上 下
4 / 30

4. イヤです!

しおりを挟む
 馬車の中に向かい合って座り、レクルムはホットドッグをサアラに手渡した。
 こっちはそんなに崩れてないとほっとする。
 
「ホットドッグだよ。これくらいなら食べられる?」
「ホットドッグ……。はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 そういう割にサアラが戸惑っているので、好きじゃなかったか、サンドイッチと交換しようかと思ったとき、ひらめいた。

(もしかして、食べ方がわからないの?)

 昨日の昼にサンドイッチを渡したときも、こんな反応だった。直接かぶりつくという概念がなくて、パンを剥がして食べようとしていた。

「ホットドッグもかぶりつくんだよ」
「あぁ、そうなんですね!」

 正解だったようで、にぱっと笑って、サアラはホットドッグの側面にかぶりつく。

「ちょっと! なんでそんなところから食べるの? 普通に端から食べればいいじゃない! あ、ほらケチャップが垂れる!」

 慌ててレクルムは付属のナフキンでそれをキャッチした。
 そして、目を白黒させているサアラに気づく。

「今度はなんなの?」

 渋面のレクルムが聞くと、「からいです……」と涙目でサアラが訴えた。
 どうやらマスタード部分だけ大量に口にしてしまったらしい。
 お子さま舌の彼女には初めての辛さだった。

「そこだけ食べたら、そりゃ辛いさ」

 呆れながらも水を飲ませてやり、こっちから具材と一緒に食べるんだと説明してやる。

(本当に子どもを相手しているみたいだ)

 なんだか父性本能が湧いてきている気がする。
 そう感じて、『なんで僕が……』とレクルムは顔をしかめた。

 ハラハラと見守りつつ、食事を終えると、サアラはうれしそうに笑った。

「美味しかったです! ちょっと辛かったけど」
「それなら、クッキーでも食べて、中和したら?」
「そうだ、クッキー!」

 その存在を思い出して、サアラは目を輝かせた。いそいそとクッキーの袋を取り出す。

「本当に食べていいんですか?」
「どうぞ?」
「ありがとうございます! こんなに美味しいものを初めて食べました。本当にありがとうございます!」

 大げさなほどに礼を言うサアラに照れくさくなって、レクルムは目を逸らした。

「別に。僕が食べたかっただけだから」
「あっ、そうだったんですね。すみません! じゃあ、お返ししますね」

 本当は食べたいだろうに、躊躇せずサアラがクッキーの袋をレクルムの膝に置いた。
 彼の眉間にシワが寄る。

「それは君にあげたものだから……」

 袋をまたサアラに差し戻した。

「でも……」

 サアラがためらっていると、『ふふふ、だいじょうぶよ。この人、甘い物嫌いだから』とレクルムのペンダントが告げ口をした。

「そうなの?」
「なにが?」
『そうそう。それはあなたのために買ったのよ。うふふ』

 ペンダントにつられて、サアラもふふっと笑った。

「なに?」

 レクルムは不機嫌そうに聞くが、彼女は笑って首を振った。

「うふふっ、なんでもありません。じゃあ、有難くいただきますね」

 サアラは袋から一枚クッキーを取り出して、大事そうに齧った。
 一口ごとに目を細めてじっくり味わう。

(本当に幸せ) 

 自然に頬がゆるんでしまう。

(もう死んでもいいって、このことだなあ)

 行き着く先は火口でも、つらくさみしかった環境から、突然こんなにわくわくする旅に連れ出されて、こんなに優しくされて、もうこれで十分だとサアラは思ってしまった。

(伝承のとおり、災害が止むといいなあ)

 孤児院でも野菜を作っていたが、日照り続きで収穫は少なく、だんだん食事事情が乏しくなってきていた。
 一日二回の食事もほとんど具のないスープと硬いパンが出てきたりこなかったりになって、みんな常にお腹を空かせていた。中にはぐったりしている子もいた。さらに地震も続くので、終わりの見えない状況に、みんな不安げだった。
 サアラがいなくなって、職員がほっとしていたのもある意味仕方がなかったと思う。
 村の人たちも困窮していて、それが自分の命で解消できるなら、安いものなのかもしれない。

(初めて人の役に立てるんだもんね!)

 ストレスフルな孤児院では、弱い者、異端な者に攻撃が向かう。
 サアラは呪われそうという不名誉な印象から暴力は受けなかったが、言葉によるいじめを受けるか、無視されるかで、誰からも顧みられることがなかった。

 それでも、こういう美味しいクッキーをみんなで食べられたら、よかったのになあと思う。そうしたら、みんなにこにこ笑顔でいられたんじゃないかなと思ってしまう。

 考えまいとしていたが、一度考え出すと想いが溢れ出して、それを呑み込むように、サアラはサクッとクッキーを頬張った。
 ゆっくりと一枚食べ終わると、サアラはクッキーの袋をしまった。



 御者が戻ってきて、馬車が出発する。

 相変わらず、サアラは外を眺めていたが、午前中と違って、ぼーっともの思いに耽っているようだった。
 そこに笑顔はなく、にこにこクッキーを食べていたときから、だんだん様子がおかしくなっていったのがレクルムは気になった。

(やっぱり自分の行く末を思い出して、不安になってるのかな……)

 それが普通の反応だよね、と彼は気の毒に思う。あまりにサアラがのほほんとしているから、それに慣れかけていた。
 レクルムは気分を変えてやりたくて、柄にもなく彼女に話しかけた。

「これから海の方へ行くから、徐々に景色が変わっていくよ」
「海に行くんですか!」

 サアラが食いついてきて、レクルムは、内心ほくそ笑んだ。

「そうだよ。今夜はシーハという街に泊まるけど、明日は海辺の街カルームに着く。海も見られるし、魚介料理も食べられるよ」
「私、海って見たことないんです! 貝も食べたことがないから楽しみです!」
 
 目をキラキラさせて、サアラが微笑む。さっきまでの沈んだ表情からいきいきとした顔になっている。

(うん。彼女はこういう顔をしている方がいいね)

 そんなことを思いながらレクルムは頷いた。

『わたしは海を見たことあるわ!』

 カーテンが得意そうに言った。

『僕だってあるよ!』

 カタカタと窓も主張する。

『きれいだけど、風がべたべたするの』
『あー、あれは僕もいやだなぁ』

 二人の会話にサアラはくすっと笑った。
 
『わたしなんて、海の近くに住んでたのよー』

 レクルムのペンダントまで参戦してくる。

「ってことは、レクラムさんは海辺の出身なんですか?」
『そうなのよ』
「は? 子どもの頃は海のそばに住んでいたけど……」

 突然のサアラの質問に、当惑しながらもレクルムは答えた。
 二手から答えが返ってきて、サアラは慌てた。

「あ、え、ああ、そうなんですね。じゃあ、海を見たことあるんですね。いいなぁ」
「君も明日には見られるから」
「はい!」

 そういえば、彼はサアラを気持ち悪がったり誰と話してるのかとか質問したりしてこないな、と不思議に思った。
 伝承に関わることだから、聞かれたら答えようと思っていたけど、どう取られるかわからないので、自分から告げるつもりはなかった。

(でも、レクルムさんは大丈夫かもしれない)

 出会って二日しか経っていないけど、彼に対する信頼感が生まれていた。

 海の話をしてから、サアラの表情は明るくなり、また元のように楽しそうに景色を眺め、物と会話して過ごした。



 シーハの街に着いた。
 宿に入ると、レクルムは「部屋を二つお願いできる?」と聞いた。

「えっ?」

 当然また同室だと思っていたサアラは、びっくりして声をあげてしまった。

「なに? ひとりでいいでしょ?」

 昨夜のことを思うとレクルムは部屋を分けたかった。
 どうせ逃げることはないだろうし、と思った。

「イヤです……。ひとりで寝たことないんです……」

 ひとりで宿に泊まるなんて心細くて、サアラは彼のローブの端を掴んだ。
 生まれてこのかた、ひとり部屋をもらったことのないサアラは、ひとりになったことがなかった。

 形のよい眉をひそめて、レクルムは彼女を見やる。

「じゃあ、チャレンジしてみなよ」
「イヤです……!」

 また高級そうな宿だ。お風呂だって付いてるに決まっている。昨日みたいなことがあったら、どうしたらいいのか不安が募って、サアラは首を振った。

「おにいさん、こんなかわいい子が一緒に寝たいって言ってるんだ。寝てやりなよ。男冥利に尽きるじゃないか」

 宿屋の主人がにやにや笑って言った。

「一緒に寝るわけないでしょ!」
「そうですよ! 赤ちゃん、できちゃう!」
「「はぁ?」」

 サアラの爆弾発言に男二人は素っ頓狂な声を出した。
 彼女の性知識は、本棚の片隅に隠されていた恋愛小説を盗み読んだものしかなかった。
 男と女がベッドで一緒に寝たら、子どもができると思っていたのだ。

「プッ、ハハッ、こりゃいい!」

 主人はゲラゲラ笑いだし、レクルムは赤くなって、「できないよ! そもそも一緒に寝ないし!」と叫ぶ。

「えぇー! それなら、どうしたらできるんですか?」

 大真面目にサアラが聞いてきて、主人は笑いが止められない。

「アハハハ、おにいさん、実践してやったら、どうだい?」
「バ、バカじゃないの!」

 思い切り眉間にシワを寄せて、レクルムは彼を睨んだ。

「ハハッ、なんにせよ、部屋はツインかダブルしかないよ。ダブルにするかい?」
「するわけないでしょ! ツインで!」

 散々笑われながら、部屋に案内されると、レクルムは、はぁぁ~~っと深い溜め息をついた。

(疲れた……)

 ソファーにぐったり腰かけ、髪を掻き上げた。
 そばでサアラはオロオロしていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

処理中です...