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第一章 ― 優 ―

なにそれっ!④

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 ズンズン、ズンズン廊下を進んでいく。

 なによ! もうなんなのよ!
 適当でいいなんて!
 おせっかい優を舐めないでよね!

 心の中で盛大に文句を言いながら、足音荒く歩いていく。
 
 今まではデリケートな問題だからって遠慮していたけど、もう我慢しない。
 おせっかいを焼きまくるんだからね!
 土日だって、ご飯差し入れちゃうんだから!

 『俺に一生懸命になる必要はない』なんて……あるわよ!
 っていうか、遥斗先輩には今まで一生懸命になってくれた人はいないの? いるでしょ? そうやって拒否してきたの?
 事情はわからないけど、学校に住んで授業を受けなくても許される環境を作ってくれた人はいるでしょ?

 怒りながら歩いていると、生温かいものが頬を濡らしているのに気づいた。
 それをぐいっと手で拭う。
 それでも、あとからあとから溢れてきて、とうとう私は壁際にしゃがみこんで顔を覆った。



「佐伯……妹……?」

 顔を覆ってうずくまっている私に声がかけられた。
 この呼び方は……。
 目をごしごし擦って見上げると、やっぱり森さんだった。

 森さんは中学の野球部だったお兄ちゃんの後輩。今はニ年だ。後輩っていうか友達で、家が近いこともあって、しばしば家に遊びに来ていたので、顔見知りだった。
 いつも『佐伯妹』と私を呼ぶから、『優っていう名前があるんですけど!』と返すのがお約束になっていた。たぶん、硬派な彼は下の名前で呼ぶのが恥ずかしいんだろうな。

 お兄ちゃんがひとり暮らしを始めてから、当然家に遊びに来ることはなかったので、久しぶりに会った。
 高校でも野球部に入ったみたいで、野球のユニホームを着ている。
 声をかけてみたものの、泣いている私をどうしたらいいかわからないというように、凛々しい眉を下げて困った顔をしていた。

 だったら、声をかけなければいいのに。

 私も気まずくて、言葉が見つからない。

「なんて顔してるんだよ。ほら」

 森さんは短髪をガシガシ掻いたあと、しゃがみこむと、首にかけていたタオルで、私の顔を拭いてくれた。

「わっ、汗くさいよー!」

 私が抗議すると、「悪かったな。それくらい我慢しろよ」と赤くなる。

「で、どうしたんだ?」

 森さんが横に座って話を聞いてくれる体勢になったけど、自分でもなんで泣いていたのか、いまいちわからない。
 代わりに聞いてみた。

「森さんって、久住遥斗先輩を知っていますか?」
「ゲッ、お前、すごいヤツに惚れたな……」

 私の質問に森さんは目を剥いた。
 私が遥斗先輩に失恋したと誤解したらしい。

「ち・が・い・ま・す!」

 私は全力で否定した。

「なんだ、違うのか。泣いてて、その名前を出すからてっきり…」

 森さんは拍子抜けしたような顔をする。

「すごいヤツって言うことは、知っているんですね」
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