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特訓の続き……?③

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「はぁぁ……」

 拓斗のマンションに着くと、望晴は気が抜けて、ソファーに倒れ込むように座った。
 ここにいれば、とりあえず安心だと思えた。
 目をつぶり、先ほどの出来事を反芻する。

(やっぱり入江さんって苦手だわ)

 不安障害が戻ってきそうで、深呼吸して気を静めた。

 ――先日結婚を決めたのです。

 ふいに拓斗の言葉を思い出し、望晴は今度は赤面した。
 恋もままならなかった望晴は結婚なんて考えたことはなかったが、憧れだけはあった。
 入江に望晴をあきらめさせるためだとわかっていても、ときめいてしまった。

(真に受けてもしかたないのに)

 自分を諫めて、かぶりを振る。
 拓斗との距離感がわからなくなりそうだった。
 そういえばと、自室にスマートフォンを取りに行く。
 スマートフォンは充電器に繋いだまま、そこにあった。
 拓斗からメッセージが来ている。
 一件は午前中のもの。接待があるという連絡で、もう一件は先ほどの時刻で、帰宅したら連絡を入れろというものだった。
 接待に向かいながらも望晴のことを気にかけてくれているようだ。
 そっけない文字の向こうに彼の温かい心が見える。
 拓斗の顔を思い浮かべて、望晴は微笑んだ。


 カチャ。

 鍵の閉まる音が聞こえて、リビングのソファーでうたた寝していた望晴は目を覚ました。
 時刻は零時を回ったところだった。

「おかえりなさい!」
「……ただいま。まだ起きてたのか」

 望晴の顔を見て、拓斗は目を瞬いた。
 かなり飲んだのか、色白の彼の頬は赤く、目がいつもよりとろんとしている。

「今日のお礼を言いたくて。といっても、さっきまでここで寝ちゃってたんですが。今日は本当にご迷惑をおかけしました」
「いや、いい。それより気分は大丈夫か?」

 拓斗は望晴の両頬に手をあて、顔を覗き込んだ。酔っているからか、ずいぶん距離が近い。
 長いまつ毛に覆われた目がじっと彼女を見る。
 その色気にあてられて、望晴は彼を見返すしかできなかった。
 言葉もなく、そっとうなずく。

「君が無事でよかった……」

 背中に手が回り、抱き寄せられる。
 体温の高い彼の身体が心地いい。

「特訓、ですか?」

 ときめく心をごまかすように聞くと、拓斗は目を瞬いた。
 そして、彼女の耳もとに顔を寄せて、ささやく。

「なぁ、今日はどこまでする?」

 そう返され、望晴は戸惑った。
 彼の顔を見上げると、艶っぽいまなざしに会って、心臓が跳ねる。
 望晴が答える前にすっと距離が縮まって、唇が合わされた。

「……!」

 目を見開く望晴をじっと観察するように見て、拓斗はささやいた。

「嫌じゃない?」

 魅入られたように彼を見つめ、望晴はこくりとうなずく。

(これも、特訓、なの……?)

 混乱するが、嫌じゃない。
 望晴の反応を見て、拓斗はふっと口端を上げた。

「これは大丈夫か?」

 もう一度合わされる唇。
 唇を舌でノックされ、望晴はおずおずと口を開けた。
 するりと舌が忍び込んできて、彼女の口の中を探る。
 他人の舌が自分の口の中にあるなんて、初めてのことで、望晴はどうしていいかわからず、拓斗の服を掴んだ。

「ん、んっ……」

 それでも、拓斗の舌が上顎をなでると、くすぐったいような快感が生まれ、甘い声をあげてしまう。
 舌は歯列をたどったあと、望晴の舌を掬い取り、絡められた。

(熱い……)

 彼の舌から熱が伝わるように、望晴の身体が熱くなってくる。
 そっと拓斗が彼女の肩をなでおろした。腰を引き寄せられる。身体が密着する。
 その代わりに唇が離れて、目を覗き込まれた。

「どこまで……?」

 かすれた声でふたたび問われる。
 その瞳に欲望を見いだして、望晴はゾクッとした。でも、それは嫌悪感ではなく、期待からくるものだった。

(彼と最後までできたら、男性が怖くなくなるかも)

 男性が怖かった望晴は誰かと深い関係になることなど想像もしていなかった。でも、これは変わるきっかけになるかもしれないと思った。
 そんな打算的なことを考えつつ、ただ拓斗と抱き合いたいという単純な欲望にも駆られる。
 彼女の腰を引き寄せたまま、拓斗は答えを待っている。拒否すれば、すぐ放してくれるだろう。
 でも、望晴は思い切って、口を開いた。

「……最後まで」

 言い終わった瞬間、口を塞がれた。
 熱い舌がまた口の中に侵入してくる。先ほどより強く舌を絡められて、ごくりと唾を呑み込む。
 彼の手が腰のくびれをなぞり、背中、お尻へと下りてくる。
 愛撫されながら、深いキスを繰り返され、望晴の頭はぼーっとしてきた。

「おいで」

 唇を離した拓斗は手の甲で口を拭い、望晴の手を引いて、自室に連れていった。
 望晴をベッドに押し倒した彼は上着を脱いで、のしかかってくる。
 また、唇を合わせながら、髪の毛をなでられる。
 その手は首筋から肩、胸へと進んでいく。
 大きく円を描くように胸をなでられ、望晴は身じろぎした。
 パジャマ姿で下着をつけていなかった彼女はその手の感触を敏感に感じてしまったのだ。

「嫌だったら言ってくれ」

 拓斗が言うが、望晴は恥ずかしいだけで、嫌ではなかった。
 むしろ、身体が疼いて、もっと触ってほしいとまで感じていた。

「嫌、じゃないです」

 言葉を補強するように、望晴は彼の首もとに腕をからめた。
 微笑んだ拓斗は彼女の首筋に顔をうずめた。
 唇が這っていく感触が望晴をくすぐったいようなじれったいような気分にさせ、甘い吐息が漏れる。
 いつの間にかパジャマのボタンが外されて、そこから手が忍び込んでくる。
 すくい上げるように胸を持ち上げられ、指先で先端を愛撫されると、ジンと下腹部に響いた。
 拓斗は丁寧に望晴をほぐし、熱く抱いた。

 ふっと明け方に目覚めた望晴は自分が温かい腕に包まれているのに気づいて、顔を赤らめる。

(そっか、昨日、由井さんと……)

 お腹の奥に彼を受け入れた感触がある。
 恥ずかしいところをすべてさらけ出して、触られて、身の内に彼を感じた。
 一度も嫌悪感や恐怖心を覚えることなく、彼と身体を重ねられた。
 その行為は望晴の心のありようを塗り替えるようで、張り巡らせていた防御壁が溶けてなくなったようだった。
 それがうれしくて、微笑んだ。

(究極の特訓ができたかも)

 拓斗は穏やかな寝息をたてている。
 その寝顔を見ると、胸がキュッとした。

(そう、きっと訓練の一環だわ)

 彼の態度から、好意はあるにせよ、特別な感情を持たれているとは思えなかった。

(たぶん、ちょうどよくそばにいたから。こうなっただけ)

 そう思う。でも、望んだのは自分だ。
 一つ溜め息をつく。
 彼を起こさないように、望晴はその腕を抜けた。
 パジャマはいつの間にか着せられている。
 自室に戻り、ベッドに潜りこむと、もう一度目を閉じた。
 一人の布団はひんやりした。


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