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慣れてはいけない

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 翌日、望晴が起きると、ちょうど拓斗がシャワーでも浴びたのか、髪を拭きながらリビングに入ってきた。
 今日は土曜日なので、ジャージを着ている。

「おはようございます」
「おはよう。……身体は大丈夫か?」

 何事もなかった顔をしようとしていたのに、拓斗に気づかわれ、望晴は頬を染めた。

「大丈夫です。それより、二日酔いとか大丈夫ですか?」

 昨日はずいぶん飲んでいたような彼を思い出し、話題を変えるように聞く。もし二日酔いなら大根おろしでみぞれ雑炊でも作ろうかと思ったのだ。消化もいいし、さっぱり食べられるから、体調の悪いときに作る望晴の定番メニューだ。
 しかし、拓斗は首を横に振った。

「いや、酒はあまり強くないから、二日酔いになるほど飲めないんだ。すぐ眠たくなってしまって。それでも昨日は強引に飲まされたが。買収を円滑にするためと甲斐に言われなければ相手にしなかったのに」
「大変ですね。お疲れさまです。私は逆にお酒に強くて二日酔いになったことがありません。そんなに飲む機会はないですが」
「酒に強いようには見えないのに、君はなかなか意外性の人だな」

 拓斗はそう評して笑った。

(やっぱり昨日は酔っていたから、よけい理性が緩んだのね)

 変わらない彼の態度に、自分の予想が正しかったと納得する。

(あれもきっと特訓のうち)

 自分にそう言い聞かす。ともすれば、彼の愛撫する手や自分を貫いた彼の熱さを思い出してしまったが。
 拓斗は二日酔いじゃないと言ったが、胃が疲れているだろうと、朝食は和食にする。
 ご飯に、しじみの味噌汁、ほうれん草の胡麻和えに梅干しを出した。
 拓斗はいつものようにパクパク食べる。
 彼に感想をもらうのはあきらめた。食べっぷりがいいので、文句はないのだろうと思っている。

「G.rowはともかく、はるやカフェはしばらく行くのをやめたらどうだ? あの男が張っている気がする。羊羹なら僕が買ってきてやるから」

 唐突に拓斗が言い出した。彼の頭の中では繋がっているのかもしれないが、拓斗はそんなもの言いをよくする。
 でも、彼の言うことはもっともだったので、望晴は残念に思いながらも同意した。

「あそこのお店はガラス張りの壁だから、外から丸見えですもんね……。くやしいですが、そうします。そのうち彼も私に飽きてくれると思いますし」
「それがいい」

 拓斗はうなずいた。

「ところで、今日のご予定は?」

 いつものコーディネートをするために望晴は尋ねた。
 まったく出かけない日は彼はジャージのままでいるが、それ以外のときは行く場所によって望晴がコーディネートを考えている。

「今日はジムに行って、帰りに本屋に寄るぐらいだ」
「それならカジュアルなものでいいですね」

 彼は休日でも会社に顔を出すことがしばしばあるので、そういうときはビジネスカジュアルな服を選ぶ。
 ふと思って、拓斗にコーディネートをさせてみた。
 練習と言ったら素直に服を選んだ拓斗だったが、その服を見て、望晴は叫んだ。

「もう、拓斗さん! よりによって、どうしてこういう組み合わせを選ぶんですか!?」

 それは青みがかった紫のセーターに緑色のカーゴパンツだった。色もデザインも合ってない。

「この色の組み合わせって、気持ち悪くないですか?」
「そうか? 菖蒲の色合いで綺麗だと思ったんだが」

 彼なりに真面目に選んだようだ。いつもながら、彼のセンスに驚愕してしまう。

「確かに菖蒲っぽいですね。そう聞くと素敵な感じですが、その色合いは人間には似合いません!」

 その言葉に、拓斗はハハッと笑った。

「やっぱり、君が選んでくれたほうがいいな」
「でも、もう少しまともなコーディネートできるようにならないと……」
「僕には君がいるから必要ないだろ?」

 急に甘いまなざしでそんなことを言うから、望晴は胸が騒いで、困ってしまう。

(だけど、いつまで続く関係かわからないのに……)

 望晴はごまかすようにクローゼットに目をやり、オフホワイトのジーンズを取り出した。
 拓斗の出したセーターと合わせると爽やかだった。
 もともと拓斗に似合うと思って選んだ服ばかりなので、コーディネートしやすい。彼はなにを着ても決まるのでいつもうきうきと服を選んでいる。もちろん、先ほどのようなおかしな組み合わせでなければ。
 憧れのパーソナル・カラーコーディネーターに通じるものがあるから、よけい楽しかった。

 彼の部屋に入ったついでに、血のついたシーツを回収する。

「クリーニングに出しておこうか?」

 気を利かせたつもりのようで、拓斗が言うが、望晴はブンブンと首を横に振った。

「絶対にダメです!」

 こういうところが情緒がないとあきれてしまう。
 洗面所でシーツを手洗いして血を洗い流し、洗濯機に入れる。
 出社前に干すまでできて、ほっとした。

 拓斗が休日のときは、出勤前に夕食の準備もしていく。
 望晴が帰ってきてからでいいとは言われるが、休日の日ぐらいまともな時間に夕食をとってほしかったからだ。

「それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」

 同居して一か月以上経つうちにこんなやりとりにもすっかり慣れてしまった。

(それでも、火災保険が下りたら、アパートを探さないと)

 そう考えると、さみしい気持ちになるほどに。
 彼の温かさを思い出すと、心が疼く。
 でも、その日は土曜日なので客が多く、よけいなことを考える暇もなく望晴はめまぐるしく働いた。入江は現れず、平和に終わった。
 疲れた脚を動かして、拓斗のマンションに帰る。
 拓斗はいつもタクシーを使っているが、徒歩でも十五分ぐらいしかかからない。登り坂なのが少し難だけど。

(本当に便利よね)

 この快適さに慣れてしまったら、引っ越したあとがつらいなと望晴は苦笑した。
 しかも、もうすぐクリスマスなので、建物も並木もイルミネーションで飾られていて、帰り道はとても美しい。

(ここと反対側のイルミネーションはもっと綺麗なんだろうな)

 人混みが目に見えているので行ったことはないが、そちら側はイルミネーションスポットとして有名だ。
 誰かと見に行きたい気分になった。

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