大好きな義弟の匂いを嗅ぐのはダメらしい

入海月子

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婚活

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 一度、王宮から帰ってきたユーリスと玄関ですれ違った。
 濃紺のコートにブリーチズ、細かな刺繍の入った白いウエストコートをまとった正装のユーリスはとてつもなくかっこよかった。
 きっと王宮では女性の目を釘付けにしているはずだ。
 思わずうっとりと見とれていると、紫の美しい瞳に不審そうに見られた。
 
 私は今日も舞踏会で、瞳と同じ水色の光沢のあるドレスを身にまとい、銀髪を結い上げて、綺麗に化粧してもらっていた。
 それなりに見られるような姿になっていたんじゃないかしら。
 仕度をしてもらっていたときのことを思い出す。
 
「お綺麗です。これならどんな男性もイチコロですね」
「本当に見とれちゃうわ。アリステラ、婚活頑張りましょうね!」
 
 メイドが言うと、付き添ってくれていたお義母様もそんなことを言って励ましてくれた。
 大好きな人には嫌われちゃったけどね、と私は力なく笑う。

「本当に綺麗なドレスですね」

 綺麗な格好は好きだけど、一番見せたい相手には見てもらえないし、見せたところで冷たい目で見られるだけだろう。
 そう思って肩を落とした。

 実際、こうしてユーリスに会ってみると、やっぱり想像通りだった。チラリと見たあとは目を逸らされた。きっと関心がないんだろう。
 昔だったら、綺麗だと手放しで褒めてくれたのに。
 
「どこに行くんだよ」
「ファンデリン侯爵の舞踏会よ。エステル様が誘ってくれたの」

 私はお友達の伯爵令嬢の名前を出した。
 エステル様はうちにも来られたことがあるので、ユーリスも覚えがあったのかうなずいた。
 
「誰と行くんだ?」
「お義父様とよ」
「なんで僕に言わないんだよ」
「だって、ユーリスは忙しいでしょう?」
「まぁ、そうだけど」

 ユーリスはそれを聞くと興味を失くしたように、自室に向かった。
 そうよね。嫌いな相手がどうしようと関係ないものね。
 そんなことを思って、いちいち傷つくのは止めにしたいと溜め息をついた。
 
 舞踏会ではロッシェ侯爵の威光で、私はなかなかにモテた。
 ひっきりなしにダンスに誘われ、いろんな方と踊った。
 でも、ユーリスほど惹かれる匂いの方はいなかった。
 当たり前だ。ユーリスは私の特別なんだから。
 婚活をする間に、いくつか縁談が届いたようだ。

「どの方がいいんだ?」

 釣書を見せられて、お義父様に聞かれたけれど、ユーリスじゃなければ、私にとっては誰でもいい。
 お義母様に伝えたように後添えぐらいがちょうどいい。

「一番えらくて、ロッシェ家の役に立つ家柄で、できれば後添えを探している方にしてください」
「我が家のことは気にしなくていいんだよ?」
「いいえ、私には選べないので、そういう基準ならわかりやすいかと思って」
「それで言うと、リュクス公爵かな。ユーリスの職場の上司になる方だな。こないだの舞踏会でお会いしただろ? でも、この方はお前と十二も年上で、前妻とは死に別れた方だぞ? 三歳の息子さんがいて、その母親役がほしいらしい」
「リュクス公爵様は覚えております。感じのよい方でしたね。それに三歳と言ったら、私がここに引き取っていただいたときのユーリスの年齢ですね。あの時のユーリスは本当にかわいかったわ。今もかわいいですけど」

 私が当時を思い出して微笑むと、お義父様が同情のまなざしで見てきた。

「アリステラは本当にユーリスが好きだな」
「はい。大好きです。だから、少しでも役に立てたらうれしいです」
「本当にいいのか?」
「えぇ、リュクス公爵様との話を進めてください」
 
 気が進まないような顔をしながら、お義父様はしぶしぶうなずいた。
 これで、この家を出られる。
 ユーリスが誰かと恋をして結婚するのをそばで眺めなくても済む。
 胸がチクチク痛むのは変わりないけど、それだけは避けられると安堵した。


 *-*-*


 リュクス公爵様と顔合わせをする前日、落ち着かなかった私は、食堂で夕食をとるユーリスをこっそり盗み見ていた。王宮から返ってくるのが遅くなった彼は一人で食べていたのだ。

「なに? そんな壁から覗かれてたら気持ち悪いんだけど」
「ご、ごめんなさい」

 隠れていたつもりだったのに見つかってしまった。顔をしかめたユーリスに咎められ、私は立ち去ろうとした。
 
「アリステラ」

 久しぶりに名前を呼ばれて、振り返る。
 そういえば、いつからだろう、ユーリスが『義姉さん』と呼ばなくなったのは。

「なにか言いたいことがあるんじゃないか?」
「言いたいこと……」
「あるなら言えばいいじゃないか」
「じゃあ、あとでちょっとだけ時間をくれる?」

 最後にするから、ユーリスを補給させてもらえないかなと思ったのだ。
 今日は機嫌がよさそうだから、粘ればどうにかなるかもしれないと思った。話しかけてくれるくらいだもの。きっと。

「わかった。僕も話があったんだ。あとで僕の部屋に来て」
「うん!」

 元気よく返事をしたけど、もしかしたら、ユーリスの話って、例の誕生日のリクエストというやつかもしれない。考えてみたら、明日はユーリスが成人になる誕生日で、それまでに決着をつけようとリュクス公爵とのことを進めていたのだった。
 決定的なことを言われるのはつらいから、その前に私からさよならを言おうと思った。

 ユーリスが落ち着いたころを見計らって、彼の部屋を訪れた。

「それで、なに?」

 ソファーでくつろいでいたユーリスが私に目を向けた。
 なにげない姿が相変わらず美しくて見とれる。
 私に絵が描けたなら、この姿を写しとって、部屋に飾っておけるのに。その代わりに目に焼きつけておこう。
 そんなことを考えながら、口を開く。
 
「あの、ね……」

 昔はなんのためらいもなく抱きついていたのに、久しぶりにユーリスに面と向かうと、どうしていいかわからなくなった。
 もうすぐ成年の彼はすっかり男の人の顔と体になっていて、いつも見てきたのにまるで知らない人のようにも思えた。
 なんだか恥ずかしくなってきて、顔が熱を持ってくる。
 でも、今日を逃したら、ユーリスに二度と触れられなくなる。
 リュクス公爵様と縁談が進んでいるのに、義姉弟といえども男の人に抱きつくなんて不謹慎だから。
 
「あの……久しぶりに、ユーリスを補給させてもらえたらと、思って……」

 ためらいながらも、思い切ってそう言うと、奇跡が起こった。

「どうぞ」

 そう言って、ユーリスが両手を広げたのだ。
 顔はふてくされたようだったけど。
 二年ぶりだし、きっと義姉を哀れに思ってくれたんだわ。
 うれしくなって、その胸に飛び込んだ。

(あぁ、ユーリスだぁ。ユーリスの匂い)

 全身で抱きつくと、すっかり大きくなったユーリスに私はすっぽり包まれた。
 背中に彼の腕が回る。
 なんとユーリスも私を抱き返してくれた。
 感動に目が潤む。
 くんくんくん。彼の首筋に顔を摺り寄せる。

(あー、幸せ。これで生きていける)

 私はユーリスを心に刻みつけようと、ぎゅっとしがみついた。
 このままでいられたら、どんなに幸せだろう。
 でも、それはできない。
 しばらくユーリスを堪能すると、振り切るように顔を上げた。

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