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「それじゃあ、お疲れさま。また来週ね」
「……お疲れさまでした」
将司さんはいかにも仕事終わりの部下にするような調子で手を上げ、去っていった。
ラブホテルの立ち並ぶ界隈から。
そのグレーのビジネスコートに包まれた後ろ姿を見つめながら、寒さにブルッと震える。
身も心も寒くて仕方ない。
(いつまでこんなこと続けるんだろう、私は)
他人事のように思う。
このままではいけないとわかってる。
それでも、この温もりを離してしまったら、私はひとりぼっちなのを思い出して、孤独に耐えきれないかもしれない。それが怖くてしがみついている。
ハァ、と深い溜め息をつく。
帰ろうと踵を返したところで、見覚えのある顔に出会い、ギクリと身体を強張らせた。
「見ぃ~ちゃった。宇沙ちゃんって、石原係長とそういう関係だったんだ」
そこにいたのは営業部のエース、木佐圭祐さんだった。
スタイルのいい長身に、細目だけど整ってる顔、いつもニコニコ笑ってて人当たりがいいので、女性社員に大人気の人だ。
総務部の私、宇沙見葵とは経費や事務書類の受け渡しでしか接点はないけど、木佐さんは名字からよく呼ばれる愛称で私を呼んできた。
「そういう関係って、どういう関係ですか?」
私は動揺を悟られないよう、とぼけて言葉を返すと、木佐さんはクスッと笑って答えた。
「どういうって、ラブホから一緒に出てくる関係」
そこまで見られてたんだと、私は一瞬、目を閉じる。
会社から離れた場所だったから、油断した。
そして、怖くなる。
木佐さんとは親しくないからおしゃべりなのかどうか知らないけど、将司さんとの関係を会社でバラされたら、もうあそこにはいられない。
将司さんは辞めないまでも、出世に響いてしまうかもしれない。
冷や汗がじっとりと滲んでくる。
困る。すごく困る。
「お願いします! 内緒にしてください」
「内緒ねぇ……」
すがるように、木佐さんに訴えるけど、木佐さんはいつもの笑みを浮かべるだけ。
綺麗な顔だけど、少しツリ目で、笑うと糸目になるから、いつもキツネっぽいと思う。
普段と同じさわやかな笑みを湛えた木佐さんの感情はまったく読めない。
「なんでもしますから、お願いします!」
必死に頼み込むと、「なんでも?」と少し首を傾げて、木佐さんは笑みを深めた。
嫌な予感がして前言を撤回する前に、スルリと肩を引き寄せられた。
「話が早いね」
楽しげに木佐さんは言うと、私の肩を抱いたまま、さっき出てきたばかりの自動ドアへと向かった。
「……お疲れさまでした」
将司さんはいかにも仕事終わりの部下にするような調子で手を上げ、去っていった。
ラブホテルの立ち並ぶ界隈から。
そのグレーのビジネスコートに包まれた後ろ姿を見つめながら、寒さにブルッと震える。
身も心も寒くて仕方ない。
(いつまでこんなこと続けるんだろう、私は)
他人事のように思う。
このままではいけないとわかってる。
それでも、この温もりを離してしまったら、私はひとりぼっちなのを思い出して、孤独に耐えきれないかもしれない。それが怖くてしがみついている。
ハァ、と深い溜め息をつく。
帰ろうと踵を返したところで、見覚えのある顔に出会い、ギクリと身体を強張らせた。
「見ぃ~ちゃった。宇沙ちゃんって、石原係長とそういう関係だったんだ」
そこにいたのは営業部のエース、木佐圭祐さんだった。
スタイルのいい長身に、細目だけど整ってる顔、いつもニコニコ笑ってて人当たりがいいので、女性社員に大人気の人だ。
総務部の私、宇沙見葵とは経費や事務書類の受け渡しでしか接点はないけど、木佐さんは名字からよく呼ばれる愛称で私を呼んできた。
「そういう関係って、どういう関係ですか?」
私は動揺を悟られないよう、とぼけて言葉を返すと、木佐さんはクスッと笑って答えた。
「どういうって、ラブホから一緒に出てくる関係」
そこまで見られてたんだと、私は一瞬、目を閉じる。
会社から離れた場所だったから、油断した。
そして、怖くなる。
木佐さんとは親しくないからおしゃべりなのかどうか知らないけど、将司さんとの関係を会社でバラされたら、もうあそこにはいられない。
将司さんは辞めないまでも、出世に響いてしまうかもしれない。
冷や汗がじっとりと滲んでくる。
困る。すごく困る。
「お願いします! 内緒にしてください」
「内緒ねぇ……」
すがるように、木佐さんに訴えるけど、木佐さんはいつもの笑みを浮かべるだけ。
綺麗な顔だけど、少しツリ目で、笑うと糸目になるから、いつもキツネっぽいと思う。
普段と同じさわやかな笑みを湛えた木佐さんの感情はまったく読めない。
「なんでもしますから、お願いします!」
必死に頼み込むと、「なんでも?」と少し首を傾げて、木佐さんは笑みを深めた。
嫌な予感がして前言を撤回する前に、スルリと肩を引き寄せられた。
「話が早いね」
楽しげに木佐さんは言うと、私の肩を抱いたまま、さっき出てきたばかりの自動ドアへと向かった。
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