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【番外編】

理人⑫

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「それで、状況が変わった今はどうだ?」

 腕の中の葉月を覗き込んで聞くけれど、葉月は目を逸らして、つぶやいた。

「わかりません。もうどうしたらいいのか」

 途方に暮れたような彼女に重ねて問う。

「お前の望みは?」

 俺だと言ってくれ!
 そう願うのに、葉月は黙って首を振るだけだった。

(なに葉月に言わせようとしているんだ、俺は。そうじゃない。口説くんだろう?)

 葉月に会う前は、自信満々に口説き落とそうと考えていたくせに、いざとなると言葉が出てこない。

(ガキじゃあるまいし。恋愛ごっこは得意だっただろ?)

 可愛い、綺麗だ、なんて言葉は呼吸をするように出てくるくせに、求愛の言葉は使ったことはなかった。そもそも誰かを愛するようになるなんて思ってもみなかった。
 適当な言葉が告げられず、出てきたのは実に弱々しいセリフだった。

「葉月……。誰でもいいなら、俺でもよくないか?」
「え?」
 
 葉月が驚いた顔でじっと俺を見上げる。
 妙に照れくさくなって、視線を逸しながら言葉を追加する。

「今のまま継続するっていうのはどうだ?」

 婚約を継続して、ゆくゆくは……。
 肝心な言葉はないままに、願望だけ告げる自分のヘタレっぷりに愕然とした。

(こんなプロポーズを葉月は受けてくれるのか?)

 そんな俺の心中には気づかず、葉月はすがるような視線で俺を見る。

「でも、理人さんは本当に恨んでいないのですか? 私はお父様の仇みたいな会社の娘ですよ?」
「なんだ、そんなの気にしてたのか。相変わらず、真面目だな」

 今のところ、拒否はされていない。それどころか、葉月は俺に気を使っていたらしい。
 俺は破顔した。

「この間も言ったが、もう十年も前のことだ。恨んでないし、そもそもお前はこの件に一切責任はないだろ」
「でも……」
「真相を聞きたいか?」

 まずは葉月を納得させないと、話が進まないようなので、俺はしょうがないなと話し出した。

 親父の自殺に触れると、葉月が抱きついてきた。
 慰めようとしてくれているらしい。
 愛しさが募る。
 その頭に手を置き、葉月の髪を弄くりながら、話を続ける。

 つらかった過去も平然と語れるようになった。
 だから、葉月が胸を痛めることはない。
 そう思いながら、その後ろ髪を撫でる。
 抱きつく葉月が温かい。

 彼女が気に病むから、社長の関与は黙っておいた。
 だが、彼女がじっと耳を澄ませてくれるので、調子に乗って、言わなくてもいいことまで言ってしまった。

「………しゃべりすぎた」

 これじゃあ、同情してくれと言っているようなもんだ。情けない。
 そうじゃないんだ。俺はもっとスマートに葉月を口説けるはずだろ? 稀代のタラシと言われた俺の二つ名がかたなしだ。
 表情を見られたくなくて、葉月の髪に顔をうずめた。

 ピーッ

 電気圧力鍋の音に助けられて、俺はそそくさとキッチンへ逃げた。

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