せを感じる絵が」

 取り上げられた形になってしまったので、図々しく言ってみる。だって、このままは嫌だ。

 私の言葉に振り返った先輩がじっと見てくる。やっぱり表情が読めない。

「…………描けるかどうか、わからない」
「どうしてですか?」
「幸せだと思った瞬間を描くのはなかなか難しい」
「じゃあ、私が幸せにします!」

 先輩が目を瞬かせた。
 プロポーズのような言葉になってしまって、慌ててつけ足した。

「幸せを感じることがいっぱいあったら、そんな絵が描けるかもしれないでしょ? だから、おいしいものを食べたり、楽しいことをして、幸せをいっぱい感じましょうよ!」
 
 そう言うと、ふいに先輩の目が甘く蕩けた。

「お前にはいっぱい幸せをもらっている。もう十分だ、優」

 ぽけーっと先輩を見つめてしまう。
 こんな先輩の甘い顔を初めて見た。
 …………幸せを感じてくれてたんだ。

「そ、そうなら、描けそうですよね!」
「そうかもな」

 ふっと微笑んで、先輩はイーゼルの方へ戻っていった。




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