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6. 海……!
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翌朝、ニヤニヤしている宿の主人に見送られ、出発する。
朝から不機嫌な顔でレクルムは馬車に乗り込んだ。
対象的にサアラはニコニコしている。
「今日は海に着きますか?」
「うん。夕方には着けるんじゃない?」
「やったぁ!」
サアラは海を本当に楽しみにしているようで、晴れやかに笑った。
急遽寄ることにしてよかったと彼は思う。
それでも……カルームに寄ったとしても、あと二日したら王都に着いてしまう。
(マジか……)
胸が痛んで、サアラの笑顔から目を逸らす。
王宮魔術師である以上、自分にできることはほとんどない。
なんとかしてやりたいとは思うが、かと言って、さすがに逃がすわけにはいかない。
ようやく王宮魔術師になれたのだ。それを棒に振ることなどできない。
また、これ以上遠回りしたとしても情が湧くだけでつらくなるだろう。
居たたまれなくて、レクルムは目を閉じた。
そんな彼の気も知らず、サアラは外の景色を楽しんでいた。
レクルムが言っていたとおり、景色は変わっていき、荒野からだんだん緑が多くなっていった。途中から大きな河と並行して馬車は進む。鳥の大群がいたり、魚が跳ねたりするたび、サアラは歓声をあげた。
海が近づいてくると、川幅は広くなっていった。
鳥の種類もシラサギからカモメのような海鳥に変わっていき、初めて見るそれらに、サアラは目を丸くして、眺めていた。
『あれはカモメという鳥よ。海にはもっと沢山いるわよ』
レクルムのペンダントが教えてくれる。
彼女はおしゃべりなだけでなく、物知りでもあるようだった。
『そんなの、わたしだって知ってるわ!』
カーテンがなぜか対抗してきた。
そこへ、ふわぁと風が入り込んでくる。
『これが潮の香りよ!』
(潮の香り……)
サアラはよりいっそうワクワクしてきた。
遠く進行方向に、青い水面が見えてくる。
それは河よりも青く波が立ってキラキラしていた。
「あれが海?」
「そうだね」
海辺で生まれ育ったレクルムには懐かしい匂いと光景だった。
義理の両親に育てられた街もこんな感じだった。
レクルムは、赤ん坊の頃、街道のど真ん中で捨てられていたのを行商をしている両親に拾われた。
その少し先に馬車の残骸があったので、盗賊に襲われたのかもしれないということだった。
おくるみの中にあったのが今つけているペンダントで、両親と彼を繋ぐものはそれしかなかった。
拾ってくれた夫婦には子はなく、レクルムを自分の子のように大切に育ててくれた。
彼に魔術師の素質があると知ると、無理をして高い費用を払い、魔法学校にまで通わせてくれた。
その優しい義理の両親も、彼が学生の間に行商の途中で盗賊に襲われて亡くなった。
遺産は親戚で分けられ、彼にはなにも残らなかったが、彼はそれでいいと思った。
ただ、貴族ばかりの魔法学校だけは、蔑まれ、虐げられても無表情で返し、歯を食いしばって、飛び抜けた成績で卒業した。
そこで、教授の推薦もあり、なんとか王宮魔術師になることができたのだ。
(なんだか無駄にいろいろと思い出してしまうね)
潮の香りを嗅ぐと連鎖的に記憶がよみがえってくる。
レクルムが物思いに耽る中、サアラはうれしそうに海を眺めていた。
「海がキラキラしてて綺麗ですね」
「うん、僕も海は好きだな」
ふっと視線を遠くにやると、レクルムは口許を緩めた。
その柔らかな表情に、サアラの心臓がトクッと跳ねた。
(鼓動が早い……?)
そういえば、昨夜からなんだか胸がもやもやして息苦しい気がする。
身体の調子でも悪いのかしらと、サアラは小首を傾げた。
『そういえばねー』
レクルムが同意したので思い出したのか、ペンダントがまたしゃべりだした。
『レクルムはちっちゃい頃、けっこう活発な子で、海でお魚やカニを捕まえて、服をビショビショにしてお母さんに怒られてたわ』
(今はこんなに落ち着いてるのに、そんな時代もあったんだ)
サアラがクスッと笑うと、「なに?」とレクルムがいつもの無愛想な顔に戻って、彼女を見返した。
(あぁ、もったいない……)
そう思いながら、サアラは「なんでもありません」と首を振った。
馬車は夕刻になる前にカルームの街へ着いた。
まずは宿に入る。
レクルムは、部屋を二つと言いかけて、不安げなサアラに気がついた。
(どうせ、あと二日だ。それくらい付き合ってあげてもいいよね)
「ツインはある?」
言い直した彼の言葉にサアラは視線をあげ、ぱあっと顔を明るくした。
(こんなことぐらいで喜んでくれるなら、安いもんだ)
宿に荷物を置くと、レクルムはサアラに提案してみた。
「まだ時間が早いから、海まで行ってみる?」
「はい! 行きたいです!」
犬だったらブンブン尻尾を振ってそうな勢いで、サアラは頷いた。
宿の主人に道を聞いて、海辺に行ってみる。
まだシーズンではないが、そこは海水浴でも有名な場所らしく、白い砂浜に海の青が映えていた。
「わあ……!」
一面砂浜と海しか見えない開放感あふれる光景に、サアラが感嘆の声をあげた。
たたっと砂浜を海へと駆けていく。
日が傾いてきていて、まもなく夕暮れだ。
綺麗な夕焼けになれば、彼女はさらに喜ぶだろうなとレクルムは後ろから見守った。
途中で靴に砂が入ったらしく、サアラは靴を脱いで裸足になって歩いた。
靴下を履いていないのを見て、あぁ、靴下もなかったか、とレクルムは頭の中にメモを取った。
ゆっくり彼女のあとをついていく。
海は穏やかで風が心地よい。
レクルムは目を細めた。
サアラは波打ち際まで進んでいって、恐る恐る海の中に脚をつけた。
「ひゃあ、つめた~い!」
はしゃいだ声をあげ、サアラは脚をバタバタさせる。
そのうち慣れたのか、スカートをまくって、もう少し深いところに行って、腰をかがめて水面を覗き込んだ。
(なにかいるのかな?)
レクルムが近づくと、「小さいお魚がいっぱいいます! あと貝も!」と彼を振り返ってうれしそうに笑った。
(まぶしい……)
陽の光が彼女を照らし出し、その真珠色の髪の毛を輝かせる。
正視できなくて、彼は目を逸らせた。
「それはよかったね」
視線を逸らせた先になにか動くものがあった。
「カニだ……」
「えっ、どこ?」
バシャバシャと波を立てて、急いでサアラが駆け寄ってくる。
その音に驚いて、カニは逃げてしまった。
「そんな勢いで来たら逃げてしまうよ」
「あああ~、見たかった……」
がっくりするサアラに、「砂浜をよく見ていればいくらでもいるよ」と教えてやると、そろりそろりと彼女は探索を始めた。
「ふっ、あははっ」
その姿がおかしくて、ツボに入ってしまって、レクルムはめずらしく声をあげて笑った。
「レクルムさん! 静かにしててくれないとカニが逃げちゃう!」
頬を膨らませて、サアラが振り向いた。
カニ探しをしながら、サアラは貝がらを発見し、今度は貝がら探しに夢中になる。
綺麗な貝がらを見つけるたびに、「見てください~!」とレクルムに見せに戻ってくる。
(僕も貝がら探しは好きだったなぁ)
二枚貝はすぐ見つかるけど、巻き貝はなかなか見つからなくて、発見したときはとてもうれしかった。
家に帰って、喜んで義母に見せびらかしたものだった。
今のサアラのように。
そのうち日が暮れてきて、空がオレンジピンクに染まってきた。
それを映して、海もピンク紫に染まる。
「うわぁ、綺麗……!」
いつの間にかそばに戻ってきていたサアラが空を見上げる。瞳がキラキラしている。
その横顔を見て、ポロッと言葉が漏れた。
「そうだね。君の瞳のように綺麗だ」
驚いてぱっと振り向き、サアラが彼を見た。
気味悪がられることはあっても、瞳の色を褒められたことはなかったから、びっくりしたのだ。
「本当に同じ色だね」
自分がなにを言ったのか、気づいておらず、レクルムは彼女の瞳と夕焼けを見比べて、感心した。
サアラはふいに恥ずかしくなり、バシャバシャとまた海の中に入っていった。
満潮になってきたのか、先ほどよりも深くなっている。
「あまり奥まで行くと危ないよ?」
レクルムが声をかけると、サアラは「大丈夫ですよー」とスカートを捲し上げて、彼を振り向いた。
スカートから綺麗な脚がニョキっと露出して、彼が視線を逸した瞬間───
ザッパーン
「きゃあ!」
大波が後ろからサアラを襲った。
不意をつかれた彼女は思いっきり転んだ。
「大丈夫!?」
ジャブジャブとレクルムは彼女の元へ急いだ。
頭からびしょ濡れになってペタンと座り込んだサアラは呆然としていた。
彼女の腕を掴み、立ち上がらせようとしたとき、またもや大波が来て、二人に襲いかかった。
「うわっ」
今度はレクルムまで波をかぶってしまい、全身濡れた。
手を繋いだまま、ずぶ濡れになった二人は顔を見合わせた。
「ふっ……」
「あっ、あははっ」
お互いの姿がおかしくて、思わず笑いが漏れた。
二人は年相応の顔で笑い転げた。
くしゅんっ
サアラのかわいいクシャミの音で、レクルムは我に返った。
「宿に帰って、シャワーを浴びよう。風邪をひくよ」
彼女の腕を引っ張り、今度こそ立たせて、二人は宿に戻った。
宿の主人が呆れた顔をして、タオルを差し出してくれた。
部屋に戻ると二人は風呂場に直行した。
レクルムはサアラの服の上からシャワーをかけて、海水を流すとともに冷え切った身体を温めてやった。自分もざっと洗い流す。
「それじゃあ、先に使いなよ」
シャワーを彼女に渡すと、レクルムは先に脱衣所に出た。
貼り付いた服をなんとか脱ぎ、タオルで身体を拭くと着替える。
「ふぅ……」と溜め息をついて、ソファーに腰を下ろすと、ほどなくサアラが風呂場から出てきた。
タオルを身体に巻きつけただけの格好で。
「な、に、してるの!」
レクルムが詰問すると、彼女は申し訳なさそうに、「あの……着替えが……」と言った。
「あぁ、着替えがなかったね。ごめん」
迂闊だったとカバンを開けると、真っ先に彼女の下着が目に入った。
出し入れはサアラに任せていたけど、彼女のカバンが必要だなと今更ながら思った。
朝から不機嫌な顔でレクルムは馬車に乗り込んだ。
対象的にサアラはニコニコしている。
「今日は海に着きますか?」
「うん。夕方には着けるんじゃない?」
「やったぁ!」
サアラは海を本当に楽しみにしているようで、晴れやかに笑った。
急遽寄ることにしてよかったと彼は思う。
それでも……カルームに寄ったとしても、あと二日したら王都に着いてしまう。
(マジか……)
胸が痛んで、サアラの笑顔から目を逸らす。
王宮魔術師である以上、自分にできることはほとんどない。
なんとかしてやりたいとは思うが、かと言って、さすがに逃がすわけにはいかない。
ようやく王宮魔術師になれたのだ。それを棒に振ることなどできない。
また、これ以上遠回りしたとしても情が湧くだけでつらくなるだろう。
居たたまれなくて、レクルムは目を閉じた。
そんな彼の気も知らず、サアラは外の景色を楽しんでいた。
レクルムが言っていたとおり、景色は変わっていき、荒野からだんだん緑が多くなっていった。途中から大きな河と並行して馬車は進む。鳥の大群がいたり、魚が跳ねたりするたび、サアラは歓声をあげた。
海が近づいてくると、川幅は広くなっていった。
鳥の種類もシラサギからカモメのような海鳥に変わっていき、初めて見るそれらに、サアラは目を丸くして、眺めていた。
『あれはカモメという鳥よ。海にはもっと沢山いるわよ』
レクルムのペンダントが教えてくれる。
彼女はおしゃべりなだけでなく、物知りでもあるようだった。
『そんなの、わたしだって知ってるわ!』
カーテンがなぜか対抗してきた。
そこへ、ふわぁと風が入り込んでくる。
『これが潮の香りよ!』
(潮の香り……)
サアラはよりいっそうワクワクしてきた。
遠く進行方向に、青い水面が見えてくる。
それは河よりも青く波が立ってキラキラしていた。
「あれが海?」
「そうだね」
海辺で生まれ育ったレクルムには懐かしい匂いと光景だった。
義理の両親に育てられた街もこんな感じだった。
レクルムは、赤ん坊の頃、街道のど真ん中で捨てられていたのを行商をしている両親に拾われた。
その少し先に馬車の残骸があったので、盗賊に襲われたのかもしれないということだった。
おくるみの中にあったのが今つけているペンダントで、両親と彼を繋ぐものはそれしかなかった。
拾ってくれた夫婦には子はなく、レクルムを自分の子のように大切に育ててくれた。
彼に魔術師の素質があると知ると、無理をして高い費用を払い、魔法学校にまで通わせてくれた。
その優しい義理の両親も、彼が学生の間に行商の途中で盗賊に襲われて亡くなった。
遺産は親戚で分けられ、彼にはなにも残らなかったが、彼はそれでいいと思った。
ただ、貴族ばかりの魔法学校だけは、蔑まれ、虐げられても無表情で返し、歯を食いしばって、飛び抜けた成績で卒業した。
そこで、教授の推薦もあり、なんとか王宮魔術師になることができたのだ。
(なんだか無駄にいろいろと思い出してしまうね)
潮の香りを嗅ぐと連鎖的に記憶がよみがえってくる。
レクルムが物思いに耽る中、サアラはうれしそうに海を眺めていた。
「海がキラキラしてて綺麗ですね」
「うん、僕も海は好きだな」
ふっと視線を遠くにやると、レクルムは口許を緩めた。
その柔らかな表情に、サアラの心臓がトクッと跳ねた。
(鼓動が早い……?)
そういえば、昨夜からなんだか胸がもやもやして息苦しい気がする。
身体の調子でも悪いのかしらと、サアラは小首を傾げた。
『そういえばねー』
レクルムが同意したので思い出したのか、ペンダントがまたしゃべりだした。
『レクルムはちっちゃい頃、けっこう活発な子で、海でお魚やカニを捕まえて、服をビショビショにしてお母さんに怒られてたわ』
(今はこんなに落ち着いてるのに、そんな時代もあったんだ)
サアラがクスッと笑うと、「なに?」とレクルムがいつもの無愛想な顔に戻って、彼女を見返した。
(あぁ、もったいない……)
そう思いながら、サアラは「なんでもありません」と首を振った。
馬車は夕刻になる前にカルームの街へ着いた。
まずは宿に入る。
レクルムは、部屋を二つと言いかけて、不安げなサアラに気がついた。
(どうせ、あと二日だ。それくらい付き合ってあげてもいいよね)
「ツインはある?」
言い直した彼の言葉にサアラは視線をあげ、ぱあっと顔を明るくした。
(こんなことぐらいで喜んでくれるなら、安いもんだ)
宿に荷物を置くと、レクルムはサアラに提案してみた。
「まだ時間が早いから、海まで行ってみる?」
「はい! 行きたいです!」
犬だったらブンブン尻尾を振ってそうな勢いで、サアラは頷いた。
宿の主人に道を聞いて、海辺に行ってみる。
まだシーズンではないが、そこは海水浴でも有名な場所らしく、白い砂浜に海の青が映えていた。
「わあ……!」
一面砂浜と海しか見えない開放感あふれる光景に、サアラが感嘆の声をあげた。
たたっと砂浜を海へと駆けていく。
日が傾いてきていて、まもなく夕暮れだ。
綺麗な夕焼けになれば、彼女はさらに喜ぶだろうなとレクルムは後ろから見守った。
途中で靴に砂が入ったらしく、サアラは靴を脱いで裸足になって歩いた。
靴下を履いていないのを見て、あぁ、靴下もなかったか、とレクルムは頭の中にメモを取った。
ゆっくり彼女のあとをついていく。
海は穏やかで風が心地よい。
レクルムは目を細めた。
サアラは波打ち際まで進んでいって、恐る恐る海の中に脚をつけた。
「ひゃあ、つめた~い!」
はしゃいだ声をあげ、サアラは脚をバタバタさせる。
そのうち慣れたのか、スカートをまくって、もう少し深いところに行って、腰をかがめて水面を覗き込んだ。
(なにかいるのかな?)
レクルムが近づくと、「小さいお魚がいっぱいいます! あと貝も!」と彼を振り返ってうれしそうに笑った。
(まぶしい……)
陽の光が彼女を照らし出し、その真珠色の髪の毛を輝かせる。
正視できなくて、彼は目を逸らせた。
「それはよかったね」
視線を逸らせた先になにか動くものがあった。
「カニだ……」
「えっ、どこ?」
バシャバシャと波を立てて、急いでサアラが駆け寄ってくる。
その音に驚いて、カニは逃げてしまった。
「そんな勢いで来たら逃げてしまうよ」
「あああ~、見たかった……」
がっくりするサアラに、「砂浜をよく見ていればいくらでもいるよ」と教えてやると、そろりそろりと彼女は探索を始めた。
「ふっ、あははっ」
その姿がおかしくて、ツボに入ってしまって、レクルムはめずらしく声をあげて笑った。
「レクルムさん! 静かにしててくれないとカニが逃げちゃう!」
頬を膨らませて、サアラが振り向いた。
カニ探しをしながら、サアラは貝がらを発見し、今度は貝がら探しに夢中になる。
綺麗な貝がらを見つけるたびに、「見てください~!」とレクルムに見せに戻ってくる。
(僕も貝がら探しは好きだったなぁ)
二枚貝はすぐ見つかるけど、巻き貝はなかなか見つからなくて、発見したときはとてもうれしかった。
家に帰って、喜んで義母に見せびらかしたものだった。
今のサアラのように。
そのうち日が暮れてきて、空がオレンジピンクに染まってきた。
それを映して、海もピンク紫に染まる。
「うわぁ、綺麗……!」
いつの間にかそばに戻ってきていたサアラが空を見上げる。瞳がキラキラしている。
その横顔を見て、ポロッと言葉が漏れた。
「そうだね。君の瞳のように綺麗だ」
驚いてぱっと振り向き、サアラが彼を見た。
気味悪がられることはあっても、瞳の色を褒められたことはなかったから、びっくりしたのだ。
「本当に同じ色だね」
自分がなにを言ったのか、気づいておらず、レクルムは彼女の瞳と夕焼けを見比べて、感心した。
サアラはふいに恥ずかしくなり、バシャバシャとまた海の中に入っていった。
満潮になってきたのか、先ほどよりも深くなっている。
「あまり奥まで行くと危ないよ?」
レクルムが声をかけると、サアラは「大丈夫ですよー」とスカートを捲し上げて、彼を振り向いた。
スカートから綺麗な脚がニョキっと露出して、彼が視線を逸した瞬間───
ザッパーン
「きゃあ!」
大波が後ろからサアラを襲った。
不意をつかれた彼女は思いっきり転んだ。
「大丈夫!?」
ジャブジャブとレクルムは彼女の元へ急いだ。
頭からびしょ濡れになってペタンと座り込んだサアラは呆然としていた。
彼女の腕を掴み、立ち上がらせようとしたとき、またもや大波が来て、二人に襲いかかった。
「うわっ」
今度はレクルムまで波をかぶってしまい、全身濡れた。
手を繋いだまま、ずぶ濡れになった二人は顔を見合わせた。
「ふっ……」
「あっ、あははっ」
お互いの姿がおかしくて、思わず笑いが漏れた。
二人は年相応の顔で笑い転げた。
くしゅんっ
サアラのかわいいクシャミの音で、レクルムは我に返った。
「宿に帰って、シャワーを浴びよう。風邪をひくよ」
彼女の腕を引っ張り、今度こそ立たせて、二人は宿に戻った。
宿の主人が呆れた顔をして、タオルを差し出してくれた。
部屋に戻ると二人は風呂場に直行した。
レクルムはサアラの服の上からシャワーをかけて、海水を流すとともに冷え切った身体を温めてやった。自分もざっと洗い流す。
「それじゃあ、先に使いなよ」
シャワーを彼女に渡すと、レクルムは先に脱衣所に出た。
貼り付いた服をなんとか脱ぎ、タオルで身体を拭くと着替える。
「ふぅ……」と溜め息をついて、ソファーに腰を下ろすと、ほどなくサアラが風呂場から出てきた。
タオルを身体に巻きつけただけの格好で。
「な、に、してるの!」
レクルムが詰問すると、彼女は申し訳なさそうに、「あの……着替えが……」と言った。
「あぁ、着替えがなかったね。ごめん」
迂闊だったとカバンを開けると、真っ先に彼女の下着が目に入った。
出し入れはサアラに任せていたけど、彼女のカバンが必要だなと今更ながら思った。
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