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【番外編】
だから、最初から!
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「ねぇねえ、サアラちゃん、聞いた?」
昼休みから戻ってきた店主のセイレンが、興奮したようにサアラに話しかけてきた。
「なにかあったんですか?」
彼女はスクープというように、サアラに耳打ちしてきた。
「パメラさんが結婚するんだって!」
「え?」
さっと顔をこわばらせたサアラには気づかず、セイレンはにやにやと笑って、話を続ける。
「あんないい女が放っておかれるはずがないと思ってたんだよねー。さっき会ったら、領主様のところに結婚の許可をもらって帰ってきたばかりだって。相手はこの街の人じゃないらしいけど、もう、まばゆいばかりの笑顔でさー。よかったよねー」
「そう、なんですね……」
(この街の人じゃない人。領主様のところへ結婚の許可をもらいに……)
信じたくはなかったけど、やはりイヤーカフの言っていたことは正しかったようで、サアラは目を伏せた。
(やっぱりレクルムの話はこのことだったんだわ。早く言ってくれたらよかったのに……)
そうだとしたら、サアラはすぐさまあの家を出ていかないといけない。
でも、そうすると、彼女はいきなり生活基盤を失う。
(だから、レクルムはなかなか言い出せなかったのかな)
恐れていたことが現実になり、絶望に陥るとともに、サアラは心のどこかで納得していた。
やっぱりこんな夢のような生活が続くはずがなかったと。
レクルムは優しいから、サアラを追い出すようなことは言わないだろう。でも、そうしたら、パメラが不快に思うだろうし、彼には心置きなく幸せになってほしい。
サアラは自分にできることを考えた。
「セイレンさん、この近くで安く部屋を借りられるところってありますか?」
『ちょっと! サアラ!』
ペンダントが咎めるように叫んだ。
その頃、レクルムは特別な夕食の支度をしていた。
料理の下準備が終わって、テーブルを見る。
(あぁ、花束が必要だよね)
サアラを迎えに行く前に買ってこようと思って、少し早めに家を出た。
レクルムが市場に行くと、口々に声をかけられた。
やけに若い女性たちに呼び止められる上に、馴染みの果物屋や肉屋、八百屋の店主たちは、久しぶりにレクルムが顔を覗かせたからか、なにも買っていないのに、「これ持っていけよ」「気を落とすなよ」などと言って、どんどん商品を押しつけてきた。
あっという間に、彼の両手が塞がる。
「なんなの、いったい?」
意味がわからず、首を傾げながらも、時間がなくなってきたので、急いで花屋で可愛らしい花束を作ってもらう。
白やピンクや赤のサアラをイメージしたものだ。そこに差し色で紫の花も入れてもらい、レクルムは満足げに微笑んだ。
周囲の女性が胸を撃ち抜かれて呻いた。
それに構うことなく、レクルムは大荷物を持って、サアラの仕事先に向かう。と、ばったりパメラと会った。
「あら、レクルム。昨日ぶり。すごい荷物ね」
「なぜか市場のみんながやたらとサービスしてくれて……」
「あっ、果物が落ちそうよ?」
「え、あ、ちょっと花束を持ってて」
「サアラちゃんのね。いよいよ言うのね?」
「うん。オーケーしてくれるかな」
「そりゃ、大丈夫でしょ? 一緒に住んでるんだし」
パメラの言葉にレクルムは幸せそうに笑った。
「サアラちゃん、お疲れさま。今日はもういいわよ。なんだか調子が悪いみたいだし」
「すみません、私、なにかやらかしましたか?」
うつむき気味だった顔を慌てて上げて、サアラはセイレンを見た。
「違うわよ。なんか落ち込んでるみたいだから……」
いきなり一人暮らしを考えていると言ったあと、どことなく沈んでいる様子のサアラをセイレンは心配した。
客が来るとちゃんと笑顔で対応していたので、注意はしなかったが、こんなことは初めてだったので、なにかあったのかと思ったのだ。
(いけない! 仕事中なのに、そんなに態度に出てたんだ)
焦った表情のサアラをなだめるように、セイレンは言った。
「無理はしなくていいんだよ? 誰にでも調子が出ないこともあるからね」
優しいセイレンの言葉に、サアラは涙が出そうになる。それを堪えて、にっこり笑ってみせた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。明日はしっかり働きますね!」
悲しいことをやり過ごすのは得意だったはずだ。
孤児院にいたときを考えたら、レクルムから離れたとしても、なにをしてもずっとマシな環境で生きていけるはずだ。
(でも、近くにいたら、レクルムが気にしてしまうかもしれない。他の街に移った方がいいかもしれないわ。私だって……)
うっかり幸せそうなパメラさんとレクルムに出食わしてしまったら、うまく笑えないかもしれない。
想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
セイレンにお礼を言って、店を出る。
そして、サアラは早速その場面に遭遇してしまった。
レクルムが幸せそうに微笑み、パメラに花束を渡している。
サアラは立ちすくんだ……。
「お疲れ。彼氏はどうした?」
横から声をかけられ、サアラはハッと硬直を解いた。
「ダーシェ……」
サアラがダーシェに気づいたのと同時に、レクルムがサアラに気づく。
「あっ、サアラ!」
パメラに微笑んだままの表情でレクルムが振り返り、サアラのところに寄ってくる。
(レクルムの幸せを邪魔しちゃいけない!)
サアラは思わず、ダーシェの腕に抱きついた。
「レクルム、ごめんなさい! 私、この人が好きになっちゃったの! だから……だから、レクルムは私のことは忘れて、幸せになって?」
泣きそうになって、サアラはダーシェの腕に顔をうずめた。
「サア、ラ……?」
掠れたようなレクルムの声が聞こえた。
と思ったら───
「おいおい、俺をあんたたちの痴話喧嘩に巻き込むなよ」
ダーシェがそう言い、サアラの頭を持ち、無理やりレクルムの方を見せた。
「なんでこんなことをしてるか知らんが、彼氏の顔を見てみろ。どう考えても誤解だろ」
言われて見たレクルムの顔は、一瞬で血の気が引き、真っ青で、悲壮な表情に覆われていた。
『そうよ! 誤解に決まってるわ!』
ペンダントも叫んだ。
サアラがなにか言おうと口を開いたとき、レクルムがグイッとサアラを抱き寄せた。
バサッと荷物が落ち、地面に散乱した。
「僕のサアラに触るな!」
レクルムに睨まれたダーシェはやれやれと肩をすくめて、「抱きつかれて巻き込まれてたのは俺の方なんだけどな」とぼやく。
そんなダーシェには目もくれず、レクルムはひしっとサアラを見つめて、懇願した。
「サアラはやっぱりこういうのが好みなの?背はこれ以上伸びないけど、ガタイがいいのが好きなら僕も身体を鍛えるし、冒険者がいいならなるし、粗暴な話し方が好きならそうするし、僕に悪いところがあったらなんでも直すから、だから、だから、お願いだから、考え直して!」
畳み掛けるような悲痛なレクルムの訴えに、サアラは混乱した。
「え、だって、レクルムは結婚するんでしょ?」
「結婚したいと思ってるよ!」
「そう……じゃあ、やっぱりそばにいられないわ……」
一瞬、期待してしまったサアラは、また暗い顔をして、レクルムの腕を逃れようとした。
「サアラ! そんなに僕との結婚が嫌なら、結婚しなくていいから、そばにいてよ!」
逃さない!とばかりにサアラを抱きしめて離さないレクルムに、サアラは目を見開いた。
「えっ? レクルムはパメラさんと結婚するんじゃないんですか?」
「なんで僕がパメラと結婚しないといけないの!?」
驚いたレクルムが腕の中のサアラを見つめた。
そこに苦笑しながら、パメラが声をかけた。
「サアラちゃん、なにかすごく誤解してるみたいだけど、私のハニーは別の人よ? だいたいレクルムなんて好みじゃないし」
「僕だってそうだよ! サアラ以外はどうでもいいし!」
「ほら、やっぱり誤解じゃねーか。でも、彼氏さんも肝心なことを言ってないんじゃないのか?」
ダーシェに言われて、ムッとしたレクルムだったが、気を取り直して、パメラから花束を受け取ると唖然としているサアラの前に跪いた。
「サアラ、僕と結婚してください。でも、結婚が嫌なら今のままでも……」
途中から弱気になって口ごもるレクルムに、サアラは抱きついた。
「嫌なわけ……、ないです……」
そして、そのまま、しゃくりあげて泣き始めた。
レクルムがほっとしたように彼女を抱き返した。
「ごめ…んな、さい……。ひっく……私、パメラさんと、だって、聞いて……レクルムが……そんなこと、思ってくれてる、なんて……ちっとも、知らなくて……」
「誰がそんなこと言ったの!?」
涙に濡れた暁の瞳がレクルムの耳を見た。
そこには同じ色合いのイヤーカフがあった。
『ごっめ~ん、違ったみたいね』
『でも、本当に結婚の話をしてたんだよ?』
『あんたたちはもう黙っていなさい!』
謝るイヤーカフをペンダントが叱る。
「もしかして、イヤーカフ?」
レクルムが耳に手を当てる。
「うん、それに帰ってきてから……レクルムは、私にあまり……触れてくれなかった、でしょ?」
「あー、それはごめん。我慢できそうになかったから」
「我慢……?」
キョトンとしたサアラに、レクルムは手で顔を覆った。
指の隙間から見える顔は赤い。
「それ以上は二人きりでやりな。俺は行くぜ?」
甘い空気にあてられて、あきれ顔のダーシェは手を上げた。
「あぁ、そうだ。アイツらのことはちゃんと対処しろよ?」
ダーシェが目線で遠巻きに見ていた二人の男を指し示した。
その視線を追ったレクルムは、目をすがめた。
「あいつらか!」
一瞬で凍りつくような眼差しで彼らを見やると、本気の殺意に身を震わせて、彼らは脱兎のごとく逃げ出した。
(顔は覚えた。あとでしっかり言い聞かせなきゃね)
「礼を言うよ」
レクルムが冷たい表情のまま、ダーシェに言うと、彼はその変わり様に眉を上げた。
(これなら大丈夫そうだな)
「依頼だからな。依頼完了ということで、あとは任せた」
「もちろん」
サアラのことを他の男に任せる気なんてさらさらないレクルムは深く頷いた。
「じゃあな」
「ダーシェ、ありがとうございます!」
慌ててお礼を言うサアラに、ダーシェは笑って手を振って、去っていった。
「僕らも帰ろうか」
「うん! あ、パメラさんもごめんなさい……」
傍らのパメラに気づき、サアラは頭を下げた。
「いいえ、よかったわ~、うまくおさまって。それもこれもレクルムがサアラちゃんに隠すからよ」
「だって、全部準備が整ってから言いたかったんだ!」
「その結果がサアラちゃんを不安にさせただけでも?」
パメラの言葉に、サアラを失うところだったとまた青褪めて、レクルムは彼女をギュッと抱きしめる。
「ごめん、サアラ。これからは気をつける……」
「ううん、私もごめんなさい。ちゃんと聞けばよかった」
サアラは首を振る。
『だから、私は最初からちゃんと聞けって言ってたのよ! まったくもう!』
プリプリと怒って言うペンダントに、サアラはえへへと頷いた。
昼休みから戻ってきた店主のセイレンが、興奮したようにサアラに話しかけてきた。
「なにかあったんですか?」
彼女はスクープというように、サアラに耳打ちしてきた。
「パメラさんが結婚するんだって!」
「え?」
さっと顔をこわばらせたサアラには気づかず、セイレンはにやにやと笑って、話を続ける。
「あんないい女が放っておかれるはずがないと思ってたんだよねー。さっき会ったら、領主様のところに結婚の許可をもらって帰ってきたばかりだって。相手はこの街の人じゃないらしいけど、もう、まばゆいばかりの笑顔でさー。よかったよねー」
「そう、なんですね……」
(この街の人じゃない人。領主様のところへ結婚の許可をもらいに……)
信じたくはなかったけど、やはりイヤーカフの言っていたことは正しかったようで、サアラは目を伏せた。
(やっぱりレクルムの話はこのことだったんだわ。早く言ってくれたらよかったのに……)
そうだとしたら、サアラはすぐさまあの家を出ていかないといけない。
でも、そうすると、彼女はいきなり生活基盤を失う。
(だから、レクルムはなかなか言い出せなかったのかな)
恐れていたことが現実になり、絶望に陥るとともに、サアラは心のどこかで納得していた。
やっぱりこんな夢のような生活が続くはずがなかったと。
レクルムは優しいから、サアラを追い出すようなことは言わないだろう。でも、そうしたら、パメラが不快に思うだろうし、彼には心置きなく幸せになってほしい。
サアラは自分にできることを考えた。
「セイレンさん、この近くで安く部屋を借りられるところってありますか?」
『ちょっと! サアラ!』
ペンダントが咎めるように叫んだ。
その頃、レクルムは特別な夕食の支度をしていた。
料理の下準備が終わって、テーブルを見る。
(あぁ、花束が必要だよね)
サアラを迎えに行く前に買ってこようと思って、少し早めに家を出た。
レクルムが市場に行くと、口々に声をかけられた。
やけに若い女性たちに呼び止められる上に、馴染みの果物屋や肉屋、八百屋の店主たちは、久しぶりにレクルムが顔を覗かせたからか、なにも買っていないのに、「これ持っていけよ」「気を落とすなよ」などと言って、どんどん商品を押しつけてきた。
あっという間に、彼の両手が塞がる。
「なんなの、いったい?」
意味がわからず、首を傾げながらも、時間がなくなってきたので、急いで花屋で可愛らしい花束を作ってもらう。
白やピンクや赤のサアラをイメージしたものだ。そこに差し色で紫の花も入れてもらい、レクルムは満足げに微笑んだ。
周囲の女性が胸を撃ち抜かれて呻いた。
それに構うことなく、レクルムは大荷物を持って、サアラの仕事先に向かう。と、ばったりパメラと会った。
「あら、レクルム。昨日ぶり。すごい荷物ね」
「なぜか市場のみんながやたらとサービスしてくれて……」
「あっ、果物が落ちそうよ?」
「え、あ、ちょっと花束を持ってて」
「サアラちゃんのね。いよいよ言うのね?」
「うん。オーケーしてくれるかな」
「そりゃ、大丈夫でしょ? 一緒に住んでるんだし」
パメラの言葉にレクルムは幸せそうに笑った。
「サアラちゃん、お疲れさま。今日はもういいわよ。なんだか調子が悪いみたいだし」
「すみません、私、なにかやらかしましたか?」
うつむき気味だった顔を慌てて上げて、サアラはセイレンを見た。
「違うわよ。なんか落ち込んでるみたいだから……」
いきなり一人暮らしを考えていると言ったあと、どことなく沈んでいる様子のサアラをセイレンは心配した。
客が来るとちゃんと笑顔で対応していたので、注意はしなかったが、こんなことは初めてだったので、なにかあったのかと思ったのだ。
(いけない! 仕事中なのに、そんなに態度に出てたんだ)
焦った表情のサアラをなだめるように、セイレンは言った。
「無理はしなくていいんだよ? 誰にでも調子が出ないこともあるからね」
優しいセイレンの言葉に、サアラは涙が出そうになる。それを堪えて、にっこり笑ってみせた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。明日はしっかり働きますね!」
悲しいことをやり過ごすのは得意だったはずだ。
孤児院にいたときを考えたら、レクルムから離れたとしても、なにをしてもずっとマシな環境で生きていけるはずだ。
(でも、近くにいたら、レクルムが気にしてしまうかもしれない。他の街に移った方がいいかもしれないわ。私だって……)
うっかり幸せそうなパメラさんとレクルムに出食わしてしまったら、うまく笑えないかもしれない。
想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
セイレンにお礼を言って、店を出る。
そして、サアラは早速その場面に遭遇してしまった。
レクルムが幸せそうに微笑み、パメラに花束を渡している。
サアラは立ちすくんだ……。
「お疲れ。彼氏はどうした?」
横から声をかけられ、サアラはハッと硬直を解いた。
「ダーシェ……」
サアラがダーシェに気づいたのと同時に、レクルムがサアラに気づく。
「あっ、サアラ!」
パメラに微笑んだままの表情でレクルムが振り返り、サアラのところに寄ってくる。
(レクルムの幸せを邪魔しちゃいけない!)
サアラは思わず、ダーシェの腕に抱きついた。
「レクルム、ごめんなさい! 私、この人が好きになっちゃったの! だから……だから、レクルムは私のことは忘れて、幸せになって?」
泣きそうになって、サアラはダーシェの腕に顔をうずめた。
「サア、ラ……?」
掠れたようなレクルムの声が聞こえた。
と思ったら───
「おいおい、俺をあんたたちの痴話喧嘩に巻き込むなよ」
ダーシェがそう言い、サアラの頭を持ち、無理やりレクルムの方を見せた。
「なんでこんなことをしてるか知らんが、彼氏の顔を見てみろ。どう考えても誤解だろ」
言われて見たレクルムの顔は、一瞬で血の気が引き、真っ青で、悲壮な表情に覆われていた。
『そうよ! 誤解に決まってるわ!』
ペンダントも叫んだ。
サアラがなにか言おうと口を開いたとき、レクルムがグイッとサアラを抱き寄せた。
バサッと荷物が落ち、地面に散乱した。
「僕のサアラに触るな!」
レクルムに睨まれたダーシェはやれやれと肩をすくめて、「抱きつかれて巻き込まれてたのは俺の方なんだけどな」とぼやく。
そんなダーシェには目もくれず、レクルムはひしっとサアラを見つめて、懇願した。
「サアラはやっぱりこういうのが好みなの?背はこれ以上伸びないけど、ガタイがいいのが好きなら僕も身体を鍛えるし、冒険者がいいならなるし、粗暴な話し方が好きならそうするし、僕に悪いところがあったらなんでも直すから、だから、だから、お願いだから、考え直して!」
畳み掛けるような悲痛なレクルムの訴えに、サアラは混乱した。
「え、だって、レクルムは結婚するんでしょ?」
「結婚したいと思ってるよ!」
「そう……じゃあ、やっぱりそばにいられないわ……」
一瞬、期待してしまったサアラは、また暗い顔をして、レクルムの腕を逃れようとした。
「サアラ! そんなに僕との結婚が嫌なら、結婚しなくていいから、そばにいてよ!」
逃さない!とばかりにサアラを抱きしめて離さないレクルムに、サアラは目を見開いた。
「えっ? レクルムはパメラさんと結婚するんじゃないんですか?」
「なんで僕がパメラと結婚しないといけないの!?」
驚いたレクルムが腕の中のサアラを見つめた。
そこに苦笑しながら、パメラが声をかけた。
「サアラちゃん、なにかすごく誤解してるみたいだけど、私のハニーは別の人よ? だいたいレクルムなんて好みじゃないし」
「僕だってそうだよ! サアラ以外はどうでもいいし!」
「ほら、やっぱり誤解じゃねーか。でも、彼氏さんも肝心なことを言ってないんじゃないのか?」
ダーシェに言われて、ムッとしたレクルムだったが、気を取り直して、パメラから花束を受け取ると唖然としているサアラの前に跪いた。
「サアラ、僕と結婚してください。でも、結婚が嫌なら今のままでも……」
途中から弱気になって口ごもるレクルムに、サアラは抱きついた。
「嫌なわけ……、ないです……」
そして、そのまま、しゃくりあげて泣き始めた。
レクルムがほっとしたように彼女を抱き返した。
「ごめ…んな、さい……。ひっく……私、パメラさんと、だって、聞いて……レクルムが……そんなこと、思ってくれてる、なんて……ちっとも、知らなくて……」
「誰がそんなこと言ったの!?」
涙に濡れた暁の瞳がレクルムの耳を見た。
そこには同じ色合いのイヤーカフがあった。
『ごっめ~ん、違ったみたいね』
『でも、本当に結婚の話をしてたんだよ?』
『あんたたちはもう黙っていなさい!』
謝るイヤーカフをペンダントが叱る。
「もしかして、イヤーカフ?」
レクルムが耳に手を当てる。
「うん、それに帰ってきてから……レクルムは、私にあまり……触れてくれなかった、でしょ?」
「あー、それはごめん。我慢できそうになかったから」
「我慢……?」
キョトンとしたサアラに、レクルムは手で顔を覆った。
指の隙間から見える顔は赤い。
「それ以上は二人きりでやりな。俺は行くぜ?」
甘い空気にあてられて、あきれ顔のダーシェは手を上げた。
「あぁ、そうだ。アイツらのことはちゃんと対処しろよ?」
ダーシェが目線で遠巻きに見ていた二人の男を指し示した。
その視線を追ったレクルムは、目をすがめた。
「あいつらか!」
一瞬で凍りつくような眼差しで彼らを見やると、本気の殺意に身を震わせて、彼らは脱兎のごとく逃げ出した。
(顔は覚えた。あとでしっかり言い聞かせなきゃね)
「礼を言うよ」
レクルムが冷たい表情のまま、ダーシェに言うと、彼はその変わり様に眉を上げた。
(これなら大丈夫そうだな)
「依頼だからな。依頼完了ということで、あとは任せた」
「もちろん」
サアラのことを他の男に任せる気なんてさらさらないレクルムは深く頷いた。
「じゃあな」
「ダーシェ、ありがとうございます!」
慌ててお礼を言うサアラに、ダーシェは笑って手を振って、去っていった。
「僕らも帰ろうか」
「うん! あ、パメラさんもごめんなさい……」
傍らのパメラに気づき、サアラは頭を下げた。
「いいえ、よかったわ~、うまくおさまって。それもこれもレクルムがサアラちゃんに隠すからよ」
「だって、全部準備が整ってから言いたかったんだ!」
「その結果がサアラちゃんを不安にさせただけでも?」
パメラの言葉に、サアラを失うところだったとまた青褪めて、レクルムは彼女をギュッと抱きしめる。
「ごめん、サアラ。これからは気をつける……」
「ううん、私もごめんなさい。ちゃんと聞けばよかった」
サアラは首を振る。
『だから、私は最初からちゃんと聞けって言ってたのよ! まったくもう!』
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