シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

プロローグ

　バシャッ！

　避ける間もなく⼀花は頭からシャンパンをかぶった。
　シュワシュワとした泡が肌で弾ける。雫が滴る。
　とっさに⽬をつぶったけれど、彼⼥の顔を直撃したシャンパンは⼝の中にも⼊ってきて、⾼級そうな味がした。
　一花は唇に垂れてきた雫を舐めて、「もったいないな。美味しいのに」とつぶやく。
　それは先ほどまで飲んでいたものと同じ味だった。

（ベル・エポックよね）

　ドリンクカウンターに瓶が置いてあったから、多分、⾼級シャンパンのベル・エポックだ。⼀花はお酒に詳しいわけではないけれど、アネモネの絵が描いてあるオシャレな瓶だから覚えていた。

　ここはホテルの⼤宴会場。⾦を基調とした煌びやかな空間で、いずみ産業創業三⼗周年記念パーティーが開かれている。
　⽚肩から裾まで縦に⼤きなフリルのあるスタイリッシュなドレスを⾝にまとった⼀花は、訳あって縁もゆかりもないこの会社のパーティーに出席していた。
　⼿持無沙汰だった彼⼥は、中央に設置された⾒事な花のデコレーションを⾒ようと近づいたところだった。
　せっかくのドレスがしみになったらどうしようと焦ってハンカチを出した⼀花に声がかけられる。

「あら、ごめんなさい。つまずいちゃって」

　視線を上げると、美⼥がいた。
　黒のマーメイドラインのドレスを⾝にまとったスレンダーな⼥性だ。
　申し訳ないなんて、みじんも思っていない表情で空のグラスを揺らしている。
　整っているが作り物めいた顔の中⼼で、薄い唇がにゅっと不⾃然に弧を描く。
　どうやら彼⼥が⼀花にシャンパンをかけたらしい。

「そんな恰好ではパーティにいられないわね。弁償しますから使⽤⼈についていってくださるかしら？」

　そう⾔って、彼⼥は出⼝を指さした。
　パーティ序盤でこんなふうに退場させられるとは思っていなかったなと⼀花は妙に感⼼する。
　それにまさか、こんなベタな嫌がらせをされるとは考えてもみなかった。

（もう、颯⽃さん、話が違うじゃない！）

　⼀花は不敵な表情を浮かべた颯⽃の精悍な顔を思い浮かべながら⼼の中で抗議した。