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お粥
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しかし、根を詰めすぎた。
ある日、望晴は起きようとして、めまいがしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か!?」
拓斗が飛んできて、彼女を抱きあげて、ベッドに寝かす。
その際に望晴の身体が熱いのに気づいて、体温計を渡してきた。
「熱を測ってみろ」
彼女が体温計を脇に挟んでいる間に、拓斗はグラスに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
喉がカラカラだったので、助かる。
水を飲み干したところで、体温計がピピッと鳴り、表示を見ると、三八度五分だった。拓斗もそれを覗き込むと、眉をひそめた。
「結構高いな。病院に行くか?」
「いいえ、ただの風邪だと思うので、薬を飲んで寝てます」
その日は望晴の定休日だったのでよかったと思う。
でも、さすがに料理する元気はなく、望晴は謝った。
「朝食を用意できなくて、ごめんなさい」
「そんなものいい。それよりなにか欲しいものはあるか? 食欲は?」
「食欲はないです。氷枕みたいなものはありますか?」
「ない、気がする。僕はあまり風邪を引いた覚えはないから、なにもないと思う」
「じゃあ、冷凍庫に保冷剤があるので――」
「わかった。持ってくる」
拓斗はキッチンに向かいながら、誰かに電話していた。
保冷剤を濡れタオルで巻いたものを手に戻ってきた拓斗は、それをそっと望晴の額に乗せてくれる。
「気持ちいいです。ありがとうございます」
「今、コンシェルジュが薬を持ってくる。それを飲んでから寝るといい」
望晴は驚きとともにうなずいた。
(コンシェルジュってそんなことまでしてくれるんだ)
そこにインターフォンが鳴る。
拓斗が応対して、水と薬を手に戻ってきた。
望晴を起こして、薬を飲ませてくれる。
ふたたび横になった彼女に布団をかけ直して、濡れタオルを戻す。
(拓斗さん、優しいな)
されるがままになりながら、ぼんやりと思う。
「もう寝ろ」
髪をなでられて、目が閉じていく。
(なんて贅沢な病人なんだろう)
ふわふわした気分で思った。
どれだけ眠ったのか、望晴はぽかりと目が覚めた。
身体のだるさは残っているが、朝よりましになった気がする。
寝室には誰もいなくて静まり返っていた。
(拓斗さんは仕事よね)
当たり前のことがさみしい。
めずらしく体調を崩して心細くなっているらしいと自己分析して、望晴は溜め息をついた。
トイレに行こうと起き上がる。
寝室を出たら、リビングに拓斗がいた。ノートパソコンに向かって、仕事をしているようだ。
「拓斗さん、どうして?」
「そりゃあ、妻が熱を出したら、休むだろう」
「っ……ごめんなさい!」
忙しい彼の時間を奪ってしまったと、望晴は蒼白になった。
しかし、拓斗は不思議そうに首を傾げる。
「どうして謝るんだ? 僕が気になるだけだ。会社に行って、君のことが気がかりで、よけいなリソースを食うより、ここで仕事をしていたほうがはるかに効率的だ」
そういえば、と望晴は思い出す。彼は気になることを放っておけないたちだったと。
「それより、お粥でも食べるか?」
「お粥ですか?」
「あぁ、作ってみたんだ」
レトルトかなにかを買ってきてくれたのかと思ったら、手作りと知って、望晴は驚愕した。
「拓斗さんが!?」
「母に電話したら、なにも食べさせずに薬を飲ますなんて!と叱られた。お粥ぐらい作れと」
「でも、料理はできないって――」
「できない、じゃなくて、しないだけだろうと言われた」
おかしそうに拓斗が笑う。
「確かに、物理的にできないはずはない。だから、やってみた。うまくできているかどうかは別の話だが。食べられそうなら用意する」
「はい! いただきます!」
貴重な拓斗の作ったお粥を味わう機会を逃すわけにはいかない。望晴は勢い込んで言った。
「じゃあ、待ってろ」
彼はキッチンに向かった。
トイレに行って、洗面所で顔を洗ってすっきりした望晴がリビングに戻ると、テーブルの上にお粥が用意されていた。
椅子に座った彼女の肩に、拓斗は自分のカーディガンをかけてくれた。
お粥は白身と黄身が混ざり合っていない卵粥だった。
「いただきます」
手を合わせて、さじで一口食べる。
塩分がかなり控えめで優しい味だった。
拓斗が自分のために手づから作ってくれたものだと思うと感激して涙が出そうになる。
彼がじっと反応を窺っている。
「美味しいです」
望晴が言うと、ほっとしたように拓斗は笑みを見せた。
(好き……)
その笑顔を見て、望晴の胸に感情があふれた。
ずっと見ないふりをしてきたけど、認めざるを得なかった。
(こんなことされたら好きになるに決まってる!)
かりそめの結婚なのに、はかない関係なのに、彼が好きな気持ちが止められない。
「どうした?」
動きを止めた望晴をいぶかしげに見て、拓斗は聞いてきた。
慌てて食べるのを再開する。
「なんでもありません。お粥を味わってて」
「そうか。ゆっくり食べろ」
「はい。ありがとうございます」
お粥を食べて、薬を飲んで、もう一度寝ようとしたところ、望晴ははたと気づいた。
拓斗のベッドで寝ていたら、風邪をうつしてしまうのではないかと。
幸い、咳の出る風邪ではなかったが、あまり近くにいるのはよくないだろう。
「拓斗さん、私、自分の部屋で寝ます」
「どうしてだ?」
「だって、うつしてしまうと申し訳ないし……」
「それは気にしなくていいが。いや、そっちのほうが君もゆっくり休めるか……」
拓斗は納得いったようで、彼女の部屋に布団を敷いてくれた。
その間に、望晴は拓斗の寝室の換気をして、新しいシーツを出す。
ベッドのシーツを剥がそうとしているところに拓斗が来た。
「僕がやるからいい。君は寝てろ」
シーツを取り上げられ、強制的に布団に入れられた望晴はまたとろとろとした眠りについた。
ある日、望晴は起きようとして、めまいがしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か!?」
拓斗が飛んできて、彼女を抱きあげて、ベッドに寝かす。
その際に望晴の身体が熱いのに気づいて、体温計を渡してきた。
「熱を測ってみろ」
彼女が体温計を脇に挟んでいる間に、拓斗はグラスに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
喉がカラカラだったので、助かる。
水を飲み干したところで、体温計がピピッと鳴り、表示を見ると、三八度五分だった。拓斗もそれを覗き込むと、眉をひそめた。
「結構高いな。病院に行くか?」
「いいえ、ただの風邪だと思うので、薬を飲んで寝てます」
その日は望晴の定休日だったのでよかったと思う。
でも、さすがに料理する元気はなく、望晴は謝った。
「朝食を用意できなくて、ごめんなさい」
「そんなものいい。それよりなにか欲しいものはあるか? 食欲は?」
「食欲はないです。氷枕みたいなものはありますか?」
「ない、気がする。僕はあまり風邪を引いた覚えはないから、なにもないと思う」
「じゃあ、冷凍庫に保冷剤があるので――」
「わかった。持ってくる」
拓斗はキッチンに向かいながら、誰かに電話していた。
保冷剤を濡れタオルで巻いたものを手に戻ってきた拓斗は、それをそっと望晴の額に乗せてくれる。
「気持ちいいです。ありがとうございます」
「今、コンシェルジュが薬を持ってくる。それを飲んでから寝るといい」
望晴は驚きとともにうなずいた。
(コンシェルジュってそんなことまでしてくれるんだ)
そこにインターフォンが鳴る。
拓斗が応対して、水と薬を手に戻ってきた。
望晴を起こして、薬を飲ませてくれる。
ふたたび横になった彼女に布団をかけ直して、濡れタオルを戻す。
(拓斗さん、優しいな)
されるがままになりながら、ぼんやりと思う。
「もう寝ろ」
髪をなでられて、目が閉じていく。
(なんて贅沢な病人なんだろう)
ふわふわした気分で思った。
どれだけ眠ったのか、望晴はぽかりと目が覚めた。
身体のだるさは残っているが、朝よりましになった気がする。
寝室には誰もいなくて静まり返っていた。
(拓斗さんは仕事よね)
当たり前のことがさみしい。
めずらしく体調を崩して心細くなっているらしいと自己分析して、望晴は溜め息をついた。
トイレに行こうと起き上がる。
寝室を出たら、リビングに拓斗がいた。ノートパソコンに向かって、仕事をしているようだ。
「拓斗さん、どうして?」
「そりゃあ、妻が熱を出したら、休むだろう」
「っ……ごめんなさい!」
忙しい彼の時間を奪ってしまったと、望晴は蒼白になった。
しかし、拓斗は不思議そうに首を傾げる。
「どうして謝るんだ? 僕が気になるだけだ。会社に行って、君のことが気がかりで、よけいなリソースを食うより、ここで仕事をしていたほうがはるかに効率的だ」
そういえば、と望晴は思い出す。彼は気になることを放っておけないたちだったと。
「それより、お粥でも食べるか?」
「お粥ですか?」
「あぁ、作ってみたんだ」
レトルトかなにかを買ってきてくれたのかと思ったら、手作りと知って、望晴は驚愕した。
「拓斗さんが!?」
「母に電話したら、なにも食べさせずに薬を飲ますなんて!と叱られた。お粥ぐらい作れと」
「でも、料理はできないって――」
「できない、じゃなくて、しないだけだろうと言われた」
おかしそうに拓斗が笑う。
「確かに、物理的にできないはずはない。だから、やってみた。うまくできているかどうかは別の話だが。食べられそうなら用意する」
「はい! いただきます!」
貴重な拓斗の作ったお粥を味わう機会を逃すわけにはいかない。望晴は勢い込んで言った。
「じゃあ、待ってろ」
彼はキッチンに向かった。
トイレに行って、洗面所で顔を洗ってすっきりした望晴がリビングに戻ると、テーブルの上にお粥が用意されていた。
椅子に座った彼女の肩に、拓斗は自分のカーディガンをかけてくれた。
お粥は白身と黄身が混ざり合っていない卵粥だった。
「いただきます」
手を合わせて、さじで一口食べる。
塩分がかなり控えめで優しい味だった。
拓斗が自分のために手づから作ってくれたものだと思うと感激して涙が出そうになる。
彼がじっと反応を窺っている。
「美味しいです」
望晴が言うと、ほっとしたように拓斗は笑みを見せた。
(好き……)
その笑顔を見て、望晴の胸に感情があふれた。
ずっと見ないふりをしてきたけど、認めざるを得なかった。
(こんなことされたら好きになるに決まってる!)
かりそめの結婚なのに、はかない関係なのに、彼が好きな気持ちが止められない。
「どうした?」
動きを止めた望晴をいぶかしげに見て、拓斗は聞いてきた。
慌てて食べるのを再開する。
「なんでもありません。お粥を味わってて」
「そうか。ゆっくり食べろ」
「はい。ありがとうございます」
お粥を食べて、薬を飲んで、もう一度寝ようとしたところ、望晴ははたと気づいた。
拓斗のベッドで寝ていたら、風邪をうつしてしまうのではないかと。
幸い、咳の出る風邪ではなかったが、あまり近くにいるのはよくないだろう。
「拓斗さん、私、自分の部屋で寝ます」
「どうしてだ?」
「だって、うつしてしまうと申し訳ないし……」
「それは気にしなくていいが。いや、そっちのほうが君もゆっくり休めるか……」
拓斗は納得いったようで、彼女の部屋に布団を敷いてくれた。
その間に、望晴は拓斗の寝室の換気をして、新しいシーツを出す。
ベッドのシーツを剥がそうとしているところに拓斗が来た。
「僕がやるからいい。君は寝てろ」
シーツを取り上げられ、強制的に布団に入れられた望晴はまたとろとろとした眠りについた。
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