大好きな義弟の匂いを嗅ぐのはダメらしい

入海月子

文字の大きさ
上 下
2 / 6

迷惑だったのね

しおりを挟む
(そっか、ずっと迷惑に思ってたんだ)
 
 はっきり言われてわかった。 
 きっと今ユーリスは反抗期なんだ、それが過ぎたら、また仲良くしてくれる。そう信じていたけど、それは私のとんだ勘違いで、単なる希望だったことに気づいた。 
 とっくの昔にユーリスは私が嫌いになってしまったようだ。
 最近、目が合っても、ふいっと逸らされる。
 照れてるのよと思っていたけど、本当に嫌なだけだったんだ。

「そっか。ごめんね、今まで。もうしない」
「あ……、アリステラ?」

 呼ばれたけど、胸が痛くて苦しくて答えられず、涙がこぼれないうちに急いで部屋に戻った。
 
 今まで、お義父様もお義母様も私も、将来はユーリスと結婚して、この家を盛り立てていくんだと思っていた。
 そもそも「大きくなったら結婚しようね」と言ってくれたのはユーリスなのに。私はうれしくて「うん、私もユーリスのお嫁さんになりたい」と抱きついたものだった。彼が十歳のときのことだけど。
 その約束にしがみついていた自分が情けない。

 そういえば、ユーリスの十八歳の誕生日になにが欲しいか聞いたら、物ではなくて当日にリクエストさせてほしいと言われていた。
 リクエストってなにかしらって、ドキドキしていたけど、今わかった。
 きっと私との結婚をなしにしてほしいと言うつもりなのだ。
 嫌いな人にベタベタされて、結婚すると思われて、どんなに嫌だっただろう。

(ユーリスはずっと我慢していたのね。)

 そう考えたら、申し訳なくてポロポロと涙があふれた。
 口もとを手で押さえたけど、嗚咽が漏れる。

(ごめんね、ユーリス……)

 もうすぐ二十歳になる私には婚約者はいなかった。
 お義父様がすべて縁談を断っていたから。
 ユーリスが成人するのを待って、私との話を進めるつもりのようだった。それも間もなくで、私は楽しみにしていた。
 でも――。
 ここまで本人に嫌われているようじゃダメね。
 もうここにはいられない。
 どこか嫁ぎ先を探そう。
 ユーリスと結婚できないなら、この家を出て一人で生きていきたいと思っていたけど、私が結婚しなかったら、きっと優しいお義父様たちもユーリスも気にするだろう。
 この歳ではもうそんなにいい相手はいないかもしれないけど、後添えでもいいから、なるべくロッシェ侯爵家にプラスになる結婚相手を見つけなくちゃ。
 私は心に決めた。

(だから、今日だけは泣いていいかしら……?)

 こらえきれず、わっと泣き伏した。


 *-*-*  

 
 翌朝、目がパンパンに腫れていた私は朝食を自室でとった。
 とてもみんなの前に出られる顔じゃなかった。
 お皿を片づけにきたメイドが、ユーリスが心配していたと教えてくれた。
 でも、その優しさはかえって残酷だとうつむいた。
 そんなことを言われると、また泣けてくる。
 
 午後になって、ようやく腫れも引いてきたので、お義父様に話して、婚活を始めることにした。
 誰かいい結婚相手をさがしてほしいとお願いすると、お義父様は首を傾げた。

「本当にユーリスが君との結婚を嫌だって言ったのか?」

 お義父様は不思議そうにしているけど、残念ながら、誤解しようもなく、私にもわかるくらいはっきり拒絶されたのだ。

「はい。私は迷惑な存在なんだそうです。だから……だから、ユーリスには素敵なお嫁さんを見つけてあげてください……」

 自分で言いながら悲しくなってしまって、目に涙が溜まる。必死でこぼれ落ちないように目に力を入れた。
 本当にいいんだなとお義父様は何度も確認してくれたけど、このままユーリスと一緒に暮らすのはつらいと言うと、気の毒そうな顔をして、了承してくれた。
 もう数年ユーリスのよそよそしい態度は変わらない。私を嫌いになったのは確実だし、それが翻るとは思えない。
 私が出ていくしかない。

「ユーリスがすまなかったね……。二人は想い合ってると思っていたのだが。それじゃあ、君にもいい相手を探そう」
「いいえ、いつもよくしていただいて、ありがとうございます。これが最後のお願いになるはずなので」
「最後だなんて、さみしいことを言うなよ。本当に残念だ。ずっと義娘としてここにいるものと思っていたのに。妻もさみしがるだろう」
「お義母様にもちゃんとお話ししますね」

 私はこのあと、お義母様のところにも行った。
 お義父様と同じ説明をしたら、涙ぐまれた。
 そして、「ユーリスをとっちめてやるわ!」と怒り出したので、慌てて止めた。

「いいんです! ユーリスは十分優しくしてくれました。結婚したくないと思われたのは私が悪いんですから」

 今思うと、ユーリスが好きすぎて、ベタベタしすぎたし、ドン引きされるようなことをいろいろやらかしていた。
 
(本当に自業自得だわ)

 苦笑するしかない。
 どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろうと、自分の馬鹿さ加減にうんざりする。

「ユーリスが悔しがるような素敵な相手を見つけてあげるわ! アリステラちゃんはこんなに可憐でかわいいんだから、引く手あまたよ」

 落ち込む私を励ますように、お義母様が言ってくれる。
 でも、私は首を横に振った。

「素敵な方じゃなくていいんです。できれば、若くなくて、後添えを探しているような方がいいんです」
「後添え!? どうして? やけにならなくてもいいのよ?」
「私、相手の方のことを愛せるか、自信がないんです。だから、後添えのほうが気が楽で――」
「アリステラちゃん……!」

 いきなり抱きしめられて、目を白黒させる。

「どうして!? こんなにかわいくて健気な子と結婚したくないなんて、ユーリスの見る目を疑うわ!」

 怒ったり泣いたり、また怒ったり、感情の変化に忙しいお義母様をなだめるのに一苦労した。くれぐれもユーリスを叱るようなことをしないでくれと頼んだ。
 ユーリスとのことは悲しいけれど、ロッシェ侯爵夫妻の温かさに改めて触れて、私はなんて幸運だったのかしらとしみじみ思った。
 
 それからは張り切ったお義父様やお義母様に連れられて、連日舞踏会に出席することになった。今まではユーリスがエスコートしてくれたけど、お義父様自ら私をエスコートしてくれる。
 
 ユーリスはもうすぐ十八歳だ。その頃から王宮に出仕することになるので、準備で王宮と屋敷を行き来して忙しくしていた。
 私は逆に王宮勤めをお休みさせてもらっていた。
 今後結婚相手によって、勤め続けられるかどうかわからなかったからだ。
 私たちはすれ違って、同じ家にいるのに、顔を合わせることも少なくなった。
 さみしかったけど、ユーリスの顔を見たら泣いてしまいそうだから、ちょうどよかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~

二階堂まや
恋愛
王女フランチェスカは、幼少期に助けられたことをきっかけに令嬢エリザのことを慕っていた。しかしエリザは大国ドラフィアに 嫁いだ後、人々から冷遇されたことにより精神的なバランスを崩してしまう。そしてフランチェスカはエリザを支えるため、ドラフィアの隣国バルティデルの王ゴードンの元へ嫁いだのだった。 その後フランチェスカは、とある夜会でエリザのために嘘をついてゴードンの元へ嫁いだことを糾弾される。 万事休すと思いきや、彼女を庇ったのはその場に居合わせたゴードンであった。 +関連作「騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~」 +本作単体でも楽しめる仕様になっております。

当て馬令嬢からの転身

歪有 絵緖
恋愛
当て馬のように婚約破棄された令嬢、クラーラ。国内での幸せな結婚は絶望的だと思っていたら、父が見つけてきたのは獣人の国の貴族とのお見合いだった。そして出会ったヴィンツェンツは、見た目は大きな熊。けれど、クラーラはその声や見た目にきゅんときてしまう。    幸せを諦めようと思った令嬢が、国を出たことで幸せになれる話。 ムーンライトノベルズからの転載です。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

洗浄魔法はほどほどに。

歪有 絵緖
恋愛
虎の獣人に転生したヴィーラは、魔法のある世界で狩人をしている。前世の記憶から、臭いに敏感なヴィーラは、常に洗浄魔法で清潔にして臭いも消しながら生活していた。ある日、狩猟者で飲み友達かつ片思い相手のセオと飲みに行くと、セオの友人が番を得たと言う。その話を聞きながら飲み、いつもの洗浄魔法を忘れてトイレから戻ると、セオの態度が一変する。 転生者がめずらしくはない、魔法のある獣人世界に転生した女性が、片思いから両想いになってその勢いのまま結ばれる話。 主人公が狩人なので、残酷描写は念のため。 ムーンライトノベルズからの転載です。

冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者

月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで…… 誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話

【完結】私の推しはしなやかな筋肉の美しいイケメンなので、ムキムキマッチョには興味ありません!

かほなみり
恋愛
私の最推し、それは美しく儚げな物語に出てくる王子様のような騎士、イヴァンさま! 幼馴染のライみたいな、ごつくてムキムキで暑苦しい熊みたいな騎士なんか興味ない! 興奮すると早口で推しの魅力について語り出すユイは、今日も騎士団へ行って推しを遠くから観察して満足する。そんなユイが、少しだけ周囲に視線を向けて新しい性癖に目覚めるお話…です?

束縛婚

水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。 清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

処理中です...