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【番外編】

さみしい気持ち

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 レクルムが行ってしまうと、家の中がガランとした気がした。

『さみしいね』
『さみしいよね』
『元気だして』
『すぐ戻ってくるんでしょ?』

 物たちが口々に慰めてくれる。

「うん、そうだね。少しの我慢だね。じゃあ、私も出かけないと」

 サアラは用意をして、家を出た。

(ちゃんと鍵を掛けたっけ?)

 魔法陣のところで不安になって、戻って確かめる。

(ちゃんと掛けてた)

 ほっと安心して、サアラは魔法陣を使って街へ出た。
 お店に行く間の短い距離でも、常に隣にレクルムがいたから、変な感じだ。
 通い慣れた道を一人で歩く。

(ひとりで大丈夫。大丈夫なところを見せなくちゃ)

 サアラはぐっと手を握り、気合いを入れる。

「おはようごさいます!」

 今日も元気に仕事を始めた。



 仕事が終わり、サアラが一人で街外れの魔法陣に向かっていると、次々と声をかけられる。

「今日は彼氏と一緒じゃないの?」
「めずらしいね、ひとり?」
「ケンカでもしたの?」

 そのたびに彼女は笑って、「今出かけてるんです」と答えた。
 それを聞いて、お茶でも食事でもと続く言葉に首を振り、さっさと帰る。

「ただいま~」

 サアラが言うと、『おかえり~』と物たちが応えてくれた。でも、当たり前だけど、彼女を優しく見つめる紫の瞳はそこにはなくて、まだ一日も経っていないのに、サアラはとてもさみしくなった。

『サアラ、鍵を掛け忘れてるわよ!』

 ペンダントが教えてくれて、慌てて鍵を掛ける。
 レクルムに言われていたのに、早速忘れていて、サアラは落ち込んだ。

 気を取り直して、夕食の支度をする。
 といっても、今日はレクルムが用意してくれたシチューを温めるだけでいい。
 冷蔵庫からお鍋を出して温める。
 シチューを温めている間に、パンを焼いて、レクルムが作っておいてくれたサラダを出す。
 シチューがグツグツとしだしたので、火を止めて、お皿に注ごうと鍋の取っ手に手を伸ばした。

『熱いよ!』

 鍋の制止もむなしく、サアラは熱せられた取っ手を握ってしまった。

「熱っ!」

 パッと手を放した拍子に鍋がグラッと揺れて傾いた。熱々のシチューがサアラにかかりそうになる。

『危ないっ!』

 ペンダントが光って、サアラを守った。
 サアラを避けて、バシャッと床にシチューがぶちまけられた。

「あ……」

 サアラは呆然と立ちすくんだ。
 そして、慌てて跪き、床を拭こうとした。

『サアラ、その前に早く手を冷やしなさい!』

 ペンダントに言われて、手のひらを見ると、赤くところどころ水膨れになっていた。それを見てしまうと、ジンジンと痛みも出てきた。
 サアラは流しの水で手を冷やす。

「せっかくレクルムが作ってくれたのに……」

 シチューは半分くらいに減ってしまっていた。

(温めることさえできないなんて……!)

 自分にがっかりして、サアラは視線を落とした。
 目の奥がツンと熱くなるけど、サアラは泣かない。

『大丈夫?』

 鍋が心配そうに聞いてきた。

「うん、大丈夫。ごめんね。こぼしちゃって」
『取っ手を掴むときは、そこの鍋つかみを使ってね』
「うん、わかった」

 痛みの引いた手で、床を拭く。サアラは掃除は得意だ。
 綺麗に片づけると、今度は鍋つかみを使って、鍋を持つと、お皿に残ったシチューを注いだ。

「いただきます」

 シチューは少し冷めてしまったが、十分美味しくて、サアラはいつも以上にレクルムに感謝した。

 夕食後、急いでお風呂に入り、魔道具の前で待機する。
 レクルムは夜の九時頃と言っていたけど、サアラは待ち遠しくて仕方なかったのだ。
 
『サアラ、サアラ、聞こえる?』

 愛しい人の声が聞こえたとき、彼女はつい涙ぐんだ。
 でも、平静を装って、「聞こえるよ~」とのん気そうに答えた。

『よかった! 今日はどうだった? なにもなかった? あっ、鍵は掛けてるよね?』
「大丈夫です。ちゃんと鍵は掛けたし、普通に仕事に行って、普通に帰ってきました。シチューもすご~くおいしかった! ありがとう」
『そう……。元気そうでよかった。僕はもう君が恋しくて仕方がないよ。出かけなければよかったと思うほどに』

 レクルムの直球の言葉に、サアラは顔を赤くした。
 彼は自分の気持ちが全然伝わってなかった経験から、サアラへの想いを事あるごとに伝えてくれる。
 
「……私も、さみしかった」

 ついサアラも素直に気持ちを口にしてしまう。
 すると、レクルムが華やいだ声をあげた。

『本当に? 僕だけがさみしいのかと思ったよ』
「そんなわけ、ないです。本当は朝からずっとさみしかった……」
『サアラ、うれしいよ!』

 彼が本当にうれしそうに言うので、そんなに自分の気持ちを伝えてなかったかしらと、サアラは反省した。
 レクルムを想うと、いつも心が温かくなる。心臓がキューッとなって、愛しさでいっぱいになる。
 でも、サアラはこの気持ちをうまく表現する言葉を持っていなかった。
 だから、たった一言告げた。

「レクルム、好き……」
『…………っ』

 息を呑んだ音のあと、レクルムの掠れた声がした。

『………もう帰りたいよ、サアラ。僕も好きだよ』

 何度聞いてもキュンとする言葉に、サアラも胸を押さえた。

 それから、馬車に乗ってばかりで退屈だとか、サアラとの旅を思い出したとか、今日のお客さんはね……と何気ない会話を交わした。

『それじゃあ、もう寝ないとね』
「うん、おやすみなさい」
『おやすみ、また明日も連絡するから』
「うん」

 二人とも名残惜しくて、なかなか会話が切れなかったが、しぶしぶというようにレクルムが言い、通話を切った。
 レクルムの声が聞けて、とてもうれしかったのに、サアラはより一層さみしくなってしまった。

 それから、ひとり冷たいシーツに横になる。
 しばらく前までは、もっと冷たく固いベッドにひとりで寝ていたというのに、隣のぬくもりがないというだけで、全然寝つけない。
 ゴロゴロ寝返りをうって、眠れない夜を過ごした。



 翌日、普段通りに仕事を終え、帰宅している途中、またしてもいろんな人から声をかけられる。

「今日も彼氏いないんだ?」
「じゃあ、俺らと食事でも行かないか? 奢るよ」

 その中でも、しつこい二人組がいた。
 サアラが断っても、「お茶ぐらいいいじゃん」とねばる。
 こんな経験がなかったサアラはどうしていいかわからず、曖昧な笑顔を浮かべて、「行きません」と首を振るしかできなかった。

『こういうしつこいヤツにはキッパリと断らなきゃ!』

 ペンダントが言うが、サアラはどうキッパリしたらいいのかわからなかった。
 途方に暮れていると、横から声がかかった。

「彼女が困ってるじゃないか。しつこい奴は嫌われるぞ?」
「なんだよ、お前」
「関係ないだろ!」

 声をかけてきたのは、ガタイのいいどこか迫力のある大男だった。剣を佩いているので、冒険者かもしれない。
 二人組は反発するような声をあげたが、彼が鋭い目つきで睨むと、その体格差と迫力に押されて、彼らは逃げていった。

「ありがとうございます」

 サアラがお礼を言うと、彼は表情を緩め、ニカッと笑った。笑うと途端に人懐こい顔になる。

「美人も大変だなぁ。ああいう輩にはきっぱりと断らないと伝わらないぞ?」

 ペンダントと同じことを言って、サアラを諭す。

「すみません……」

 眉を下げるサアラに、「まぁ、あんたが悪いわけじゃないけどな」と慰めるように言うと、彼はじゃあなと手をあげて、立ち去った。
 サアラはもう誰にも捕まらないように、急いで街外れに向かい、家に帰った。

 その夜は、昨日シチューをこぼしてしまったので、料理をしなくてはいけない。
 サアラはレシピを見ながら、一生懸命作った。が、包丁で指は切るし、肉は焦げるし、それなのに生焼けで、情けなくなった。

『まぁ、慣れの問題よ』
『僕も焦げる前に言えばよかったよ。ごめんね』

 ペンダントとフライパンに慰められる。
 そして、食べてみると、調味料が足りなかったみたいで、寝ぼけた味だった。

(やっぱりレクルムはすごいなぁ)

 なんでも完璧にこなすレクルムを改めて尊敬する。
 レクルムが帰ってきたら、もっと料理を習って、上手になりたいと思うサアラだった。
 そして、夜のレクルムとの通信では、特に変わったことはなく順調と告げるのだった。



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