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結婚の挨拶③
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男性陣は口数が少なかったが、藤枝がうまく話を振ってくれて、なごやかに食事が進む。
鮟鱇のムニエルや子羊肉のローストなど、どれも美味しくて、望晴はいつものようにべらべらと感想を述べたくなったが、拓斗の父の手前、ぐっと我慢した。その代わりにワインを飲む。途中で赤に変わったが、それも豊潤で味わい深かった。
でも、大好きなデザートになったとき、とうとう耐え切れなくなる。
運ばれてきたフロマージュクリュの苺ソース添えを口にした望晴は、感嘆してつい言葉が漏れた。
「真っ白なクリームチーズに苺の赤が映えて、なんて美しいの! しかも、口に入れたら溶けるような食感の中にサクサクのクッキー生地が混ぜ込まれていて、二つの食感が楽しめるなんて! クリームチーズと苺の甘酸っぱさのバランスも最高ですね!」
拓斗がくくッと笑い、藤枝が「出た!」と手を叩いて喜んだ。
「これが噂に聞く望晴さんの感想か」
健斗がそうつぶやいたので、望晴は目をぱちくりさせた。
藤枝が解説してくれる。
「私が健斗さんに望晴さんの感想を伝えてたのよ。面白いって」
「そうなんですか!? 思ったままをつい言わずにはいられなくて、素人意見でお恥ずかしいです……」
「いや、その素直な感想を聞くことが稀だから貴重だよ。なによりはるやへの愛が伝わってきて、単純にうれしいし。だから、もともと君には会ってみたかったんだ」
「そう言っていただけると有難いです。はるやさんへの愛は昔からあります!」
望晴が胸を張る。
健斗は眉尻を下げた。しかし、次の藤枝の言葉に視線を鋭くした。
「そういえば、望晴さんもね、パッケージを今風にして、若い人にもアピールできるようにしたほうがいいと言っているのよ」
「はるやのパッケージは昔からの伝統的なものが評価されているんだ! 一目で『はるや』とわかるものが!」
健斗が不機嫌に言い放つので、望晴は慌ててフォローを入れた。
「伝統のパッケージは素敵だと思いますよ。私も好きです。全部変えるのがいいと言っているわけではなくて、新作……この間の『聖夜』のような限定商品にオシャレなパッケージをつけたら、きっと今まで興味を持ってもらえなかった人にも買ってもらえると思うんです。一度はるやのお菓子を味わったら、その良さが絶対わかるはずなので、そのきっかけになってほしくて」
パッケージは一部で、はるやの味を広めるためだと主張した。
(だって、本当にもったいないもの!)
すると、健斗は「う~ん」と唸って、黙り込んだ。
怒らせてしまったかとハラハラしていたら、「拓斗の入れ知恵か?」と尖った目を向けられて、望晴は首を傾げた。
「違う! 僕は望晴になにも言っていない。誰もが考えることなんだよ! いい加減認めたらどうなんだ!」
今度は怒った声で拓斗が言った。
「お前ははるやの伝統の重みがわかってないんだ!」
「そんなこと言って、どんなに味が良くても、新しい客を呼び込めなかったら、先細りだろ!」
にらみ合う父と子をなだめるように、藤枝が声をかけた。
「二人とも怒鳴らなくてもいいじゃない。望晴さんがびっくりしてるわよ」
たしなめられて健斗も拓斗も気まずげに目を逸らす。
藤枝は望晴のほうを見て、苦笑した。
「ごめんね、望晴さん。拓斗は大学時代からあなたと同じことを主張していたの。さらに『これからは通販の時代だ』と言うから、気に入らない健斗さんが怒っちゃって、大げんかしたのよ。それから拓斗は家を出て起業しちゃうし、二人ともろくに話さなくなっちゃって」
「通販はやっぱり正しかったじゃないか!」
図星だったようで、健斗がますます眉間のしわを深くして、への字口になる。
それは先ほどの拓斗とそっくりで、望晴はひそかにおかしくなった。
(似た者親子だわ)
健斗のこだわりゆえか、たしかにはるやが積極的に通信販売をやりだしたのは遅かった。
大学時代、近くにはるやの店舗がなかったので、望晴は難儀したものだ。
まさかこの親子の確執のせいだとは思わなかったが。
そして、拓斗が自分と同じ意見で父と対立しているとは思いもよらなかった。
(そういえば、檸檬羊羹をいただいたときに、拓斗さんが私の意見に食いついてきたことがあったわね)
パッケージも二人の仲違いもどちらももったいないと思った。
「……私、小さいころからはるやさんのお菓子が大好きなんです」
望晴が話し出すと健斗は少し表情を緩めて、彼女を見る。聞いてくれる気はありそうだと望晴は話を続けた。
「でも、それを友達に言うと必ず渋いねと笑われるんです。それがくやしくてくやしくて。それでも、食べてもらうと、みんな美味しいって言うんです。見た目だけ変えるのが腹立たしいというお気持ちはわかるんです。でも、お菓子って見た目を含めて楽しむものだとも思うんです。生菓子だって、いろんな見立てで作られていますよね? そんなふうにパッケージから楽しんでもらって、もっといろんな人にはるやのお菓子を楽しんでもらいたいんです」
健斗は黙り込んで、彼女の意見を否定も肯定もしなかった。
藤枝が健斗をつついた。
「もう、いい加減、意地を張るのはやめたらどう? 若い人の意見も聞かないと、はるやをこんなに愛してくれてる望晴さんにも嫌われちゃうわよ?」
「それは困るな」
つぶやいた健斗は望晴を見て、そして、ちらりと拓斗を見た。
「……そこまで言うのなら、デザイン室の若手に試しに作らせよう」
健斗が溜息まじりに言うと、望晴は喜びの声をあげ、拓斗は驚愕に目を瞠る。
「本当ですか!?」
「本当に!?」
それには答えずに、健斗は拓斗に言った。
「いいお嬢さんを捕まえたな」
「僕は昔から先見の明があるからね」
自慢するように言う拓斗に、健斗も藤枝も笑った。
でも、望晴は赤くなる。
まるで拓斗が望んで彼女を選んだように聞こえたからだ。
(ご両親の手前、そう言っているだけよ)
誤解しないように自分に言い聞かせた。
食事会は最後はなごやかに終わって、解散となった。
拓斗の両親と分かれた二人はAFストリートへ向かう。
レストランの窓から見えたイルミネーションが綺麗だと言ったら、拓斗がどうせ帰り道だから、そこを歩いて帰ろうと言ってくれたのだ。
街路樹はすべて白いライトで装飾されてきらめく。駅近くの広場には巨大なツリーが設置されて、七色の光のリボンで覆われていた。カーテン状になって、青い光が降り注ぐような電飾エリアもある。
どこを見てもきらきら輝き、思わず立ち止まってしまうほど美しい。
「綺麗ですね」
感嘆の溜め息をつきながら、望晴が言う。
「あぁ、だが、人が多いな」
ぶつかられそうになった望晴をかばい、拓斗が返す。
クリスマス直前の週末だけあって、人でごったがえしていた。
人の渋滞で、流れに沿って歩くしかなくて、ゆっくり移動するしかない。
普段、すたすたと歩く拓斗にとってはイライラするスピードだろうと思う。
しかも、カップルで来ているのが大部分だというのに、女の子がちらちらと拓斗を見て、頬を染めている。見られるのに慣れているのか、拓斗は気にしていないようだったが。
「すみません、私がここを見たいと言ったばかりに」
「いいや、この時期、ここが混雑すると知っていたのに来てしまった僕が悪い」
「そうなんですね。私は近くで働いてたわりに、こっち側を通らず、すぐ駅から帰っていました」
男性恐怖症の望晴は人混みが苦手だったので、近寄らないようにしていたのだ。
でも、隣に拓斗がいるだけで、なにも気にならなくなっている自分がいた。
(特訓のおかげかしら)
男性に対する苦手意識が薄れてきたように思う。
「それよりその手、寒くないか?」
拓斗が望晴の手を取った。
完璧な装いだと思ったら、手袋を忘れてきてしまったので、素手だった。
「冷え切ってるな」
指を絡めて握ると、拓斗は彼女の手を自分のコートのポケットに入れた。
温かいが、恥ずかしくて、望晴はうろたえた。
「反対側は自分のポケットにでも入れとけ」
言い方はそっけないが、まるで恋人のようなしぐさに、望晴の胸が高鳴ってしまう。
先ほどまで寒かったのに、急に体温が上がった気がした。
鮟鱇のムニエルや子羊肉のローストなど、どれも美味しくて、望晴はいつものようにべらべらと感想を述べたくなったが、拓斗の父の手前、ぐっと我慢した。その代わりにワインを飲む。途中で赤に変わったが、それも豊潤で味わい深かった。
でも、大好きなデザートになったとき、とうとう耐え切れなくなる。
運ばれてきたフロマージュクリュの苺ソース添えを口にした望晴は、感嘆してつい言葉が漏れた。
「真っ白なクリームチーズに苺の赤が映えて、なんて美しいの! しかも、口に入れたら溶けるような食感の中にサクサクのクッキー生地が混ぜ込まれていて、二つの食感が楽しめるなんて! クリームチーズと苺の甘酸っぱさのバランスも最高ですね!」
拓斗がくくッと笑い、藤枝が「出た!」と手を叩いて喜んだ。
「これが噂に聞く望晴さんの感想か」
健斗がそうつぶやいたので、望晴は目をぱちくりさせた。
藤枝が解説してくれる。
「私が健斗さんに望晴さんの感想を伝えてたのよ。面白いって」
「そうなんですか!? 思ったままをつい言わずにはいられなくて、素人意見でお恥ずかしいです……」
「いや、その素直な感想を聞くことが稀だから貴重だよ。なによりはるやへの愛が伝わってきて、単純にうれしいし。だから、もともと君には会ってみたかったんだ」
「そう言っていただけると有難いです。はるやさんへの愛は昔からあります!」
望晴が胸を張る。
健斗は眉尻を下げた。しかし、次の藤枝の言葉に視線を鋭くした。
「そういえば、望晴さんもね、パッケージを今風にして、若い人にもアピールできるようにしたほうがいいと言っているのよ」
「はるやのパッケージは昔からの伝統的なものが評価されているんだ! 一目で『はるや』とわかるものが!」
健斗が不機嫌に言い放つので、望晴は慌ててフォローを入れた。
「伝統のパッケージは素敵だと思いますよ。私も好きです。全部変えるのがいいと言っているわけではなくて、新作……この間の『聖夜』のような限定商品にオシャレなパッケージをつけたら、きっと今まで興味を持ってもらえなかった人にも買ってもらえると思うんです。一度はるやのお菓子を味わったら、その良さが絶対わかるはずなので、そのきっかけになってほしくて」
パッケージは一部で、はるやの味を広めるためだと主張した。
(だって、本当にもったいないもの!)
すると、健斗は「う~ん」と唸って、黙り込んだ。
怒らせてしまったかとハラハラしていたら、「拓斗の入れ知恵か?」と尖った目を向けられて、望晴は首を傾げた。
「違う! 僕は望晴になにも言っていない。誰もが考えることなんだよ! いい加減認めたらどうなんだ!」
今度は怒った声で拓斗が言った。
「お前ははるやの伝統の重みがわかってないんだ!」
「そんなこと言って、どんなに味が良くても、新しい客を呼び込めなかったら、先細りだろ!」
にらみ合う父と子をなだめるように、藤枝が声をかけた。
「二人とも怒鳴らなくてもいいじゃない。望晴さんがびっくりしてるわよ」
たしなめられて健斗も拓斗も気まずげに目を逸らす。
藤枝は望晴のほうを見て、苦笑した。
「ごめんね、望晴さん。拓斗は大学時代からあなたと同じことを主張していたの。さらに『これからは通販の時代だ』と言うから、気に入らない健斗さんが怒っちゃって、大げんかしたのよ。それから拓斗は家を出て起業しちゃうし、二人ともろくに話さなくなっちゃって」
「通販はやっぱり正しかったじゃないか!」
図星だったようで、健斗がますます眉間のしわを深くして、への字口になる。
それは先ほどの拓斗とそっくりで、望晴はひそかにおかしくなった。
(似た者親子だわ)
健斗のこだわりゆえか、たしかにはるやが積極的に通信販売をやりだしたのは遅かった。
大学時代、近くにはるやの店舗がなかったので、望晴は難儀したものだ。
まさかこの親子の確執のせいだとは思わなかったが。
そして、拓斗が自分と同じ意見で父と対立しているとは思いもよらなかった。
(そういえば、檸檬羊羹をいただいたときに、拓斗さんが私の意見に食いついてきたことがあったわね)
パッケージも二人の仲違いもどちらももったいないと思った。
「……私、小さいころからはるやさんのお菓子が大好きなんです」
望晴が話し出すと健斗は少し表情を緩めて、彼女を見る。聞いてくれる気はありそうだと望晴は話を続けた。
「でも、それを友達に言うと必ず渋いねと笑われるんです。それがくやしくてくやしくて。それでも、食べてもらうと、みんな美味しいって言うんです。見た目だけ変えるのが腹立たしいというお気持ちはわかるんです。でも、お菓子って見た目を含めて楽しむものだとも思うんです。生菓子だって、いろんな見立てで作られていますよね? そんなふうにパッケージから楽しんでもらって、もっといろんな人にはるやのお菓子を楽しんでもらいたいんです」
健斗は黙り込んで、彼女の意見を否定も肯定もしなかった。
藤枝が健斗をつついた。
「もう、いい加減、意地を張るのはやめたらどう? 若い人の意見も聞かないと、はるやをこんなに愛してくれてる望晴さんにも嫌われちゃうわよ?」
「それは困るな」
つぶやいた健斗は望晴を見て、そして、ちらりと拓斗を見た。
「……そこまで言うのなら、デザイン室の若手に試しに作らせよう」
健斗が溜息まじりに言うと、望晴は喜びの声をあげ、拓斗は驚愕に目を瞠る。
「本当ですか!?」
「本当に!?」
それには答えずに、健斗は拓斗に言った。
「いいお嬢さんを捕まえたな」
「僕は昔から先見の明があるからね」
自慢するように言う拓斗に、健斗も藤枝も笑った。
でも、望晴は赤くなる。
まるで拓斗が望んで彼女を選んだように聞こえたからだ。
(ご両親の手前、そう言っているだけよ)
誤解しないように自分に言い聞かせた。
食事会は最後はなごやかに終わって、解散となった。
拓斗の両親と分かれた二人はAFストリートへ向かう。
レストランの窓から見えたイルミネーションが綺麗だと言ったら、拓斗がどうせ帰り道だから、そこを歩いて帰ろうと言ってくれたのだ。
街路樹はすべて白いライトで装飾されてきらめく。駅近くの広場には巨大なツリーが設置されて、七色の光のリボンで覆われていた。カーテン状になって、青い光が降り注ぐような電飾エリアもある。
どこを見てもきらきら輝き、思わず立ち止まってしまうほど美しい。
「綺麗ですね」
感嘆の溜め息をつきながら、望晴が言う。
「あぁ、だが、人が多いな」
ぶつかられそうになった望晴をかばい、拓斗が返す。
クリスマス直前の週末だけあって、人でごったがえしていた。
人の渋滞で、流れに沿って歩くしかなくて、ゆっくり移動するしかない。
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しかも、カップルで来ているのが大部分だというのに、女の子がちらちらと拓斗を見て、頬を染めている。見られるのに慣れているのか、拓斗は気にしていないようだったが。
「すみません、私がここを見たいと言ったばかりに」
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男性恐怖症の望晴は人混みが苦手だったので、近寄らないようにしていたのだ。
でも、隣に拓斗がいるだけで、なにも気にならなくなっている自分がいた。
(特訓のおかげかしら)
男性に対する苦手意識が薄れてきたように思う。
「それよりその手、寒くないか?」
拓斗が望晴の手を取った。
完璧な装いだと思ったら、手袋を忘れてきてしまったので、素手だった。
「冷え切ってるな」
指を絡めて握ると、拓斗は彼女の手を自分のコートのポケットに入れた。
温かいが、恥ずかしくて、望晴はうろたえた。
「反対側は自分のポケットにでも入れとけ」
言い方はそっけないが、まるで恋人のようなしぐさに、望晴の胸が高鳴ってしまう。
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