かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子

文字の大きさ
上 下
14 / 52

ナンパ男

しおりを挟む
 定休日の月曜日、望晴は出かけることにした。行き先は、AFモールのはるやカフェだ。

(久しぶりよね)

 以前は仕事帰りに寄って、夕食代わりに羊羹や和菓子を食べていたのだが、このところは拓斗の夕食を作るためにまっすぐ帰っているから、行く暇がなかったのだ。
 その代わり、拓斗の部屋から近いので、今日みたいに休日に気軽に行ける。
 はるやの店舗は、右側がカフェになっており、左側にはショーケースの中に持ち帰り用のお菓子が並んでいた。

「あら、西原さん、いらっしゃい」

 屋号が染め抜かれたのれんをくぐった望晴を見て、顔なじみの店長が声をかけてくれる。
 着物を小粋に着こなしたちゃきちゃきとした女性だ。望晴の母親と同じ世代だと思うのだが、細面の顔は若々しい。

「こんにちは、藤枝さん」
「今日のおすすめは季節限定の柚子羊羹ですよ」
「わぁ、美味しそう! じゃあ、それとお汁粉と煎茶のセットをください」

 週一ペースでここに来ていた望晴はすっかり常連客で、あるとき、はるや愛を語った拍子に店長と意気投合して仲良くなったのだ。
 名前はテナント割引を適用するために、ネームプレートを出していたら、覚えられた。
 藤枝はオシャレなトレイの上に、柚子羊羹とお汁粉、煎茶を載せて、望晴の前に置く。黒地の皿に載った柚子羊羹の黄色が鮮やかだ。

「寒くなってきたから、お汁粉が恋しかったんです。あ~、この絶妙な甘さ加減と口当たりが最高! 数々のお汁粉を食べてきたけど、やっぱりはるやさんのは違いますよね! ん~、幸せ!」

 早速、お汁粉を匙ですくって口に入れた望晴は目を細めた。
 その様子を見て、店長もにこにこする。

「西原さんが本当に美味しそうに食べてくれるから、こっちまでうれしくなるわ」
「だって、本当に美味しいんですもん」

 そう言いながら、パクパクとお汁粉を食べた望晴は、煎茶で舌をリセットすると、今度は黒文字で柚子羊羹を切って食べた。

「これはさわやかな甘さですね。柚子の果実のちょっとした苦みがアクセントになっていて、いくらでも食べられそう!」
「気に入ってもらえてよかった」
「そういえば、この間、限定の檸檬羊羹も食べたんです。柚子とはまた違った爽快さで美味しかったです。色も綺麗でツートンになってて、かわいかったし」
「それはうれしいわ。社長に言っとかないと。うちも少しはバリエーションを増やしたいということで試しに作ったのよ。社長は渋ってたけど」

 彼女は、はるやの社長と気安く話せる間柄なんだと驚きながら、望晴は相槌を打った。それならばと、この間、拓斗にも語った持論を披露する。

「そうなんですね。それならパッケージをオシャレにしたり、小分けにしたりしたら、もっと幅広い人に食べてもらえるんじゃないかと思うんです。若い人たちにこの美味しさをもっと知ってもらいたいなぁ」
「……息子と同じことを言うのね」

 なぜかさみしげに藤枝がつぶやいた。

「息子さんが?」
「いいえ、なんでもないわ。ゆっくり召し上がってくださいね」

 すぐ笑みを取り戻した藤枝はそう言って、厨房のほうへ戻っていった。
 柚子羊羹を堪能していると、望晴の横で人が立ち止まった。

「おねーさん、ひとり?」

 いきなり話しかけられ、彼女は驚いて顔を上げる。
 そこには顔はいいけど軽薄そうな男性がいた。
 まったく見覚えのない顔だ。
 彼は勝手に望晴の向かいの席に腰かけた。

「俺もひとりだから一緒に食べようよ」

 にこりと笑って、メニューを広げる。
 彼を追い払いたいのに、望晴の顔からは血の気が引いて、声が出なかった。

(どうしよう。怖い……)

 パニックを起こした望晴は息が苦しくなって、口もとを押さえた。

「そんな怖い顔しないでよ。せっかくかわいいのに」
「……っ!」

 彼は口を押さえている望晴の手を掴んできた。
 ビクッとした彼女はその手を振りほどこうとするが、しっかり握られていて、離せない。

「放して……」
 
 ようやく声を出すことができて、望晴は小さくつぶやいた。
 でも、その男はにやにやと笑いを浮かべるだけだった。
 そこへ、ふいに別の手が出てきて、望晴から彼の手を引き離す。

「僕の連れになにか御用ですか?」

 凛とした声で尋ねたのは拓斗だった。

「由井さん!」

 男は笑みを顔に貼りつけたまま、拓斗を見た。

「連れ? 今、彼女とお茶してるのは俺だけど?」

(違う!)

 望晴がブンブンと首を横に振ると、拓斗は彼女を守るように、肩に手を置いた。
 急に触れられて、びくりと身じろぎしそうになるのを望晴は抑える。
 拓斗はかばってくれるつもりのようで、わざと誤解を招く言い方をした。

「彼女とは一緒に住んでいる間柄だ。見たところ、彼女は嫌がっているようですが?」

 冷たい瞳を向けた拓斗に、男はへらりと笑った。

「なんだ。同棲してるのか。それはお邪魔しました~」

 さっさと立ち上がり、片手を上げると去っていった。
 拓斗はすっと望晴の肩から手を離す。
 彼女の口から安堵の溜め息が漏れた。
 そして、感謝のまなざしで拓斗を見上げる。

「ありが――」

 望晴がお礼を言いかけたとき、興奮したような声に遮られた。

「あなたたち知り合いだったの!? っていうか、拓斗、あなた、西原さんと同棲してたの? いつから?」

 目をキラキラさせて問いかけてきたのは藤枝だった。
 やけに拓斗に対して親しげだ。
 拓斗はめんどくさそうに答える。

「同棲じゃなくて、同居。母さんこそ、西原さんと知り合いだったんだ?」
「えっ、藤枝さんが由井さんのお母様?」

 望晴は驚いて、二人を見比べた。
 言われてみれば、顔立ちが似ている。特に、目の形がそっくりだ。

「藤枝は旧姓なのよ。拓斗がお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ、由井さんにはお世話になりっぱなしで。今も助かりました。ありがとうございます」

 望晴が二人に向かって頭を下げると、藤枝が顔を曇らせた。

「さっきの方、お知り合いかと思って見ていたら、西原さんが困っているようだから、お声をかけようとしていたところだったの。ちょうど拓斗が来てよかったわ。はい、これ、頼まれていたものよ」

 藤枝はそう言って、拓斗に紙袋を渡した。
 どこかへの手土産なのか、はるやの紺色の紙袋だ。
 拓斗はそれを取りに来たようだ。

「まったく知らない人で、怖くて動けなかったんです」

 困った顔で微笑んだ望晴を見て、藤枝は謝ってくる。

「それなら早く声をかけたらよかったわね。申し訳ないことをしたわ」
「いいえ、まさかお店の中でナンパしてくるとは思いませんもの」
「本当よね。よっぽど魅力的だったのね」

 望晴は苦笑して、かぶりを振った。
 藤枝は拓斗を振り返り言う。

「拓斗、西原さんを家まで送っていってあげなさい」
「いえっ、大丈夫です! そんな申し訳ない……」
「僕もそう思ってた。なんかしつこそうな男だし、まだその辺をうろついてたらめんどうだ」

 待ち伏せされる可能性を指摘されて、望晴は青くなった。それでも、彼女は首を横に振る。

「でも……」
「これをもらって置きがてら、家に書類を取りに帰るところだったんだ。問題ない。それより、ここでうだうだしている時間のほうがもったいない」

 遠慮する望晴に、拓斗は淡々と言う。それはただ事実を述べているだけのようだったので、その言葉に甘えてもいいかと思い、望晴はうなずいた。

「じゃあ、お願いします。ありがとうございます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

処理中です...