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特訓の続き……?

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 それからナンパ男はたびたびお店に来た。
 G.rowのテイストが気に入ったと言って、来るたびに服や小物を買っていくので、望晴は来ないでくれとは言えなかった。

(別に私に会いに来てると言ってるわけじゃないし)

 頻度としては高いが、近くで働いているから、帰るついでに寄ったと言われると、そんなものかとも思う。

(自意識過剰なのかしら?)

 啓介がいるときは接客を代わってくれるのだが、彼は普通な応対をするだけだ。もやもやとしながらも、客として彼を受け入れるしかなかった。やけに親しげな客と思うしかない。
 啓介が情報収集しておこうと顧客カードに記入してもらうと、その名前欄には入江俊とあった。
 彼が来たときは、望晴が沈みがちなので、拓斗はすぐに気づいて、彼女の頭に手を置いて、なぐさめてくれた。
 特訓の成果か、触れられることに慣れてきた気がする。

 その日も入江が現れ、暗い顔をしていた望晴を見て、拓斗が彼女を自分の胸に引き寄せた。
 彼の腕に包まれ、髪をなでられる。
 驚いた望晴だったが、彼の体温は心地よかった。
 彼の胸に手をあて、目を閉じる。
 トクトク、トクトク。
 規則正しい心音が聞こえて、落ち着く。
 二人はしばらくお互いの体温を感じ合っていた。

「今日はここまで、な」

 そうささやいて、急に拓斗が身体を離す。

(いつもの訓練ね……)

 消えたぬくもりを残念に思ってしまう。でも、ふいっと顔を逸らした彼の耳が赤くなっているのが見えた。

(照れてるの?)

 自分からハグしたくせにと望晴はおかしくなって笑った。
 入江に乱された心がすっかり回復していた。



 そんなある日、望晴がブティックで働いていると、拓斗の秘書の甲斐がやってきた。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ」

 甲斐は、拓斗をここに初めて連れてきた以来、たまに来て、拓斗の様子を聞いてくる。
 せっせと服を買い上げていく拓斗のことを聞いて、満足そうだった。
 ソフトな笑みを浮かべ、甲斐は会釈する。

「いつも由井がお世話になっております。おかげさまで、この間の新聞のインタビューでも『由井社長は私服もオシャレなんですね』と褒められてましたよ」
「いいえ、お世話になっているのはこちらのほうで」
「同棲されてるんですよね。驚きました」
「同棲じゃなくて同居です。火事で締め出された私を気の毒に思って、住むところを提供してくださっているんです」
「社長はそういうタイプじゃないと思っていましたが……」

 面白がるような顔をした甲斐に、望晴は弁解した。

「由井さんはとても親切な方ですよ? 誤解されやすそうですが」
「親切ねぇ……。ところで、その社長から伝言です」
「え?」
「急な接待が入って、今日の夕食はいらないとメッセージを送ったのに、午後になっても反応がないと」
「す、すみません! 今日はスマホを忘れてきてしまって……」

 昼休みに気づいたのだが、特に連絡してくる人もいないだろうと思っていた。
 そんなときに限って、拓斗が連絡を入れてくれたらしい。

「もしかして、そのために甲斐さんがわざわざ来てくださったんですか?」
「社長は気になることを放っておけないたちで、あなたの様子を見てこいと言われました」
「お忙しいところ、本当に申し訳ございません」

 望晴は深々と頭を下げた。
 きっと拓斗は望晴のことを心配してくれたのだろう。
 甲斐はほがらかに笑って返した。

「いえいえ、なにごともなくてよかったです。これで社長も落ち着いて仕事ができるというものです」
「落ち着いて?」
「あなたからの返信がないのが気になって、『なんで僕がこんなことに脳のリソースを割かないといけないんだ』とぶつぶつ言ってましたからね」

 おかしくてならないという甲斐の様子に反して、望晴は蒼ざめた。
 彼の貴重な時間を奪ってしまったことに申し訳ないと思ったのだ。

「返す返すも申し訳ございません。由井さんにも謝っておいてください」
「大丈夫ですよ。私は大学時代からの付き合いですが、彼は本当に嫌なことや興味ないことには最初から関わらないし、時間も割かないので」
「由井さんは昔からそうなんですね」
「そうですね。人を見限るのも早くて、周りにいる人間は戦々恐々としてますよ」

 そう言って、甲斐は肩をすくめた。そして、腕時計を見て言った。

「それでは、私はこれで失礼します」
「ご伝言ありがとうございました。由井さんにもよろしくお伝えください」
「承知いたしました」

 甲斐が去っていくと、望晴は反省した。

(これからはスマホを忘れないようにしないと)

 ストーカーのせいで、大学時代の友達とは連絡を絶ち、地元の友達とも疎遠になってしまって、望晴の交友関係はほとんどなかった。
 でも、自分を気にかけてくれている存在がいるのだと思うと、心が温かくなる。
 知らないうちに笑みが漏れ、啓介に不審がられた。

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