上 下
32 / 52

結婚の挨拶

しおりを挟む
「入籍した!? マジか! なんでそんなことに?」

 開店前の店に啓介の声が響いた。
 翌日仕事に行った望晴は開店準備をしていたら、啓介に目ざとく婚約指輪のことを突っ込まれた。
 そこで、京都での出来事を話したのだ。
 鳩が豆鉄砲を食らった表情の見本のような顔で、啓介が叫んだ。
 無理もないと思う。自分でもまだ不思議だったから。

「とりあえず、おめでとう、でいいのか?」
「う~ん、特に今までと変わりないので、どうでしょう?」
「お互いに恋愛感情はないのか?」

 そう聞かれ、望晴はなんて答えたらいいかわからなかった。
 前までは即座に『ない』と返せた。でも、自分の気持ちに自信がなかった。
 確実に惹かれてはいる。が、それが恋愛感情なのかどうかはわからない。

(だって、あんなにかっこいい人に優しくされて、抱かれて、惹かれないわけがないわよね)

 でも、拓斗にその気がないのは明白だった。彼は便宜的に結婚を決めたのだ。

「ない、ですね……」
「そうか……。でも、一緒に暮らすうちに変わるかもな。なんせもう夫婦なんだからな」

 夫婦という言葉に、望晴は赤くなった。

(変わるのかしら)

 拓斗が自分にあきるか、他に好きな人ができるまでの暫定的な関係のはずだ。ただ、昨日の拓斗の様子から、少し違うのかもしれないとも思った。望晴はペーパー上の夫婦を求められたのかと思っていたが、拓斗は普通の夫であろうとしているのかもしれない。

「じゃあ、次はいよいよ両親へのご挨拶か?」

 そう言われて、望晴ははっと気づいた。

「由井さんのお父さまにご挨拶!?」

 急展開すぎたからしかたないにせよ、当然、藤枝にも結婚の挨拶をしていない。
 彼女の慌てた様子に、啓介があきれて言った。

「なんだ、そんな重要なことを忘れてたのか?」
「だって、急な話だったんですもの」

 でも、いくら偽造結婚だとしても、ご両親へ挨拶しないわけにはいかない。
 望晴はその夜、拓斗が帰ってくるなり、問いかけた。

「由井さんのお父さまへのご挨拶はどうしましょう?」

 上着を脱ぎながら、彼は顔をしかめた。

「父には母から言ってもらうからいい」
「そういうわけにはいかないでしょう?」

 どうやら彼は父と折り合いが悪いようだ。めんどくさそうにしている。

「それより、君ももう『由井』だけど?」

 身を引き寄せられて額と額をつけて言われて、望晴は頬を赤らめた。
 でも、はぐらかされるものかとキッとにらんで返した。

「……じゃあ、拓斗さん。大人のマナーとして挨拶はしたいです!」
「ごまかされなかったか」

 ふっと笑った拓斗は甘い瞳で見つめてきた。

「望晴、君は真面目だな。相談しとくよ」

 彼女を離した拓斗は服を着替えにいった。
 残された望晴は、いきなり呼びすてされて、やけにドキドキする胸をそっと押さえた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

孕まされ婚〜こんな結婚したくなかった〜

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVEで妊娠してしまい結婚するはめになった美結。男友達だと思ってたアイツがわたしに手を出すとは思ってなかった

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

処理中です...