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12. お肉……。

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「聖女さま、こちらへどうぞ。お部屋をご用意しております」

 衛兵の後ろに控えていた侍女がサアラを促した。レクルムが連れ去られたのとは反対の方へ誘導される。
 後ろ髪を引かれつつも、どうしようもなくサアラは、大人しくついていく。

 そこへ───

 グラッグラグラ、グラッ

 突き上げるような激しい揺れが起こった。
 
「きゃあ!」
「うわっ!」

 転ぶ者、とっさに壁や柱に掴まる者、うずくまる者……。
 方々で物の倒れる音、割れる音がして、辺りがざわめいた。

「また地震! 最近、多いわね……」
「いつまで続くのかしら……」

 不安げな人々の会話の中で、「あっ、あれ、伝承の乙女じゃないか?」と誰かが指差し、壁に手をついたサアラに注目が集まった。

「伝承の聖女が見つかったって、本当だったんだ」
「聖女さま、早くこの災害を止めてください!」
「さっさと火山に身を捧げたらいいのに」
「バカ、お前、彼女に死ねって言ってるのと同じだぞ?」
「ひとりの犠牲でみんなが助かるんだ。彼女だって本望だろ」

 みな口々に好き勝手なことを言う。

「あ……」

 切望する目、同情する目、咎めるような目、冷たい目……。
 それぞれがプレッシャーに感じて、サアラは目を伏せ、身を震わせた。

(わかってる……。私は火山に身を投げないといけない。わかってるから……!)

 視線の圧力にサアラは思わず後ずさった。

「行きましょう」

 衛兵が彼女の肩を叩き、先を促してくれた。
 逃げるようにサアラはそこを離れた。

(レクルムに会いたいな……)

 震える手で借りたペンダントを握りしめて、今別れたばかりのレクルムを想った。



 客室に案内され、その豪華さに圧倒されて、サアラは『ふぇぇ~~』と立ち尽くした。
 それでも、その部屋は、王宮の中では通常より劣るレベルのものであったが、彼女は気づかない。
 どうせすぐ死ぬはずの平民の聖女なら、これくらいの部屋でいいだろうとの判断だった。

「お食事をお持ちします。それまでおくつろぎください」

 ここに案内してくれた侍女がそう言って退出した。
 
 とりあえず、ソファーに座ったサアラは、周りをキョロキョロ見回した。

 壁には壮麗なタペストリーや絵画が飾られ、装飾がいっぱいで触るのも恐ろしいほど繊細な壺が置いてある。
 彼女が座っているソファーだって、きっとすごく上等なもので、手触りはツルツル、見た目は光沢のある上品な若草色で、優雅に湾曲した脚がついていて、こんなの見たことないとサアラは感心した。
 うっかり目の前のテーブルに手をついたら指紋がついてしまって、『汚い手でさわらないで』とテーブルに怒られる。サアラは「ごめんなさい」と慌ててスカートで拭った。
 王宮の物たちは気位が高いようだった。

 サアラがポカンとしている間に、侍女が食事のワゴンを持ってくる。
 テーブルにフォークやナイフなどのカトラリーが何種類も並べられて、サアラは目をパチクリさせた。
 
(なんでこんなに必要なんだろう?)

 白いお皿に目にも鮮やかな前菜が盛られたものが出された。
 侍女は一皿出すとワゴン横に控える。

(これって食べていいってことかしら?)

 ちらっと侍女を振り返ると頷かれたので、いいってことにして、適当なフォークを取り上げ、食べ始めた。

 ゼリー状のなんだかわからないものと、ひき肉を固めたようなものがあって、サアラは恐る恐る口にする。

(レクルムがいたら、このお料理の名前を教えてくれたかな?)

「美味しい!」

 食材がなにかわからないけれど、気に入って、サアラがパクパク食べると、皿が空になるタイミングで、今度はスープとパンが出てきた。
 ジャガイモをすり潰したようなスープで、とても繊細な味が美味しいと、サアラはにっこりした。
 スープがなくなるとすかさず魚のムニエルが供される。
 それも美味しくいただくと、サアラは満腹になった。
 それなのに、お肉料理が出てきて、サアラは絶望的な表情になった。

(せっかく、せっかく、美味しそうな肉の塊なのに、食べられない……)

 ステーキを前に固まり、涙をほろほろ流すサアラに侍女が慌てて、「聖女さま、どうされました!?」と駆け寄った。

「もう……食べられない……」

 泣きながら訴えるサアラに、侍女は脱力して、「それならお下げします」と皿を持ち上げようとした。
 その手をはしっと掴んで、「これってどうなるんですか!?」と聞くサアラに、侍女は「捨て……」と言いかけて、サアラが悲痛な顔をするので、「厨房の者が食べます」と言い直した。
 できる侍女だった。

 本当はデザートもあったのだが、サアラには言わないで、ワゴンごと下げることにした。

 もったいなかったとグジグジ泣いていたサアラの元に、侍女が駆け戻ってきた。

「陛下がお呼びです。すぐ謁見室にお越しください!」
「へ、へいか?」

(陛下って、王さま?)

 びっくりして涙の引っ込んだサアラは、急かされながら、謁見室に連れていかれた。



 
 その頃、レクルムは魔術師用の牢に入れられて、備え付けのベッドに腰を下ろして考えていた。そこは魔術局の地下で、石造りのため底冷えのする場所だった。
 魔法が使えないように、特殊な手枷をした上から魔力遮断布で身体を包まれている。さらに、牢にも魔法を遮断する装置がつけられていた。
 
(サアラ、大丈夫かな?)

 サアラの身の安全を守るため、候補より認定した方がいいだろうと判断して、聖女だと報告してしまったので、早晩彼女は火山に送られるだろう。
 職を捨てる覚悟を決めたレクルムは、その前にサアラを連れて逃げるつもりだった。

 思ったとおり、彼を拘束しているものは彼自身が開発したものだった。
 ズークハイムが手柄を横取りしていたので知られていないのが幸いだった。
 レクルムは万が一のときのために、自分だけは解除できる仕掛けを入れ込んでいた。
 だから、拘束を解いて、ここから逃げるのは簡単だった。

 しかも、ペンダントに魔力を仕込んであるので、サアラの位置もだいたいわかる。
 真夜中になるのを待って、彼女のところへ行くつもりだった。

(サアラを連れて王都を出て、いっそのこと隣国へ行ってみようかな……)

 ヴァンツィオ火山を越えたら隣国だ。
 隣国まで行けば追手の数も減るだろう。
 当面の金ならある。
 自分はそれなりに魔法を使えるので、サアラを養えるほどには稼げるだろう、

 まだ見たこともない土地でもサアラがいれば、楽しめる気がする。
 新しい景色を見るたびに、うれしそうに笑って彼を振り向くサアラが目に浮かんだ。
 柄にもなく浮かれている自分に苦笑する。

(いったいいつから彼女に囚われてしまったのかな)

 始めはただただ嫌な役目だと思っていたのに。

 サアラがあまりにあっけらかんとしていたから、毒気を抜かれてしまったのが始まりなのかもしれない。

 純粋で健気で笑顔がかわいくて……。

 いつの間にか彼女と過ごすのが楽しくなり、彼女を喜ばせてあげたくなった。そして、いつの間にか、大切に守ってやりたくて、愛しくて……なにに代えても、死なせたくないと思うようになっていた。

(僕が誰かを愛おしく思うようになるなんてね……)

 人に執着したことのないレクルムは不思議だった。

 最初は庇護欲かと思った。
 それほど、サアラは無防備で純粋な子どものようだった。

 でも、あのとき……襲われていた彼女を見たとき、激憤とともに猛烈な独占欲を感じた。

───僕はサアラが欲しい……。自分のものにしたい。

 同情でも、守りたいなんていう優しい感情でもなく、熱情、欲望、渇望……。

 もうダメだった。
 自分の気持ちをごまかせなかった。
 抱きしめて、離したくなかった。

 吹っ切ってしまえば、事は単純だった。

(彼女を連れて逃げる。どこまでも)

 ただ懸念としては、サアラがそれでいいのかということだ。
 彼女が自分に懐いているのは確かだ。
 でも、それは不遇だった彼女を甘やかした結果なだけだ。
 男と思われているかどうかもあやしい。

 彼女を助ける。
 それは決定だ。
 たとえ、それを彼女が望んでいなくても。
 そのあとは……。

 サアラを想い、レクルムは目を閉じた。



 レクルムが逃走経路を思い描いていると、ガチャガチャと音がして、衛兵が扉を開けた。

「出ろ。陛下がお呼びだ」
「陛下が?」

 この国の王族は評判が悪い。人を人と思っていないという噂の王を筆頭に。
 この国の貴族が傲慢なのも、根はそこだ。
 魔術局でも、むちゃな依頼が来るとそれは大概王族絡みの、しかもくだらないものだった。

 十中八九、サアラ関係だろうが、レクルムは嫌な予感がした。



 謁見室に連れていかれると、先に来ていたサアラが振り返って、彼を発見すると駆け寄ってきて、抱きついた。

「王の前で無礼な!」

 侍従は目を釣り上げるが、王は「まぁ、よいではないか。感動の再会なんだろう?」と鷹揚に笑ったので、サアラの振る舞いは見逃された。

「泣いてたの? なにか嫌なことされた?」

 サアラの目が赤いのに気づき、レクルムはカッとなって、周りを睨めつける。

「違うの! お肉が……」
「肉……?」

 えへへと恥ずかしそうに笑ったサアラを見て、彼は肩の力を抜いた。

「わかった。食べ切れなかったんだね……」

 はぁと溜め息をつく。
 サアラはどこにいてものん気だ。

「それより、レクルムの方が大丈夫? こんな扱い、ひどいわ……」

 彼が手枷をされているのに気づき、サアラが眉を下げた。

「聖女よ。その男を助けたいか?」

 ふいに王が尋ねた。

「はい。もちろんです! レクルムはなにも悪くないんです。釈放してください」

 サアラが訴えると、家臣がまた目つきを鋭くした。それを目で制して、王は続けた。

「それなら、今から一刻も早くここを出発して、ヴァンツィオ火山にその身を捧げよ。さすれば、その男を解放してやろう。そうだな、聖女に免じてその男を優遇してやろうではないか」
「本当ですか!」
「もちろんだ」

(なにを言ってるの! そんな約束、守るはずがないでしょ!)

 レクルムはサアラを止めようとした。
 今から出発なんて、逃げ出す暇もないじゃないかと思ったのだ。
 しかし、一歩遅く、サアラは大きく頷いた。

「わかりました。この身を捧げるので、レクルムを解放してくださいね!」
「ちょっと、バカじゃないの!」

 小さくサアラに囁くと、彼女は首を傾げた。

「よかろう。それでは、彼女のためにその男も連れていってやれ。最期の瞬間まで愛しい男と一緒にいられてうれしかろう?」

 にやりと笑って、王は言った。

(僕を人質にするつもりだね。僕が捕まっていたら、サアラは逃げられないから)

 憎々しげに王を睨んだレクルムだったが、ふとヴァンツィオ火山まで連れていってもらえる方が好都合だと思い直した。
 そして、傍らのサアラが『愛しい男』という言葉に頬を染めているのに気づかなかった。

「そうと決まれば、こやつらを今すぐ最速で火山に連れて行け。もう地震はうんざりだ」

 王はぼやいた。
 この緊急の謁見は地震嫌いの王のせいだったのがわかった瞬間だった。
 最後までサアラに対して報いる言葉はなく、『こいつらのためにサアラが死ぬ必要はない』と、レクルムは決意を新たにした。


 

 
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