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5. そんなの見せないでよ!
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サアラはなぜレクルムがぐったりしているのか、わからなかった。
思わずひとりは『イヤ』と言ってしまったけど、彼の様子を見て、激しく後悔していた。
(やっぱり私と同室は嫌だったのかな……)
「ごめんなさい……。そんなにお嫌なら部屋を変えてもらってきます」
しょんぼりとして、サアラは部屋を出ようとした。
その手をレクルムが掴む。
「もう、いいよ。めんどくさい」
「でも……」
「いいって! それより、買い物に行くよ」
(日が暮れる前にあれだけは買っとかないと!)
レクルムは立ち上がり、サアラの手を掴んだまま、部屋を出た。
メイン通りをキョロキョロして、レクルムはそれらしい店を探す。
あたりをつけて、店に入ると、「女性ものの夜着と下着はある?」と聞いた。
店員の若い女性は、美形の口から突然そんな言葉が出てきて、赤くなった。
(あぁ、それを買いに来てくれたんだ。優しいなぁ、レクルムさんは)
感謝の眼差しでサアラは彼を見上げた。
真っ赤になってうろたえている店員は申し訳なさそうに言った。
「あ、あの、うちは服屋ですけど、そういったものは置いてないんです……」
「じゃあ、どこにあるか教えてくれない?」
ポーッとなった彼女は、意味もなくうんうんと頷いて、下着屋の場所を教えてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、またぜひともお越しください!」
力強く言う店員に見送られて、店を後にする。
(ふわぁ、やっぱりレクルムさんはカッコいいから女の子はそうなっちゃうよねー)
自分も女の子なのだが、それを棚に上げて、感心する。
(カッコいいというより綺麗かなー?)
長く濃い睫毛に囲まれた菫色の瞳は強い光を放ち、見る者を魅了する。すーっと通った鼻筋は、薄くて形のよい唇に続き、あまり感情を表さない顔は人形みたいに整っている。
改めて彼の横顔を眺めて、『ふぇぇ、やっぱり綺麗』とサアラは思った。
口を開かなければ、彼女もかなりの美少女なのだが、容姿を褒められたことのないサアラは自覚はなかった。
彼女がそんなことを考えているとは知らず、レクルムは教えられた店へ急ぐ。
『ふふふ、レクルムったら、必死ねー』
彼のペンダントが胸元で揺れて笑った。
彼女は結構おしゃべりのようだ。
「必死……?」
小声で聞いてみると、ペンダントはくすくす笑って言った。
『そりゃあ、あなたのあんな扇情的な姿を見せられたら、眠れないわよねー!』
「扇情的!? レクルムさん、眠れなかったの!?」
突然叫びだしたサアラを、レクルムは冷えた視線で見つめる。
「なに言ってるの?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです……」
赤くなって首を振るサアラに、『いったい誰と話してるんだ?』と思うものの、知らない振りを貫くしかないレクルム。
まさか自分のペンダントがそんな暴露をしているとは思わず先を急いだ。
「あそこかな?」
教えられた店を見つけて中へ入る。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
レクルムが入ってきたのに一瞬驚いたような顔をした店主は、すぐににこやかに接客する。
店内を見て、女性ランジェリーのみの店だと知って、レクルムはそっと目を逸らした。
『きゃー、イケメン!』
『本当! 目の保養ねー』
『わたしを連れて帰って~!』
下着たちがざわめいた。
女の園というようにかしましい。
サアラはクスッと笑った。
「この子にニ、三セット下着をちょうだい」
サアラを店員の方へ押しやり、レクルムは言う。
「そんなにいらないです。一セットぐらいで……」
「いや、絶対予備は必要でしょ? なにがあるかわからないから!」
レクルムは万全を期す構えだ。
「承知しました。それではお客様、こちらへどうぞ。採寸しますね」
「採寸?」
「下着はちゃんとサイズを測って、身体に合うものをつけるだけで、スタイルが全然違って見えるんですよ」
穏やかそうな中年の店主は、母親のように優しく微笑んだ。
そういうものなんだとサアラは素直に頷いて、そのあとについていく。
「お連れ様はよろしかったら、こちらに腰かけてお待ちくださいね」
レクルムに椅子をすすめて、店主はサアラを店奥へ連れていった。
女性ものの下着に囲まれて落ち着かなかったレクルムはほっとして、椅子に腰を下ろした。
何度か試着をして、ようやく決まったらしく、ニコニコとしたサアラが店員とともに戻ってくる。
「レクルムさん、これを買ってもらっていいですか?」
サアラがぴらりと手に持っていた下着を見せた。
「わあっ、バカじゃないの! そんなの見せないでよ!」
ヒラヒラのレースが付いた白いショーツやブラジャーを見てしまって、慌ててレクルムは顔をそむけたが、目にしっかり焼きついてしまう。
「お客様、男性にそういうのを見せるものではありませんよ」
穏やかに店員はサアラを諭した。
「そうなんですね。ごめんなさい。ついうれしくて……」
周りに男性がいない環境で育ったため、その感覚の違いがいまいちわかっていなかったサアラだった。
かわいい下着にテンションがあがってしまっていた。
(もっと言ってやってよ!)
片手を額に当てながら、レクルムは心の中で喚いた。
下着と夜着を無事手に入れ、レクルムたちは宿へ戻ってきた。
食事をして、部屋に戻ると、今度は事前に風呂の使い方をレクチャーして、ちゃんと着替えを持たせて、サアラを風呂に送り込む。
はぁ。
ようやく部屋にひとりになって、レクルムはソファーにだらしなく転がった。
眼鏡を外して、ぼーっとする。
人と一緒にいるのは思ったより疲れるなと目をつむった。
ましてや女の子なんて、あまり身近にいたことがないから、勝手がわからない。
(女の子って、みんなこうなのかな?)
いや、違う気がすると、彼は首を振った。
「お先にお風呂いただきました。ありがとうございます」
うとうとしかけていたところに、サアラが戻ってきた。
ちゃんと言い含めていたとおり、買ったばかりの夜着を着ているし、下着も着けているようだ。
しかし、ワンピース形の白いレースの夜着を着たサアラは可憐で、かつ、上気した頬としっとり濡れた髪が色っぽく、レクルムは頭を抱えた。
昼間見てしまった下着を思い出してしまい、それをつけているのか、と勝手に頭は想像を膨らませる。
(やっぱり明日は部屋を分けたい……!)
「なにか、変ですか?」
そんな彼の様子に不安になったサアラは自分の身体やワンピースを見て、首を傾げる。
「別に。髪を乾かしてあげるから、おいで」
素直に頷いて、とことこやってくると、サアラはレクルムの脚の間にちょこんと座った。
(これっぽっちも身の危険を感じてないんだな)
襲わない自信はあるが、こう無防備にされては男として複雑なものがある。
はぁ、と小さく溜め息をつくと、彼は髪を梳きながら乾かしてやった。
昨日も思ったが、こうしているとどうしても彼女の髪が不揃いでガタガタなのが気になってたまらない。
「髪の毛を揃えてあげようか?」
「え?」
彼の脚の間でサアラが振り向く。
朝焼け色の瞳がレクルムを見上げた。
(サアラは白が似合うね)
唐突に彼は思った。
パール色の髪を梳きあげながら、赤、オレンジ、ピンクが混じりあった瞳を見つめる。
清純なまっさらな子どものような彼女には白が似合う。
そんな考えは口には出さず、レクルムは別のことを言った。
「この髪の長さがバラバラなのが気になるんだ」
「あぁ、すみません」
「別に謝ることじゃないでしょ。僕はただ切りたいって言ってるだけ」
サアラは目をパチクリさせて、「それならお願いします」と頷いた。
レクルムは宿の主人にハサミを借りてきて、風呂場にサアラを連れていった。
彼女の肩にタオルをかけると、左右の長さを整えていく。
「前髪切るから、目をつぶって」
「はい」
サアラは素直に目をつぶった。
レクルムが顔を近づけたようで、ほのかに息がかかって、くすぐったい。
チョキチョキチョキ……。
彼がすごくそばにいて、目をつぶっていると、その温かさまで感じる気がして、彼女はなんとなく息を詰めた。
「もういいよ」
目を開くと、思ったより近くにレクルムの満足げな顔があった。
「あー、すっきりした」
よっぽど気になっていたようで、彼はめずらしく微笑みを浮かべた。
初めて見る彼の笑顔に、サアラはなんだか胸の辺りがキューっとなった。
「ありがとう、ございます……」
頬を染めて、サアラが礼を言うと、近づきすぎていたことに気づいたレクルムが慌てて距離を取った。
肩に巻いていたタオルを取り、彼女に付いた髪の毛をはたき落としてサアラを見ると、美少女ぶりが上がっていて、レクルムはなんとなく後悔した。
(自分を追いつめてどうするの!)
サアラに「先に寝てていいよ」と言い、自分も風呂に入って、頭を冷やそうと思った。
風呂場を出て、ベッドに転がったサアラは、心に生まれたふわふわとした気持ちはなんだろうと考えていた。
なんだか胸が苦しい感じがする。
(お腹がいっぱいだからかな?)
サアラの美味しい満腹記録は、レクルムと過ごす時間とともに更新されていた。
世の中にこんなに美味しいものがあるなんて知らなかった。
それをレクルムは惜しみなく与えてくれる。
ご飯だけじゃない、服も下着も、髪を整えてくれる優しさも。
また、サアラの胸がキューッとなる。
レクルムの表情は、出会ってからほぼ不機嫌なものだったが、端々にサアラを気づかう様子が見て取れて、今までそんな扱いを受けたことがないサアラは戸惑っていた。
(部屋だって……)
レクルムは別々の部屋がよかったようだった。サアラといるのは息が詰まるのかもしれない。
彼に迷惑をかけている自覚はあるからもっともだと思う。
それでも、不安がるサアラを見て、溜め息をつきつつ、付き合ってくれた。
宿の主人とのやり取りを思い出し、ふとサアラはベッドに聞いてみた。
「そういえば、ベッドさんは、赤ちゃんの作り方を知ってますか?」
二人で一緒に寝る以外になにをするんだろうと素朴な疑問だった。
『あら、積極的! さっきの子と子づくりしたいの~?』
色っぽくベッドが返事した。
「違います! どういうことをするんだろうと思っただけです!」
サアラは赤くなって、慌てて否定した。
一瞬、レクルムに抱きしめられて眠る自分を想像してしまう。
胸が騒いで顔が熱い。
『そうなの~? つまんない。あのね、女の人の股の穴に男の人のおちんちんを入れるの』
「穴……?」
ベッドが身も蓋もない説明をして、サアラはそんな穴なんてあったかしらと首を傾げる。
『そうよ~。それで、女の人の中に男の人が子種を出すと赤ちゃんができるんだって~。私は赤ちゃんは見たことないけど』
「ふぇぇ~、そんなことするんですねー」
サアラはびっくりして、声をあげた。
宿の主人やレクルムが変な顔をした意味がわかった。
(そっかぁ、一緒に寝るだけじゃ、赤ちゃんはできないのね)
世の中には知らないことがいっぱいあるなぁとサアラは思った。
でも、自分には関わりのないことだと、枕に顔をうずめる。
「赤ちゃん作るの大変そうですね……」
ふわぁとあくびをしながらつぶやくと、枕が言った。
『でも、すごく気持ちよさそうだよ?』
「気持ちいい?」
『うん。みんな何度も気持ちいいって言ってるから、そうなんだと思うよ』
「気持ちいいんだ……」
自分の穴に男の人のを入れるなんて大変そうなのに、気持ちいいなんて不思議と思いつつ、サアラはそのまま眠りについた。
そんなやり取りがあったとは知らず、風呂からあがったレクルムは、なにもかけないで、突っ伏して寝ているサアラを発見した。
やれやれと思いながら、その身体に上掛けをかけてやる。
綺麗に整ったパール光沢の髪をそっと撫で、自分も寝ることにした。
思わずひとりは『イヤ』と言ってしまったけど、彼の様子を見て、激しく後悔していた。
(やっぱり私と同室は嫌だったのかな……)
「ごめんなさい……。そんなにお嫌なら部屋を変えてもらってきます」
しょんぼりとして、サアラは部屋を出ようとした。
その手をレクルムが掴む。
「もう、いいよ。めんどくさい」
「でも……」
「いいって! それより、買い物に行くよ」
(日が暮れる前にあれだけは買っとかないと!)
レクルムは立ち上がり、サアラの手を掴んだまま、部屋を出た。
メイン通りをキョロキョロして、レクルムはそれらしい店を探す。
あたりをつけて、店に入ると、「女性ものの夜着と下着はある?」と聞いた。
店員の若い女性は、美形の口から突然そんな言葉が出てきて、赤くなった。
(あぁ、それを買いに来てくれたんだ。優しいなぁ、レクルムさんは)
感謝の眼差しでサアラは彼を見上げた。
真っ赤になってうろたえている店員は申し訳なさそうに言った。
「あ、あの、うちは服屋ですけど、そういったものは置いてないんです……」
「じゃあ、どこにあるか教えてくれない?」
ポーッとなった彼女は、意味もなくうんうんと頷いて、下着屋の場所を教えてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、またぜひともお越しください!」
力強く言う店員に見送られて、店を後にする。
(ふわぁ、やっぱりレクルムさんはカッコいいから女の子はそうなっちゃうよねー)
自分も女の子なのだが、それを棚に上げて、感心する。
(カッコいいというより綺麗かなー?)
長く濃い睫毛に囲まれた菫色の瞳は強い光を放ち、見る者を魅了する。すーっと通った鼻筋は、薄くて形のよい唇に続き、あまり感情を表さない顔は人形みたいに整っている。
改めて彼の横顔を眺めて、『ふぇぇ、やっぱり綺麗』とサアラは思った。
口を開かなければ、彼女もかなりの美少女なのだが、容姿を褒められたことのないサアラは自覚はなかった。
彼女がそんなことを考えているとは知らず、レクルムは教えられた店へ急ぐ。
『ふふふ、レクルムったら、必死ねー』
彼のペンダントが胸元で揺れて笑った。
彼女は結構おしゃべりのようだ。
「必死……?」
小声で聞いてみると、ペンダントはくすくす笑って言った。
『そりゃあ、あなたのあんな扇情的な姿を見せられたら、眠れないわよねー!』
「扇情的!? レクルムさん、眠れなかったの!?」
突然叫びだしたサアラを、レクルムは冷えた視線で見つめる。
「なに言ってるの?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです……」
赤くなって首を振るサアラに、『いったい誰と話してるんだ?』と思うものの、知らない振りを貫くしかないレクルム。
まさか自分のペンダントがそんな暴露をしているとは思わず先を急いだ。
「あそこかな?」
教えられた店を見つけて中へ入る。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
レクルムが入ってきたのに一瞬驚いたような顔をした店主は、すぐににこやかに接客する。
店内を見て、女性ランジェリーのみの店だと知って、レクルムはそっと目を逸らした。
『きゃー、イケメン!』
『本当! 目の保養ねー』
『わたしを連れて帰って~!』
下着たちがざわめいた。
女の園というようにかしましい。
サアラはクスッと笑った。
「この子にニ、三セット下着をちょうだい」
サアラを店員の方へ押しやり、レクルムは言う。
「そんなにいらないです。一セットぐらいで……」
「いや、絶対予備は必要でしょ? なにがあるかわからないから!」
レクルムは万全を期す構えだ。
「承知しました。それではお客様、こちらへどうぞ。採寸しますね」
「採寸?」
「下着はちゃんとサイズを測って、身体に合うものをつけるだけで、スタイルが全然違って見えるんですよ」
穏やかそうな中年の店主は、母親のように優しく微笑んだ。
そういうものなんだとサアラは素直に頷いて、そのあとについていく。
「お連れ様はよろしかったら、こちらに腰かけてお待ちくださいね」
レクルムに椅子をすすめて、店主はサアラを店奥へ連れていった。
女性ものの下着に囲まれて落ち着かなかったレクルムはほっとして、椅子に腰を下ろした。
何度か試着をして、ようやく決まったらしく、ニコニコとしたサアラが店員とともに戻ってくる。
「レクルムさん、これを買ってもらっていいですか?」
サアラがぴらりと手に持っていた下着を見せた。
「わあっ、バカじゃないの! そんなの見せないでよ!」
ヒラヒラのレースが付いた白いショーツやブラジャーを見てしまって、慌ててレクルムは顔をそむけたが、目にしっかり焼きついてしまう。
「お客様、男性にそういうのを見せるものではありませんよ」
穏やかに店員はサアラを諭した。
「そうなんですね。ごめんなさい。ついうれしくて……」
周りに男性がいない環境で育ったため、その感覚の違いがいまいちわかっていなかったサアラだった。
かわいい下着にテンションがあがってしまっていた。
(もっと言ってやってよ!)
片手を額に当てながら、レクルムは心の中で喚いた。
下着と夜着を無事手に入れ、レクルムたちは宿へ戻ってきた。
食事をして、部屋に戻ると、今度は事前に風呂の使い方をレクチャーして、ちゃんと着替えを持たせて、サアラを風呂に送り込む。
はぁ。
ようやく部屋にひとりになって、レクルムはソファーにだらしなく転がった。
眼鏡を外して、ぼーっとする。
人と一緒にいるのは思ったより疲れるなと目をつむった。
ましてや女の子なんて、あまり身近にいたことがないから、勝手がわからない。
(女の子って、みんなこうなのかな?)
いや、違う気がすると、彼は首を振った。
「お先にお風呂いただきました。ありがとうございます」
うとうとしかけていたところに、サアラが戻ってきた。
ちゃんと言い含めていたとおり、買ったばかりの夜着を着ているし、下着も着けているようだ。
しかし、ワンピース形の白いレースの夜着を着たサアラは可憐で、かつ、上気した頬としっとり濡れた髪が色っぽく、レクルムは頭を抱えた。
昼間見てしまった下着を思い出してしまい、それをつけているのか、と勝手に頭は想像を膨らませる。
(やっぱり明日は部屋を分けたい……!)
「なにか、変ですか?」
そんな彼の様子に不安になったサアラは自分の身体やワンピースを見て、首を傾げる。
「別に。髪を乾かしてあげるから、おいで」
素直に頷いて、とことこやってくると、サアラはレクルムの脚の間にちょこんと座った。
(これっぽっちも身の危険を感じてないんだな)
襲わない自信はあるが、こう無防備にされては男として複雑なものがある。
はぁ、と小さく溜め息をつくと、彼は髪を梳きながら乾かしてやった。
昨日も思ったが、こうしているとどうしても彼女の髪が不揃いでガタガタなのが気になってたまらない。
「髪の毛を揃えてあげようか?」
「え?」
彼の脚の間でサアラが振り向く。
朝焼け色の瞳がレクルムを見上げた。
(サアラは白が似合うね)
唐突に彼は思った。
パール色の髪を梳きあげながら、赤、オレンジ、ピンクが混じりあった瞳を見つめる。
清純なまっさらな子どものような彼女には白が似合う。
そんな考えは口には出さず、レクルムは別のことを言った。
「この髪の長さがバラバラなのが気になるんだ」
「あぁ、すみません」
「別に謝ることじゃないでしょ。僕はただ切りたいって言ってるだけ」
サアラは目をパチクリさせて、「それならお願いします」と頷いた。
レクルムは宿の主人にハサミを借りてきて、風呂場にサアラを連れていった。
彼女の肩にタオルをかけると、左右の長さを整えていく。
「前髪切るから、目をつぶって」
「はい」
サアラは素直に目をつぶった。
レクルムが顔を近づけたようで、ほのかに息がかかって、くすぐったい。
チョキチョキチョキ……。
彼がすごくそばにいて、目をつぶっていると、その温かさまで感じる気がして、彼女はなんとなく息を詰めた。
「もういいよ」
目を開くと、思ったより近くにレクルムの満足げな顔があった。
「あー、すっきりした」
よっぽど気になっていたようで、彼はめずらしく微笑みを浮かべた。
初めて見る彼の笑顔に、サアラはなんだか胸の辺りがキューっとなった。
「ありがとう、ございます……」
頬を染めて、サアラが礼を言うと、近づきすぎていたことに気づいたレクルムが慌てて距離を取った。
肩に巻いていたタオルを取り、彼女に付いた髪の毛をはたき落としてサアラを見ると、美少女ぶりが上がっていて、レクルムはなんとなく後悔した。
(自分を追いつめてどうするの!)
サアラに「先に寝てていいよ」と言い、自分も風呂に入って、頭を冷やそうと思った。
風呂場を出て、ベッドに転がったサアラは、心に生まれたふわふわとした気持ちはなんだろうと考えていた。
なんだか胸が苦しい感じがする。
(お腹がいっぱいだからかな?)
サアラの美味しい満腹記録は、レクルムと過ごす時間とともに更新されていた。
世の中にこんなに美味しいものがあるなんて知らなかった。
それをレクルムは惜しみなく与えてくれる。
ご飯だけじゃない、服も下着も、髪を整えてくれる優しさも。
また、サアラの胸がキューッとなる。
レクルムの表情は、出会ってからほぼ不機嫌なものだったが、端々にサアラを気づかう様子が見て取れて、今までそんな扱いを受けたことがないサアラは戸惑っていた。
(部屋だって……)
レクルムは別々の部屋がよかったようだった。サアラといるのは息が詰まるのかもしれない。
彼に迷惑をかけている自覚はあるからもっともだと思う。
それでも、不安がるサアラを見て、溜め息をつきつつ、付き合ってくれた。
宿の主人とのやり取りを思い出し、ふとサアラはベッドに聞いてみた。
「そういえば、ベッドさんは、赤ちゃんの作り方を知ってますか?」
二人で一緒に寝る以外になにをするんだろうと素朴な疑問だった。
『あら、積極的! さっきの子と子づくりしたいの~?』
色っぽくベッドが返事した。
「違います! どういうことをするんだろうと思っただけです!」
サアラは赤くなって、慌てて否定した。
一瞬、レクルムに抱きしめられて眠る自分を想像してしまう。
胸が騒いで顔が熱い。
『そうなの~? つまんない。あのね、女の人の股の穴に男の人のおちんちんを入れるの』
「穴……?」
ベッドが身も蓋もない説明をして、サアラはそんな穴なんてあったかしらと首を傾げる。
『そうよ~。それで、女の人の中に男の人が子種を出すと赤ちゃんができるんだって~。私は赤ちゃんは見たことないけど』
「ふぇぇ~、そんなことするんですねー」
サアラはびっくりして、声をあげた。
宿の主人やレクルムが変な顔をした意味がわかった。
(そっかぁ、一緒に寝るだけじゃ、赤ちゃんはできないのね)
世の中には知らないことがいっぱいあるなぁとサアラは思った。
でも、自分には関わりのないことだと、枕に顔をうずめる。
「赤ちゃん作るの大変そうですね……」
ふわぁとあくびをしながらつぶやくと、枕が言った。
『でも、すごく気持ちよさそうだよ?』
「気持ちいい?」
『うん。みんな何度も気持ちいいって言ってるから、そうなんだと思うよ』
「気持ちいいんだ……」
自分の穴に男の人のを入れるなんて大変そうなのに、気持ちいいなんて不思議と思いつつ、サアラはそのまま眠りについた。
そんなやり取りがあったとは知らず、風呂からあがったレクルムは、なにもかけないで、突っ伏して寝ているサアラを発見した。
やれやれと思いながら、その身体に上掛けをかけてやる。
綺麗に整ったパール光沢の髪をそっと撫で、自分も寝ることにした。
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