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入籍
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「……こんなことになって、すまない」
拓斗が頭を下げてきた。
望晴は慌てて首を横に振る。
「いいえ、うちの両親も由井さんを逃したらあとがないと思ってる節があるので、やけに積極的ですみません」
母の勢いを思い出して、冷や汗が出る。
一日見知らぬ人のところで、拓斗の婚約者のふりをすればいいと思っていた。それがまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
でも、今さら嘘だと言える雰囲気でもない。
「検討したのだが……」
口ごもった拓斗が望晴をじっと見る。
望晴はこの状況を打破できる案があるのかと期待した。
「悪くないかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「入籍するのも悪くないかもしれないと思ってな」
思いもよらない彼の言葉に、ドキリとして彼を見返す。顔に熱が集まってきたのを感じた。
(もしかして由井さんは私のこと……)
なんて思ったのに、拓斗は全然別のことを言った。
「最近周囲からの結婚圧力に辟易していたんだが、入籍したら問題が解決する。君と暮らして一か月半経つが、驚くほどストレスがないんだ。身体の相性もいい。今後そんな相手を探すのは難しいだろうし、よかったら、結婚しないか?」
どうやらいつもの合理的思考のようだ。
(要はちょうどいいから、ペーパー上の結婚をしようということかしら? 今から結婚相手を探すのがめんどうだから?)
さらりと身体の相性と言われて、セックスフレンドみたいなものかとも思う。もやもやした望晴だったが、あんなに両親が喜んでいるのだから、偽造でも結婚するのもいいかもしれないと思えてきた。
彼女も拓斗と暮らして、快適さしかない。彼といると守られているようで安心するのだ。
顔が良くて、お金持ちで、優しい。拓斗はそんなハイスペックな人だ。愛されていなくても望晴にはメリットしかないように思える。
望晴は改めて拓斗を見つめた。
(これも縁よね)
彼女は決断して、口を開いた。
「他に好きな人ができたら言ってください。すぐ離婚しますから。先に離婚届を用意しておくのもいいですね」
「僕は惚れっぽくはない。でも、こんな短時間で決断を迫ってしまったんだ。君が別れたくなったときのために、離婚届を用意しておこう」
不本意そうな顔をした拓斗に、望晴は手を差し伸べる。
彼はその手の意味を問うように、首を傾げた。
「では?」
「はい。よろしくお願いします」
拓斗は望晴の手を握った。
やはり彼に触られると心地いい。
望晴にとってもこんな人が今後現れるかわからない。結婚を決断してよかったのだと自分を納得させた。
「あっ、ひとつお聞きしたいのですが、社長夫人としてなにかしないといけないことありますか? そういえば、G.rowは続けてもいいんですか?」
「なにもない。今までと生活を変える必要もない。働きたくないんだったら辞めてもいいが――」
「いいえ、働かせてください!」
かぶせ気味に言った望晴を見て、拓斗は目を細めた。彼女が働くのを好意的に受け止めてくれているのだとわかり、望晴はうれしくなった。
(お母さまも働いているもんね)
だから、女性が働くことに抵抗がないのかもしれない。
「僕からも一つ。君は気づいていないようだから言っておくよ。僕の父ははるやの社長だ。由井家ははるやの創業家なんだ」
「え、えぇーっ!」
縁があると思っていたら、はるやの御曹司だと知って、望晴は驚いた。
(ということは藤枝さんははるやの社長夫人? それなのになんでカフェで働いてるの?)
望晴の心を読んだように拓斗が言った。
「母は趣味であそこで働いてるんだ。もともと従業員だったし。ちなみに僕がはるやを継ぐことはない」
「ご兄弟が?」
「いや、いないよ。そのときになったら誰か最適な人を選ぶんじゃないかな」
他人事のように言った拓斗だったが、そこにさみしさのような苛立ちのような複雑な感情が滲んでいるのに気づき、望晴はなにか事情があるのだろうと思った。
彼女がそれを尋ねるべきかどうか悩んでいる間に、拓斗は切り替えるように言った。
「それじゃあ、僕は祖父母孝行、君は親孝行するか」
「はい」
拓斗が頭を下げてきた。
望晴は慌てて首を横に振る。
「いいえ、うちの両親も由井さんを逃したらあとがないと思ってる節があるので、やけに積極的ですみません」
母の勢いを思い出して、冷や汗が出る。
一日見知らぬ人のところで、拓斗の婚約者のふりをすればいいと思っていた。それがまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
でも、今さら嘘だと言える雰囲気でもない。
「検討したのだが……」
口ごもった拓斗が望晴をじっと見る。
望晴はこの状況を打破できる案があるのかと期待した。
「悪くないかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「入籍するのも悪くないかもしれないと思ってな」
思いもよらない彼の言葉に、ドキリとして彼を見返す。顔に熱が集まってきたのを感じた。
(もしかして由井さんは私のこと……)
なんて思ったのに、拓斗は全然別のことを言った。
「最近周囲からの結婚圧力に辟易していたんだが、入籍したら問題が解決する。君と暮らして一か月半経つが、驚くほどストレスがないんだ。身体の相性もいい。今後そんな相手を探すのは難しいだろうし、よかったら、結婚しないか?」
どうやらいつもの合理的思考のようだ。
(要はちょうどいいから、ペーパー上の結婚をしようということかしら? 今から結婚相手を探すのがめんどうだから?)
さらりと身体の相性と言われて、セックスフレンドみたいなものかとも思う。もやもやした望晴だったが、あんなに両親が喜んでいるのだから、偽造でも結婚するのもいいかもしれないと思えてきた。
彼女も拓斗と暮らして、快適さしかない。彼といると守られているようで安心するのだ。
顔が良くて、お金持ちで、優しい。拓斗はそんなハイスペックな人だ。愛されていなくても望晴にはメリットしかないように思える。
望晴は改めて拓斗を見つめた。
(これも縁よね)
彼女は決断して、口を開いた。
「他に好きな人ができたら言ってください。すぐ離婚しますから。先に離婚届を用意しておくのもいいですね」
「僕は惚れっぽくはない。でも、こんな短時間で決断を迫ってしまったんだ。君が別れたくなったときのために、離婚届を用意しておこう」
不本意そうな顔をした拓斗に、望晴は手を差し伸べる。
彼はその手の意味を問うように、首を傾げた。
「では?」
「はい。よろしくお願いします」
拓斗は望晴の手を握った。
やはり彼に触られると心地いい。
望晴にとってもこんな人が今後現れるかわからない。結婚を決断してよかったのだと自分を納得させた。
「あっ、ひとつお聞きしたいのですが、社長夫人としてなにかしないといけないことありますか? そういえば、G.rowは続けてもいいんですか?」
「なにもない。今までと生活を変える必要もない。働きたくないんだったら辞めてもいいが――」
「いいえ、働かせてください!」
かぶせ気味に言った望晴を見て、拓斗は目を細めた。彼女が働くのを好意的に受け止めてくれているのだとわかり、望晴はうれしくなった。
(お母さまも働いているもんね)
だから、女性が働くことに抵抗がないのかもしれない。
「僕からも一つ。君は気づいていないようだから言っておくよ。僕の父ははるやの社長だ。由井家ははるやの創業家なんだ」
「え、えぇーっ!」
縁があると思っていたら、はるやの御曹司だと知って、望晴は驚いた。
(ということは藤枝さんははるやの社長夫人? それなのになんでカフェで働いてるの?)
望晴の心を読んだように拓斗が言った。
「母は趣味であそこで働いてるんだ。もともと従業員だったし。ちなみに僕がはるやを継ぐことはない」
「ご兄弟が?」
「いや、いないよ。そのときになったら誰か最適な人を選ぶんじゃないかな」
他人事のように言った拓斗だったが、そこにさみしさのような苛立ちのような複雑な感情が滲んでいるのに気づき、望晴はなにか事情があるのだろうと思った。
彼女がそれを尋ねるべきかどうか悩んでいる間に、拓斗は切り替えるように言った。
「それじゃあ、僕は祖父母孝行、君は親孝行するか」
「はい」
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